第1184話 「終見」

 センテゴリフンクスでの戦いは既に終わりに近づいていた。

 敵は完全に街に入り込み、内と外とを隔てる防壁は単なる障害物として乗り越えられている。

 もう抑える事が出来なくなったので少し前に放棄したからだ。


 日枝とエルマンはあちこちに指示を出していたが、入る報告は突破された事と味方の戦死報告。

 特に堪えたのはマネシアが死んだ事だった。 ハーキュリーズが死体を確認したらしく、疑いようがない。

 それとは別で街の中で異様に強い個体が混ざり始めて油断した者があっさりと殺される事が増えた。


 日枝の部下もそれでかなりの被害を出したようだ。

 エルマン達からすれば予想できない事ではあったが、無を冠する者達は三種類でランク付けされてはいる。

 虚無の尖兵アイン無限の衛兵アイン・ソフ無限光の英雄アイン・ソフ・オウル


 これらを分けるものは何か? それは非常にシンプルだった。

 魔力量・・・だ。 彼等は生前の姿を魔力によって再現されている。

 つまり武装だけでなく騎乗している獣や搭乗している機体も含めて一個体として扱われているのだ。


 その為、戦艦などの大型の兵器や巨大生物は無限の衛兵扱いとなる。

 巨大であればある程に格が上がる事となるが、それだけでは無限光の英雄たりえない。

 衛兵と英雄を隔てるものは何か? 無限光の英雄達をそう定義するものは特殊な技能だ。


 一定数以上の権能を操れる者。 龍脈への接続法を会得した者。

 特殊な武具や物品を使って一定以上の破壊力を持つ大技を扱える者。

 特に龍脈への接続法を会得できた者はそれを放つ事を前提として生み出される為、凄まじい量の魔力を注ぎ込まれて形を成す。


 当人の技能は関係するが技量は関係しないのだ。

 その為、無限光の英雄とカテゴライズされても無限の衛兵以下の戦闘能力しか持たない個体がいたり、逆に虚無の尖兵扱いでも無限光の英雄並みの戦闘能力を持った個体も存在する。


 故にエルマン達は読み違えたのだ。 個体によって、戦闘能力に大きな差異があると。

 そんな些細な思い違いが徐々に戦況を蝕み、戦士達の命を奪う。

 仮に気付いたとしても結果は変わらなかったかもしれない。 だが、一分一秒の生存は戦況の維持に直結する。 現に死んだ者達の空けた穴は状況の悪化と言う形で現実に反映されていた。


 『エルマン! 俺も外で迎撃に参加する。 通訳を置いて行くから後は任せるぞ』

 「は? 冗談だろ? おい、ふざけるな!」

 『戦力を遊ばせとく余裕がないだろうが! お前は俺より弱いんだから大人しくここで仕切ってろ』


 エルマンは獣人の言葉を完全には理解していなかったが、ある程度は覚えていたので日枝の言っている意味が通訳を介さなくても分かってしまったのだ。

 状況を考えれば逆の立場でも同じ事を言っていただろうから尚更だった。


 戦場――というより防衛範囲が縮小している以上、指揮官の数は少なくても問題ない。

 それなら常に足りていない前線に送るべきだ。 日枝なら士気を上げる意味でも前に出るのは有効な手だった。

 

 部下を引き連れて飛び出していった日枝の背を何も言えずに見送り、残していった通信用の魔石を通訳に持たせてエルマンは指揮を続ける。


 ――指揮っつったってもうやる事があまりないぞ。


 悔しいが事実だった。

 日枝が指揮所を放棄したのもそろそろこの建物を中心に包囲されつつあったからだ。

 その為、その場を後退しつつ防衛しろというしかなかった。 エルマンにできるのは防衛線の戦力配分を整える事だけだ。


 ――あぁ、畜生。 これ本当に何とかなるのか?


