第1126話 「光明」

 凄まじい数の人型の影――虚無の尖兵アインの群れが空中から大量に降り注ぐ攻撃で次々と吹き飛んで行く。 それにより戦っていた聖騎士達が後退し、疲労を回復するべく砦へと引き上げていく。

 ここはクロノカイロスと重なり合った場所に存在する辺獄の領域――アザカルヴァー。


 唯一聖剣も魔剣も存在しない事により、最初から穴が開いている領域だった。

 それにより大量の人柱を用いて穴の拡大を抑える事により、敵の出現を制限している。

 元々、ここで侵攻を食い止めていたのはグノーシスの聖騎士達だった。 常に人員が補充され、数多の犠牲者を出しながらもどうにか押し留めていたのだ。


 終わりのない戦いに疲弊していた彼らだったが、ある日に転機が訪れる。

 いつもの増援が送り込まれたと喜びや現れた者達が目の当たりにする地獄に僅かな憐れみを覚えていたのだが、現れたのは異形の存在達だった。


 巨大な人型を象った兵器群に明らかに人間ではない謎の生き物達。

 指揮を執っていた聖堂騎士が恐る恐るといった様子で声をかけると、異形の者達は流暢に人間の言葉を話すと簡単にだが事情の説明を行ったのだ。 彼らによるとグノーシス教団が崩壊したので、我々が仕事を引き継ぐと告げる。 言葉通りに受け取るなら解放されるのかと無邪気に喜びたい所だったが、そうもいかない事情があった。


 彼等はグノーシスに所属している以上、従うのは教団となる。

 ただ、問題はその従うべき組織が存在しない事にあり、仮にこの場所から解放されたとしてその後にどうすればいいかが分からなくなってしまう。 そんな彼らに異形は告げる。

 

 身の振り方についての提案だった。 クロノカイロスの新たな支配者であるオラトリアムの傘下に入り、このまま戦い続ける道とこの役目を放棄して辺獄から去る道だ。

 前者を選ぶなら終了した際に勤続日数に応じた給金と戻った後の生活を保障する。

 後者を選ぶのなら好きにすればいいとの事。 ただ、グノーシスが存在しないのでクロノカイロスに居場所がなくなる事になるとは言われたのだ。


 この場にいるのは聖騎士、犯罪者、町民の三種類。 犯罪者に選択肢はないが、残りの二種類の者達には選ぶ権利があった。 町民達は家族の為にとこの地獄に足を踏み入れたが、戻った場合に自分達の居場所があるのかと疑問を抱く。 その際に返ってきた返答は無情なものだった。

 

 クロノカイロスは陥落し、その国民はオラトリアムの捕虜として管理されている。

 抵抗した者も多いので家族が生きているかどうかの保証はできない。 つまりは帰る場所が存在しない可能性も存在するのだ。 だが、オラトリアムは彼等にある選択肢を提示する。


 このまま期限が来るまで戦い続けるのなら満了した時点でオラトリアムの国民として迎え、もしも家族が生きているなら同様に解放して同じ待遇で迎え入れる用意があるとの事。

 生きて行く為にその後の仕事の斡旋から最低限の衣食住の保障も行う。 その条件に彼等は大いに迷う事となる。 家族が生きているのなら解放する事も可能で仮に生きていなくても最低限、先の生活は保障されるのだ。

 

 その為、残る選択をした者はそれなりに多かった。 逆に残らない選択をした者達はグノーシスに対する失望もあって投げ遣りな気持ちでこの地獄から抜け出す事を選択。

 そして一部は選択肢にない三つ目の道を選んだ――選んでしまった。


 それは家族の安否を確認するまで返事はできないので確認をしろと主張したのだ。

 要求に対する返答は早かった。 オラトリアムの者達は案内するからついて来いと何処かへ連れて行かれてしまう。 そしてその後、彼等の姿を見た者は居なかった。


 聖騎士達の反応も民達と同じく個人で異なる。 判断に関しては聖騎士という職業をどう捉えているのかで違いが顕著に現れた。 特に職業として捉えている者達は判断が早く、給金として提示された金額を見て納得したのか残る選択をした者が多かった。 だが、全員ではない。

 

 この終わりの見えない戦いに疲れ果てて帰りたいと願う者達も一定数存在したのだ。

 そして選択肢にない行動を取る者はこちらにも存在した。 教団への忠誠心――信仰心に溢れた者達だ。

 彼等は教団の崩壊を信じられず、彼等に食って掛かったのだ。 グノーシスが負ける訳がないと。

 

 そう主張した者達への対応は非常に分かり易かった。 何故ならその場で皆殺しにされてしまったからだ。 なんの躊躇もなくあっさりと無慈悲に。 聖殿騎士や聖堂騎士に届く程の実力者も居たが成す術もなく一方的に殺されてしまった。 それを見て逆らおうと考える者は即座に居なくなる。

 

 同時に聡い者達はある事実に気が付き、主張を翻して残ると言いだしたのだ。

 ここまであっさりと反抗的な者達を殺害したのだ。 果たして彼等は有用ではない存在に優しいのだろうか? そんな疑問だ。


 もしも帰りたいと言ってこの辺獄から解放されたとして、向かう先は元の世界なのだろうか?

 場合によってはそのまま消されるのではないのだろうか?

 そんな疑問が即座に浮かんだのだ。 だが、解放されたい一心の者達は気が付かない。

 

 助言して思い留まらせる事を考えた者もいはしたが何も言わない。

 余計な事を言ってしまえば消されかねないからだ。 こうして残る者達はそのまま戦いを継続し、それ以外の者達は姿を消した。


 ――残った者達は賢明な判断を行ったと言える。


 一部の者達が抱いた懸念は正しく、オラトリアムは価値のない存在に執着しない。

 戦わない者達――戦力としての価値がないなら生かしておく必要もないので、姿を消した者達は全員辺獄からは解放され――同時にこの世からも解放される事となった。


 こうして辺獄にて築かれた防衛戦は大きく様変わりする事となる。

 構築されていた拠点は強固かつ大規模なものへと強化。 同様にオラトリアムからも質と量を両立した強力な戦力群が次々と出現。


 戦い方も大きく変わる事となる。 ひたすら遠距離から削る戦法は変わらないが、オラトリアムの戦力によって負担が激減したのだ。 彼らがエグリゴリシリーズと呼称する兵器群は特に凄まじく、大型の魔導書を用いての大規模魔法の火力は圧倒的で今までの努力は何だったのかと言いたくなる。


 ここまで強いと自分達は必要なのかといった疑問はあったが、現状では味方と認識されているようなので今後の立場を守る為にも彼等はこの地獄での戦いを続ける事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る