第1130話 「指摘」

 俺は事前に聞いていたが、初見の聖女にも分かり易くヒエダは説明を始めた。

 

 『敵――タウミエルとかいう奴とその手下らしいんだが、情報通りなら街の南側から出現するらしい』


 机に広げられた地図の南側――以前にフシャクシャスラからの侵攻があった辺りを指でトントンと叩く。

 

 「出現する位置に関しては分かりましたが、こちらに向かって来るんですか?」

 『その疑問はもっともだな。 どうも、連中は魔力に群がる性質があるらしい。 つまりは鼻先で頭数を揃えておけば勝手に寄って来るんだと。 特に聖剣をしつこくつけ狙うらしい。 要は俺達の仕事は本命が事を済ませるまでここに餌をぶら下げて粘ればいいだけだ』


 そっちに関しても俺も聞いていた。 今回もグリゴリ、グノーシスの時と変わらずにこっちの役目は時間稼ぎだ。 オラトリアムの連中がタウミエルの本体を片付けるまでここに引き籠ればいい。

 ヒエダもその点をよく理解しており、攻める事を考えておらず初めから籠城戦をする気満々だ。


 ……やる事は変わらないんだが、敵の規模が桁違いだ。


 グノーシスと違って生身の生き物かも怪しい良く分からん化け物の群。

 数は大本が片付くまで無限に出て来るとの事。 無限ってなんだよ。 数え切れないとかではなく文字通り、終わるまでいつまでも出て来るらしい。


 想像するだけで逃げ出したくなる。

 毎回言っているような気がするが、いちいち想定の遥か上を行く敵を用意されている身としては泣き言の一つも言いたくなる。 ファティマも俺達に負けて欲しいとは思っていないらしく、詳細な情報をくれたがこれは本当なんだろうか?


 虚無の尖兵アインと呼称される最下級の兵隊――一番の格下らしいが聖女の話では数で来られるとかなり危ないらしい。 聖剣使いにすらそんな感想を抱かせる相手が一番弱いのだ。

 ただ、単体だけで見るなら聖殿騎士と同等か少し上程度らしい。 理由は動きに規則性が存在するからだ。 動きのキレ自体は聖堂騎士に匹敵する程のもので、まともに打ち合えば危険な相手だが似たような挙動しかしないので慣れればそこまで怖い相手ではない。


 問題はその後だ。 タウミエルの侵攻は三段階に渡って激しくなる。

 第一段階は辺獄の空に開いた穴から連中が溢れだす。 これはどう頑張っても防げないのでクロノカイロスでの戦闘開始と同期してこっちでも始める事になる。


 無数の虚無の尖兵を捌き続ける事になるのだが、辺獄でないなら聖剣の飽和攻撃が使えるので聖女達の疲労を無視すれば百万単位の敵でも抑える事は可能だ。


 ……理屈の上ではあるが。


 第二段階なると上位種である無限の衛兵アイン・ソフが出現する。

 聞いた限りでは恐らくだが、この時点で支えるのが厳しくなるだろう。

 センテゴリフンクス内部に対空兵器を大量に用意しているのはその辺が理由なのだが――敵の詳細と使って来るであろう攻撃手段も聞いている。 だが、さっぱり理解できなかった。


 分かった事は喰らうとどうなるかだけだ。 まぁ、死ぬだけだが。

 オラトリアムの予定としてもその段階まで持って行く必要があるらしいので、その第二段階で決着をつける事になるようだ。 そして最後の第三段階だが、発生すると負ける。


 あのファティマですら無理だと言い切った。 オラトリアムの総力でも最上位の存在である無限光の英雄アイン・ソフ・オウルはどうにもならないらしく、できても時間稼ぎが限界との事。

 クロノカイロスを陥落させた戦力でも時間稼ぎが精一杯とかどうなってるんだよと言いたくなるが、もう受け入れるしかない俺には内心で頭を抱える事しかできない。 当然ながら向こうで発生した時点でこっちにも現れるだろうからそいつらが出てきたらこっちも終わりだ。


 同時にオラトリアムの作戦失敗を意味し、俺達も死ぬ事が決定する。

 笑ってしまう事に無限光の英雄の戦力評価が最低でも「在りし日の英雄」と同格らしい。

 確かにあんな連中が無尽蔵に出てきたら世界は終わりだろうよ。


 『――おいおい、始まる前から不安になってどうするんだ? こういう時は笑って気楽に構えるものだぜ?』


 思考が表情に出ていたのかヒエダが気楽な口調でそんな事を口にした。


 「は、そうしたい所だが性分でな。 あまり気楽には考えられねぇな」


 図星だったのでそんな返ししかできなかった。 ヒエダは何かを感じたのかじっとこちらを見つめてくる。


 『ははぁ、前から思ってたが見かけによらずに真面目な奴だな。 昔――つってもこっちに落ちて来る前の話だが、会社――まぁ、勤め先の後輩にお前みたいな奴がいたんだが、色々と溜めこみ過ぎて心を病んじまってな。 話を聞くっていったんだが、本人は大丈夫ですの一点張り。 辞めちまう前にはもう薬漬けだったらしいぜ。 なんかお前を見ているとそいつを思い出しちまうな』


 俺は否定できずに黙り込む。 ヒエダは肯定と取ったのかそのまま続ける。


 『俺もそれなりの人数見て来たが大抵は報連相を怠った結果だ。 報告、連絡、相談。 ちゃんとやってるか?』

 「いや、俺は――」


 思わず知った風な口をと思ったがヒエダの言っている事は正鵠を射ていたので口籠ってしまう。


 『別にお前が悪いとか問題があるとかそんな事を言いたいんじゃない。 俺が言いたいのはちゃんと自分を大事に出来ているかって事だ。 周りを気にするのはいい。 それはお前の長所だ。 だけどな、そればっかりやっていると自分の事が疎かになっちまう。 それは良くない。 繰り返すが、他人の事を考える奴は貴重だし、俺は素直に尊敬する。 ――元居た世界には滅私奉公っていうクソみたいな言葉があってな。 昔はもう少し違った捉え方をしていたが、今では人間を磨り潰す方便に使っている奴が多い。 「公」を大事にする事は良い。 職業意識の高さは良い仕事に繋がるからな。 ただ、「私」を疎かにする事だけは駄目だ。 俺の個人的な考えだがいい仕事をするに当たって健康な肉体と健全な精神は必須だ』

 

 話が脱線しているぞと茶々を入れようといった考えは一切起こらない。

 何故なら目の前の男は本気で俺を心配している事が理解できてしまったからだ。

 王をやっていると言っていたが、こうして話を聞いてみるとなるほどと思ってしまう。


 人に言って聞かせる事が上手い。 言い方が違えば俺も苛立っていただろうが、そうはさせない所に上手さを感じる。

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