第1115話 「待合」
アイオーン教団所属の異邦人――
彼等のような異形の姿は周囲を威圧するので街の警備を兼ねた巡回には向いていた。
最近になって引き籠っていた全員がシフトに入れるようになったので労働環境が大幅に改善。
最初は葛西、六串、為谷、北間の四人+人数合わせの聖騎士で巡回を行っていたので、人数不足により一日に同じ場所を何度も歩き回るといった業務内容だった。
疲労以前に変化がなさすぎるので余計な事を考える時間が大量にあり、それが彼のエルマンやクリステラに対する反感を育てたと言える。
それも過去の話。 辺獄の領域侵攻の際に死んだ三波の一件をきっかけに彼は自己を見つめ直して今に至っており、現在は真面目に訓練や業務に励んでいた。
北間は今でも夢に見る。 辺獄に足を踏み入れてそのまま正体不明の枝のような物に貫かれて死んだ三波の姿を。 もう少し自分の力が足りていれば、消耗を気にして解放を使用するといった選択肢が取れなかった事。 様々な「たられば」を考えてしまい、その過去は今も彼を苛んでいた。
誰かの所為にはできない。 あの時、彼女を救う事が出来たのは自分だけだった。
そう自分しかいなかったのだ。 他に誰の所為にしろというのだろうか?
強くなりたい。 北間は異世界に降り立って始めて自身の力不足を心の底から嘆いた。
訓練を積極的に行いはしたが強さというものは一朝一夕で身につくものではなく、純粋な技量だけでは先達の六串や為谷はおろか身体能力に差がある現地人のエルマンにすら及ばない。
エルマンは多忙な為、滅多に訓練所に顔を出さないが、現れれば稽古を頼むようにしていた。
他と違ってエルマンは欠点と改善点、細かい立ち回りに関してのアドバイスをくれるので少しでも質の良い訓練を求める北間にとって彼は良い師だったのだ。
業務による拘束時間が減った事で訓練に身を入れる事が出来る他、彼には別の時間の使い道があった。
朝の巡回を終えた北間は約束の場所へと早足に向かう。
目的地はアイオーン教団の本拠である城塞聖堂の一角――事務作業を行う者達が出入りしている場所。
建物の前には既に待ち合わせの相手がいた。 彼女は北間の姿を認めると駆け寄って来る。
「待たせちまったか?」
「いえ、私もいま来たところ」
彼を待っていたのは獣のような耳を持った女性で、この国では珍しい獣人だ。
ジャスミナ・ニコレッタ・ラエティティア。
ホルトゥナという組織の代表として聖女に協力を要請した女だったが、後継者争いに敗北してアイオーン教団に保護――実際は軟禁だが――される形で身を寄せている。
フシャクシャスラでの戦いの後、全てを失った彼女はしばらくの間、呆然として日々を過ごしていた。
当初は情報源としてエルマンから尋問を受けていたが、やがて搾り取る情報もなくなったので解放される事となった。 だが、行き場のない彼女はアイオーン教団に縋るしかなく、今ではエルマン達の仕事を手伝って簡単な事務作業に従事している。
撤退の際に護衛を務めたのが北間だった事もあり、何かと気にはしていたのだ。
暇を見つけては面会に向かい取り留めのない話をしたりしていた。 最初は北間が一方的に話すだけだったが、徐々に心を開いたのか今ではお互いの事を話せるぐらいの間柄になっている。
ジャスミナからしても頼れる者のいない上、退屈な軟禁生活では北間の存在は大きな支えとなった。
そんな事もあり、自由になった今でも友人として時折、連れ立って食事に行ったりしているのだ。
少しの間、無言で歩くが北間は沈黙を嫌ってか話を振る。
「仕事の方には慣れたか?」
「えぇ、そんなに難しい判断が求められる仕事は振られないから気楽なものね。 他にやる事もないし、じっとしていると気が滅入るから助かっているわ」
一度だけ葛西に茶化された事もあったが、北間としてはジャスミナとの関係はあくまでも友人だ。
いや、友人未満なのかもしれない。 あの時、北間はジャスミナを守る為に命を懸けた。
襲って来た巨大な狐のような魔物は手強く、駆け付けたエイデンやリリーゼの援護がなければ死にはしなかったかもしれないがジャスミナを守る事はできなかっただろう。
格好は付かなかったかもしれないが、守り切る事は出来たのだ。
その事実は三波を見殺しにした北間にとって救いだった。 だからこそ、彼女の事を気にかけていたのだ。 救えなかった事に対する代償行為に近いだろうが、彼にとっては大切な事だった。
そして寄る辺を失ったジャスミナにとっても北間の存在は救いであり支え。
つまるところ二人の関係は居心地のいい共依存に近い。
「そっちはどうだったの? 戦後処理、割と大変だったって聞いてるけど……」
「今の所はもう一戦って雰囲気にはなってないしなりそうもないらしい」
グノーシスとの決戦後、生き残った聖騎士達に身の振り方を決めて貰う必要があったのでその為の話し合いは時間こそかかったが、アイオーン教団に鞍替えするか転移で本国に戻るかで意見が割れたのだ。
この辺は教団に対する忠誠心によって差が出ており、彼ら曰く「信仰心」が高い者は早々に戻る道を選び、仕事として捉えている職業聖騎士は早々に恭順に同意した。
――そしてこの話で最も皮肉な点は指揮官クラスの枢機卿や聖剣使いが残らず恭順を選んだ事だろう。
「聖剣使いのハーキュリーズって人とはちょっと仕事したけど、感じのいい人だったな」
「そうなの?」
「あぁ、何か話し易かったな」
馴染む為の一環なのか、巡回任務にグノーシスから来た者達が混ざる事があったのでその際に少しだけ話したのだ。
コミュニケーションに長けているのか逆に気を使われたんじゃないかと思えるほどに話しかけられたので北間としてはかなり印象が良かった。
話しながら歩いている内に目的地に到着。 影踏亭と書かれた看板の店へ入る。
店員の少女に奥の席へ案内され、注文を済ませてお互い無言。 実を言うと今回の食事はジャスミナが北間を誘った事に端を発している。 北間としては何か相談があるのだろうと察しており、言い難い事である事も理解していた。
――ここは俺から振った方がいいのだろうか?
そんな葛藤を知ってか、ジャスミナは意を決したのか話を切り出した。
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