 オラトリアムの勝利に期待するしかない状況だが、ファティマとの約束がまだ果たされていない事を考えると最悪、向こうも壊滅まで秒読みの状況なのかもしれない。

 さっき連絡を取ろうとしたが忙しいから後にしろと切られてしまった。


 外の映像に目を向ければ日枝が既に羽を震わせて飛行している姿が見える。

 日枝は弾丸のように回転しながら飛行している個体を角で打ち砕いていた。

 

 『諦めんな! まだまだ踏ん張るぞ!』


 声を張り上げて味方を鼓舞している。 日枝の強さは模擬戦で散々見て来たので疑ってはいない。

 あれだけの実力者がヴァーサリイ大陸の北端で燻っていたなど信じられなかった。

 確かに彼は強いが戦況を変えるには至らない。 この建物に敵の攻撃が被弾しているのか断続的に衝撃が襲う。 特に上からの衝撃が大きい。


 恐らくだが聖女に攻撃が集中しているのだろう。 裏を返せば彼女が健在である証拠でもあるのだが、この状況ではなんの慰めにもならなかった。

 

 ――頼む。 誰でも良いからこの状況を何とかしてくれ。


 エルマンは泣きそうになりながら必死に戦況をコントロールしようと指示を出し続けた。

 



 彼の予想は正しく、指揮所のある建物の屋上は凄まじい猛攻に晒されていた。

 聖女は凄まじい集中を以ってその豪雨のような攻撃に抗い続けている。

 その傍らではエイデンとリリーゼが手近な敵を魔法付与をされた弓矢で迎撃。


 聖女はエロヒム・ツァバオトから生み出される水銀を全て防御に回し、アドナイ・ツァバオトの銅を攻撃に回す事で対処していた。

 

 「これ、死ぬ! 絶対に死ぬって!」

 「逃げられないんだから泣き言いってないで攻撃しなさい!」


 空を埋め尽くさんばかりの敵に心が折れかかっているエイデンに必死で目の前の事に集中しろと怒鳴りつけるリリーゼ。 口ではそう言ってはいたがリリーゼの心にも絶望感が重く圧し掛かる。

 もう、死んだ方が楽になれるんじゃないかと言いたくなる程の劣勢だ。


 竜、鳥、羽の生えた馬や獣、良く分からない翼獣に戦闘機。 もう、いちいち考えている余裕はないので飛んで来た攻撃と敵に対処するしかない。

 聖女は二人のやり取りに反応せず、ただひたすらに敵を殲滅する事に意識を傾ける。


 常に空中に目を向け、通すと建物が崩壊するような攻撃を放とうとしている個体を優先的に狙い、それ以外は水銀の盾で防ぐ。

 炎、雷、氷、巨岩、光、闇、銃弾、ミサイル、爆弾、斬撃、打撃、種類が多すぎて聖女本人にも何を防いでいるか分からない有様だった。 聖剣は彼女の意思に応え、敵の攻撃の大半を防いでいたが、無敵ではないので次々と貫通する。


 幸運な事に聖女はかすり傷程度で済んでいるが――他はそうでもなかった。

 圧倒的な物量の攻撃、その中の一つが聖女の防御を突破しエイデンを貫く。 本来ならリリーゼに向かっていた一撃だったが、彼女を突き飛ばしたエイデンの体を撃ち抜いたのだ。

 

 咄嗟に腕で受けようとしたが、その攻撃――熱線のような一撃は彼の腕を切断してその体に穴を開ける。

 

 「エイデン!」


 リリーゼはエイデンの名を呼び、倒れた弟を抱き起す。

 持っていた魔法薬を強引に飲ませて残りは振りかける。

 

 「二人は一度下がって治療を!」

 「でも――」

 「手遅れになる前にエイデンさんを! 早く!」


 聖女の有無を言わせぬ口調に押される形でリリーゼは沈黙。 少しだけ悩む素振を見せたが、エイデンを担いで駆け出した。


 「すぐに戻ります。 それまで無事で!」


 聖女は頷きで応える。 二人の姿が消え、一人きりになった。

 最後の最後まで諦める気はないが、終わりは見えている。 対空兵器は大半が破壊され、街の外からの支援も全力で稼働しているが、もう気休め程度の効果しかなかった。


 「はは、こんな事ならやっぱり一度ぐらいはオラトリアムに行くべきだったかな?」


 彼女は僅かな未練を口にする。 目の前に広がる絶望は幸運ではどうにもなりそうもなかった。 

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