第1128話 「列車」

 「あー、そりゃそうなるだろうな。 実際、グリゴリには一度手酷くやられているから警戒したくなるんだろうよ」

 「……分かってはいるのだが、エグリゴリシリーズの生産ペースが上がらない現状を見れば意見の一つも言いたくなる」 

 

 ベドジフの言う事はもっともなのでハムザは小さく溜息を吐く。

 事実、首途研究所の作業量はかなりギリギリだった。 増員は最優先で行われているので徐々に改善されてはいるが、現状では追いついていない。

 

 エグリゴリシリーズの製造にその他の兵器群の開発、防衛設備の強化とやる事がとにかく多いのだ。

 同様に研究所の要職に就いている者もまた非常に多忙だった。

 ハムザは防衛設備関係の設計、製造、開発と一通り関わっているので、中々現場から離れられないのだ。

 

 普通の人間なら疲労で倒れているレベルの過酷な業務環境だが、改造を施されているハムザなら問題はない。 ただ、まったく疲労しない訳ではないので休憩をとる必要はある。

 本来ならここまで来なくてよかったのだが、その休憩時間をこうして視察に当てているのだ。


 ベドジフもドワーフの長としてエグリゴリシリーズの製造ラインの管理で多忙だった。

 こうしてハムザに付き合っているのも仕事の一環で、携わった機体の仕上がりを自身の目で見ておきたかったからだ。 亜人種は身体能力面では人間より優れているので、過酷な環境でも仕事は可能だが改造された者には劣る。 その為、ハムザより体調面で気を使う必要があった。


 彼らもハムザ達改造種のスタミナには違和感を感じているが、今更なので特に気にする事はない。

 オラトリアムは巨大な怪物で自分達はその一部に組み込まれてしまっている。

 改造種は主であるローに奉仕する為に存在しており、個々人で動きは異なるが根幹には絶対の忠誠心が存在していた。 ベドジフ達亜人種達はその意識の差をはっきりとは理解してはいないが、逆らう事の愚かさは文字通り身に染みているので妙な考えを起こす者はいない。


 何故なら妙な考えを起こした者は一人残らずこの世を去ったからだ。

 この世を去るだけならいい。 ベドジフは思い出して身を震わせる。

 ゴブリン、オーク、トロール、ドワーフの四種族は同時期にオラトリアムの傘下に入り、配下としての生活が始まった。 オラトリアムでの生活は素晴らしいものだ。


 豊富な食事に温かく安全、そして何より清潔な寝床。 衣食住は完璧に保証されていると言っていい。

 昔のティアドラス山脈では食料は基本的に奪い合いだ。 アブドーラが考案した通貨の概念がなければもっと酷い事になっていただろうが、お陰で比較的ではあるが労働に見合った対価を得る事は出来ていた。


 だが、食糧事情はあまり良いとは言えない。 数は多くないが餓死者が出る事も珍しくなかった。

 ドワーフは職人気質ではあるが仲間意識は強く、同胞の死には抵抗感が強い。

 彼等は助け合って生きてきたが、それだけで生き抜けるほどあの山脈の環境は優しくはなかった。


 そう、食うに困らなくなった事だけで見ればオラトリアムは素晴らしい環境だ。

 しかしだ。 集団生活において意志を完全に統一する事は非常に難しい。

 ドワーフの長であるベドジフはオラトリアムの傘下に入る事を了承し、同胞達にその決定を伝えた。


 納得する者が大半だったが、納得しなかった者も一定数存在したのだ。

 それは他の種族も同様で一部の者達が人間に屈するのは愚かと気炎を上げる。

 同調したドワーフもおり、オラトリアムへ反旗を翻したのだ。 最初はアブドーラへ協力を仰いだが、当時の彼はエルフへの復讐心で頭がいっぱいになっており、オラトリアムの戦力に目が眩んでいた事もあって一切行動しなかった。


 オラトリアム側も最初から想定していたのか、待っていましたとばかりに彼らを殲滅し畑の肥料に変えてしまったのだ。 見せしめも兼ねていたのは明らかだった。

 次々とさっきまで生きていた者達が肉塊に変えられていく光景は今でも忘れられない記憶としてベドジフの脳裏に焼き付いている。


 同胞の死を悼む気持ちはあるが、それ以上にオラトリアムが恐ろしくて仕方がなかったのだ。

 恐怖心と生活の向上、仕事に対してのやりがい。 様々な要因が重なる事で反抗する気力を根こそぎ奪われ、今では忠実な配下と化していたのだ。


 ベドジフは今の生活に満足はしているので、オラトリアムの為に働く事に不満はない。

 

 ――ただ、思う所がない訳ではないが――


 ベドジフの視線の先ではエグリゴリシリーズが大地に向けて次々と攻撃を繰り返している。

 自分達が手掛けた機体が活躍している姿を目にする事は彼からすれば深い満足感を与えてくれていた。

 これは意図して撒かれた甘い餌だったのかは不明だが、考えるだけ無駄なので彼はもう気にしない事にしたのだ。


 悩みを放棄して開き直ると気持ちが楽になるので、早い段階でその境地に至ったベドジフには迷いはなかった。

 

 「――ところでお前さんが設計したあの列車の方だが、試射の日取りはどうなっとるんだ? 物は完成しておるが、肝心の予定を聞いておらんぞ?」

 

 話題に上がっているのはハムザが設計、開発した巨大列車「スノーピアサー」の事だ。

 普段は物資の運搬に使用されているが、連結車両を変える事で戦闘に使用できる。

 戦闘用の車両――巨大列車砲「ナヴァロン」。 命名首途で、ハムザの最高傑作だ。

 

 ジオセントルザムを囲っている巨大壁の上を走り、物資の運搬をしつつ列車砲を用いて街からの砲撃を行う事になる。 完成したばかりで試射がまだなのでこれから試す事になっていた。

 問題は発射の際にちゃんと山を飛び越えてくれるのかが心配されており、ちゃんと狙った位置に落ちるのかを検証する予定となっている。


 使う相手はタウミエルなので街の北側にある山を飛び越えた位置を狙う必要がある。

 うっかり山に当ててしまうのは不味いので実戦時に機能するのかの検証も行う。

 

 「その事か。 申請はしているから数日以内には許可が下りるだろう」

 「早いところ頼むぞ。 試射が済んだら運用テストは一通り片付く。 あれは運搬に便利だから運行が止まるような予定は早めに片付けておきたい」

 

 ハムザは分かっていると大きく頷く。 彼としてもスノーピアサーは一から作り上げた愛着のある兵器だ。 何としても活躍させたいと考えており、テストを行う際に必要な申請はしつこく送っていた。

 受理したヴァレンティーナからの返事はなるべく早く許可を出すから待っていろとの事。

 

 ハムザは辺獄で行われる戦闘を眺めながら自分の開発した兵器が火を噴く場面を想像してほくそ笑んだ。

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