第1185話 「連死」

 「あぁ、クソッ全然減らねえぞ! どうなってるんだよ!」

 「喚いてないで戦え!」


 エルマンが指揮を執り、聖女が攻撃を続けている建物から少し離れた場所。

 街の中ではかなり奥まった位置だったが、敵の侵攻はそこまで及んでいた。

 そんな中、葛西は仲間を引き連れてこの場所の防衛を行っていたのだが、それも早々に破綻しようとしていた。 敵の数が多すぎて処理が追い付かずに北間が泣き言を叫ぶ。


 六串は前面に出て敵を受け止めているが、彼の頑丈な鎧には既に無数の傷が刻まれており、部分的には砕けてすらいた。 それでも彼は一歩も引かずに仲間を守る為に踏み止まる。

 為谷は羽から撒き散らす鱗粉に効果がないと悟るや否や、使用を諦めて空中から来る敵の迎撃に力を注ぐ。


 この日に備えて戦闘訓練や魔物相手の実戦訓練もそれなりに積んで来たが、聖堂騎士並みに戦えるのかといわれると難しい者が大半だ。 前衛を務められる者は大きな盾やメイス等の打撃武器で固めていたのだが――

 

 「はひ、ひ、ひぇぇ」

 「嫌だ嫌だ嫌だ! もう帰りたい」


 実戦経験が足りていない者達がそんな悲鳴を上げている。 前衛が任せられない者は後ろからひたすら魔法を撃ち込み続け、それすらできない者は更に後ろで治癒魔法を内包した魔法道具を使って負傷者の治療を行っていた。 その中にはジャスミナの姿もあり、どれだけ人手が足りないかを物語っている。


 泣き言を漏らす北間に内心で同意しながらも葛西もこれは駄目なんじゃないかと思い始めていた。

 グノーシス戦も大概だとは思っていたが今回は桁が違っている。

 とにかく数が多く手強い。 事前に言われている通り、動きがパターン化しているのでよく見れば倒す事はそこまで難しくはないが、数が多いので動きを見極める余裕も時間もないのだ。


 最初は数体がぽつぽつと抜けて来るだけだったので対処は楽だったが、時間が経つにつれて入って来る個体が激増。 早々に悲鳴を上げながら戦う地獄絵図となった。

 持っていた通信魔石からは戦死報告やどこどこが突破されたなどの悪いニュースばかり流れる。


 それに合わせるように負傷者や後退して来た者達が合流し、今では肩を並べて戦っていた。

 聖騎士、傭兵、冒険者、獣人、エルフなど様々な種族、立場の者達が一致団結して脅威に立ち向かう。

 傍から見ればそれなりに絵になる光景なのかもしれないが、当事者からすれば絶望しかなかった。


 一人、また一人と斃れる味方。 生きてさえいれば後ろに下げて治療を受けて前線に戻るを繰り返している。 彼等の表情には諦観や絶望に彩られており、自らの死を覚悟して戦いに身を投じるのだ。

 そんな中、一人の終わりが近づいていた。


 六串 鉄也。ダンゴムシに似た姿をした転生者で、装備と当人に備わった高い防御能力は味方の盾として非常に頼りになる男だ。 その彼も全身に刻まれた傷は無視できない段階になっている。

 そろそろ下がるべきだと思うが、そうした場合にどうなるのかを考えると厳しい。


 戦況は常にギリギリだ。 押される事はあっても押し込む事はできない。

 それに自身の鈍重な動きではできなくもないが下がる事も難しいので、もう覚悟を決めるしかなかった。

 

 「葛西君。 少し無理をするよ。 駄目だったら後はお願いしてもいいかな?」

 「ムっさん?」


 六串の言葉に葛西はやや訝しんだが、反応を待たずに自身の内側に意識を集中する。

 少し間を空けて彼の体が巨大化する。 転生者の切り札である解放だ。

 彼はもう限界に来ていた武器――メイスを力任せに振り回して数体の敵を粉砕する。


 敵と一緒に武器も砕けるが、彼は構わずに自身の体を丸めて高速回転。

 増加した重量を活かして敵を次々と踏み潰す。 この攻撃は攻防一体でそれなりに速度も出るが細かい制御が利かない。 そんな攻撃手段を敵の只中で行えばどうなるのかは火を見るよりも明らかだった。


 「おい、ふざけんな! ムっさん戻れ! あんた死ぬ気だろ!!」


 真っ先に彼の行動に反応したのは北間だ。 彼は過去の経験から六串が何をしようとしてその結果、どうなるのかを悟る。 六串は凄まじい勢いで敵の数を減らし、押し込まれつつあった状況を好転させた。

 その理由は突出した彼に敵が群がり始め、周囲の負担が大きく減ったからだ。


 六串は止まらずに彼等から離れていく、そして敵の一部は彼を追って下がって行く。

 だが、消耗した体で使用した解放は彼に残された全てを絞り出す結果となる。

 出しきった事で彼の体は徐々に力を失う。 そして――動けなくなった六串は小さく振り返ると敵の波にのまれて消えた。


 「っざけんなクソがぁぁぁ!」


 北間は感情を咆哮に変えて吐き出しながら持っていた大鎌を振り回し、葛西は兜の下で表情を歪める。

 六串の死は異邦人達に衝撃を与えるが、悲しんでいる余裕はない。

 葛西は「集中しろ」と努めて感情を表に出さず、動揺している者達を一喝する。


 ――あぁ畜生。 ついに犠牲者が出たか。


 下がる選択肢もあったはずだが、それをしなかったのはそうしたら前線が崩壊すると思ったのだろうと葛西は察していた。

 解放を使った六串が敵の数を大きく減らしていなければそのまま押し込まれていた可能性は高い。

 つまり下がれないと判断したのだ。 今の自分にできる事は悲しむ事ではなく、彼の作ってくれた状況を最大限に有効利用する事だった。


 「立て直すぞ! 気合入れろ!」


 どうにか周囲の士気を上げようと声を張り上げるが、六串の死で折れた心を立て直すまでには至らなかったらしい。


 「む、無理! こんなの無理ぃぃぃ!」

 「すんません! すんません!」


 後ろにいた二人の異邦人――兎と鼠に似た姿をした植井と横州が怖気づいて逃げ出した。

 

 「馬鹿! お前ら持ち場を――」

 

 葛西の警告は間に合わなかった。 彼等はここで敵の侵攻を止めると同時に互いを守り合っていたのだ。

 その輪から出たらどうなるのか。 結果は即座に現れる。

 下がって指揮所のある建物に逃げ込もうとしたが、この位置ではすぐに辿り着けない。


 空から無数に放たれた攻撃に曝され二人はそのまま砕け散った。

 悲鳴すら上げる暇もない一瞬。 ほんの僅かな時間で同じ空間で生活していた者達が立て続けに三人も死んだ。 あまりの現実に葛西は込み上げる吐き気をぐっとこらえて無理矢理思考を切り替える。


 死んだ者達の事を無理矢理思考から追い出して目の前の状況にだけ全てを傾けたのだ。

 悲しむのは全てが終わった後でもできる。


 ――もっとも自分もそうかからずに後を追う事になりそうだが……。


 葛西は武器を振るいながらも心の片隅でそう思った。 

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