第1129話 「挨拶」

 見合いという苦痛ではなく、疲労を伴う行事を終えた俺――エルマンに安息は訪れない。

 返事は保留といって結論を先延ばしにした。 誰を選ぶにしても選ばなかった残りに恥をかかさない程度の建て前が要るのでそれを考える時間稼ぎも兼ねている。


 我ながら露骨な現実逃避だとは思いつつもやる事はあるのでこうして逃げ出す事になった。

 さて、俺が逃げ出した先なんだが――視線を下げると背の高い高層建築物が立ち並ぶ。 ウルスラグナではまずお目にかかれない街並み。 ここはリブリアム大陸中央部ヴェンヴァローカの首都――センテゴリフンクスだ。


 かつて辺獄の領域フシャクシャスラの氾濫で辺獄種の猛攻を受け、その後にオラトリアム――ではなく謎の勢力によって制圧。 最後には北方のモーザンティニボワールに統治される形となって今に至る。

 間の経緯が死ぬほど怪しいが、気にしていたらきりがないのでそうなっているのだと納得して深く考えない。


 その後、グリゴリの襲撃を受けてかなりの被害が出たらしいが街並みからはその爪痕も消え失せている。

 現在は人の出入りも多く、様々な種族の者達が復興とこの先の戦いに備えて準備中だ。

 街の南側には要塞と呼べるような堅牢かつ巨大な砦。 街の各所――建物の上部には巨大な射撃兵器。

 

 魔法で様々な物を飛ばす事が出来る射出装置が大量に設置されている。

 明らかに空中からの襲撃を警戒している配置だ。 街の全容から視線を更に落とし、行き交う人々へ向けると大量の獣人。 少なくともウルスラグナではこれだけの数を見る事は不可能だ。

 

 様々な獣の特性を備えた個体差のある者達が最も多い。 次に多いのは人間だ。

 最後に数は少ないが所々に目に入る浅黒い肌を持った変わった者達。 耳の形状からエルフにも見えるが、聞けばダーク・エルフという近隣種らしい。


 ハイ・エルフや純粋なエルフに比べれば魔法の扱いはやや劣るらしいが、人間や他種族の血が混ざっている事もあって体は頑丈との事だ。 オラトリアムはあちこちに声をかけているようで、世界中から戦力をかき集めたらしい。 人間はこの大陸の南方に存在するアタルアーダルや西のポジドミット大陸に存在するアルドベヘシュトやバフマナフといった大国からも集まってきている。


 規模だけならウルスラグナより上の組織や国家が素直に全面協力している点を鑑みれば何があったのかは想像に難くない。 彼らが受けたであろう被害に瞑目する。

 

 「最後に見た時と比べてどうだ?」

 「……完全に別の街に見えます」


 俺は同行者――正確には俺が随伴になるんだが――聖女に声をかけると驚きの混じった口調だった。

 移動手段は当然転移でファティマからここへの転移魔石を貰っている。 かなり大きな魔石で十数人なら軽く転移できる代物だった。


 ……多分、これ一個で屋敷が買えそうだな。


 ガキに小遣いをくれてやるような感覚でこんな高級品を寄越されても胃が痛くなるので勘弁してほしい。 内心で溜息を吐いて今回の目的を思い出して気を取り直す。

 今回、センテゴリフンクスに転移したのは俺と聖女、通訳・・のキタマ。 後は護衛のエイデンとリリーゼだ。


 俺も面通しに何度か来ているので道に関しては問題ない。

 今回は聖女とここの責任者の挨拶だ。 組むに当たって心象を良くし、良好な関係を築いておくに越した事はないからな。 俺も会った事があるが、人格的にも問題のない相手だったので信用はできそうだった。


 「これから会う責任者というのはこの国を治めている人ではないんですか?」

 「いや、どうやら違うようだ。 元々他所で国を治めていたとかで能力を買われて今の地位に居るらしい」


 このヴェンヴァローカは先の騒動で首脳陣が皆殺しにされたとかで実質、モーザンティニボワールの管理地となっている。 俺も最初はモーザンティニボワールの偉い獣人かとも思ったが、どうも違うようだ。

 聞けば出身はなんとヴァーサリイ大陸だそうだ。 これは俺も最近知った事だが、大陸の北部――ティアドラス山脈の向こうの更に先には獣人の国家があるらしい。


 獣人国トルクルゥーサルブ。 そこを治めている王であり――異邦人だ。 

 街の中心に建っている一際大きな建物へ事情を話して内部へ入り長い階段を上った先にある指揮所と書かれた部屋へ入る。


 『――-? -、――』

 

 俺達に気が付いて一人の異形――甲殻を持った虫に似た姿をした男が振り返る。

 キタマに目配せすると小さく頷いて異国の言葉で話し始めた。 人格者である事は確かだが、言語の壁は中々に分厚く高い。


 ――ヒエダ・ケンゾウ。


 それが男の名前だ。 ヒエダは獣人語と異邦人の扱う言語である日本語の二種類しか扱えない。

 お陰で通訳を挟まないと会話が成り立たないのだ。

 幸いにもこちらにも日本語を扱える異邦人が居るのでどうにかなっている。 一応、獣人語の勉強はしているが、今の所は単語を拾うので精一杯だ。 流暢に会話できるようになるのはまだまだかかりそうだった。


 『よぉ、エルマン。 よく来てくれたな。 そっちが噂の聖女様か?』

 「どうも。 忙しい所、悪いな。 約束通り紹介しに来た。 アイオーン教団の聖女様だ」

 

 砕けた口調なのは本人からの要望だった。 曰く「どうせ通訳挟むから下手に固い口調で話してもしょうがないだろう」との事。 ヒエダは聖女に視線を向けると上から下へと無遠慮に眺める。

 

 『なんだ。 聖女とか言っていたからなんかすごいオーラでも出ているのかと思ったが、思ったより普通だな。 ――おっと失礼。 ここの代表をやらせて貰っているヒエダ・ケンゾウだ。 よろしく』

 

 ヒエダはすっと手を差し出す。 聖女は手甲を外して素手で日枝の手を握る。

 

 「アイオーン教団代表。 ハイデヴューネ・ライン・アイオーンです。 よろしくお願いします」

 『おいおい、グローブを外すのは好感が持てるが俺の手はあちこち尖っているから痛いだろ?』

 

 聖女は答えない。 兜の下では友好的な笑みを浮かべているのが分かる。

 それを察したのかヒエダは愉快そうに笑う。


 『いいねぇ、気に入ったよ。 エルマンと初めて会った時も驚いたが、アイオーンは宗教組織っていうから正直、面倒くさい連中と身構えていたんだが、いい意味で予想外だった』 

 「軽い訳じゃないがそこまでお固い訳でもないって話はしたはずだがな」

 『別に疑っちゃいない。 ただ、俺は実際に見てから判断するから、まっさらな気持ちで聖女様と対面したいんだよ』


 俺の言った事を忘れてるって事じゃねぇか。

 ヒエダは俺の視線で考えを察したのかカラカラと小気味よく笑う。

 

 『よし、折角来てくれたんだ。 これから俺達の砦となるこの街の説明と行こうか』


 取りあえず座れと椅子を勧められた。

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