第1134話 「柄握」
その為、グノーシスが複数の聖剣に選ばれる存在がいないと考えるのも無理のない話だった。
実際、聖女という二本持ちを成立させた存在が現れない限り、想像はしたかもしれないが現実的ではないといった結論に落ち着くだろう。
それともう一点。 聖剣の自我だ。
恐らくだが、明確なものは存在せずに機能として持ち主を選定している可能性が高い。
つまり聖剣は何らかの手段で自身の近くにいる存在の能力を参照できるのだ。
この辺りになると情報不足の為、かなりの部分が仮説になるので正解は得られない。
聖剣は世界そのものである
グノーシスが何度も繰り返した世界で積み上げた知識から出てきた結論だからだ。
そして
無を冠する者達はタウミエルというよりは世界に集積された死者の情報を参照して再現した影だ。
つまり世界には生物の情報を読み取る能力がある。 そしてその一部である聖剣にもできる可能性は高い。
アスピザル達転生者に言わせれば「ステータスを参照している」との事。
そちらの文化に疎いヴェルテクスではあったが、首途にその結論を話すと「なんかゲームみたいやな」と言っていたので転生者の間では共通認識と考えられる。
結論としては聖剣は挑む相手に対して贔屓の類はせずに明確に使える使えないを機械的に判断して持ち主を選ぶ。
――にもかかわらず聖女は選ばれた。
そこに抜け道があるのだ。
アドナイ・ツァバオトが聖女の下へ向かった理由は目の前に脅威である魔剣とその担い手が居たからだ。
問題は何故聖女だったかだ。 その問いに対してヴェルテクスの出した答えはアドナイ・ツァバオトが接触して能力を参照した対象の中で最も適性が高かったからだった。
危機に直面した聖剣は緊急避難先として聖女の下へ向かう事を選んだのだ。
弘原海が手にしたアドナイ・メレクも似たような経緯でその手に納まったものと考えられる。
ただ、このケースの場合は参照先が近くになかったので逃亡を優先した結果、弘原海を発見してその手に納まった可能性が高いが。
「つまりは聖剣に選ばざるを得ない状況を強いるって事かな?」
「……そうなる」
ラディータの質問にヴェルテクスは嫌々ながらに答える。
最初は無視していたがしつこく聞いて来るので彼が根負けした形で今の状態となった。
「具体的にはどうするのさ? ロートフェルト様を連れて来て魔剣をチラつかせるの? 仮説が正しかったらそれもありだと思うけどあの方に余計な事をするなって釘を刺されたばかりじゃなかった?」
「そこは考えてある」
ヴェルテクスは懐から短剣のような物を取り出すとゆっくりと鞘から引き抜く。
透き通った黒い水晶のような刃が姿を現した。
「魔石か何かを加工したのかな? 手間がかかってそうだね」
ラディータの見立ては正しく魔石を加工して作った代物だ。 機能としてもそこまでの品ではない。
魔力を溜めこんで吐き出すだけの単純な仕組みだ。 ヴェルテクスは刃を聖剣に向ける。
同時に刃の先端から黒い炎が吐き出され、聖剣の周囲を囲むように燃え盛った。
これはローの魔剣から抽出したゴラカブ・ゴレブの炎だ。 収めるのに苦労したが、必要な事だったので時間はかかったがどうにかした。
聖剣は炎に反応したのか逃げ出そうと拘束に抗う。 その反応に手応えを感じたヴェルテクスは拘束の鎖を緩めて柄を握りしめる。
魔剣由来の魔力現象を目の前で起こせば聖剣は近くに脅威が迫っていると認識。 避難先を探そうと抗うはずだ。 そこで条件をある程度満たしている存在が接触していればどうなるか?
――その答えは――
「おぉ、ここまでの理詰めで聖剣に挑んで成功したのはお姉さんちょっと知らないなぁ」
――台座から引き抜かれた聖剣を握りしめていたヴェルテクスが身をもって証明した。
ラディータはその手腕に素直に賞賛を送る。 聖剣は選ばれる必要があると認識されていたので、ヴェルテクスのように強引に
魔剣から魔力を抽出できる環境であったとしてもこの結論に至り、聖剣を手にした事は紛れもなく彼の才覚によるものだった。
ヴェルテクスは手の中にしっかりと納まった聖剣を振るう。 するとその形状が変化。
刃部分の長さが半分ほどになる。
「あれ? 随分半端な長さになったね。 振り回さないの?」
「俺の目当ては固有能力の方だ。 剣として使う気はない」
適当に答えつつヴェルテクスは聖剣へ魔力を通す。 周囲に金の武具が無数に出現。
剣や槍だけでなく盾や弓矢などが生み出される。 その後、金の武具を出したり消したりを繰り返すと、彼は次の検証に入った。
ヴェルテクスの周囲から彼と全く同じ姿をした分身が複数現れる。
確かめるように分身を操作すると二体、三体とその数を増やす。
ラディータが扱っていた頃は九体までが限界だったが、ヴェルテクスは体内に思考を補助する為の予備脳が複数仕込んでいるので複数の分身を難なく扱える。
その数はかつてのラディータを越え、十、十五、二十と数を増していく。
「流石だね。 前のお姉さんでも二十は出せなかったよ。 もしかしてもっと出せるの?」
「さぁな」
満足したのかヴェルテクスは分身を消滅させると用は済んだとばかりに踵を返す。
「もう充分だろうが、さっさと飼い主に報告でもしろ」
ついて来ようとしたラディータを追い払うとヴェルテクスは一人元来た道を戻る。
歩きながら懐から通信魔石を取り出す。 相手は首途だ。
――おぅ、どうやった?
――取れたぞ。
――ほー、やるやんけ。 ぶっちゃけ微妙や思っとったけど、案外行けるもんやなぁ。 それで? 聖剣使いになった感想はどうや?
――特にねぇな。
これは誇張ではなく本音だった。
聖剣は必要だから手に入れただけなのでそこまで深い思い入れはない。
――ま、それはそうとしてこれでエロヒム・ザフキ以外は使えるようになった訳やな。
――アレは別にあのままでいいだろ。
――そうやけど、事故って逃げられる可能性を考えるとなぁ……。
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