第1114話 「願言」
「それもあるんだけど僕としてはまともに戦えるかもはっきりさせたいんだよね」
「どういう事?」
夜ノ森が首を傾げるがアスピザルは苦笑。
「多分だけど梓は聖剣があるから僕よりは大丈夫そうだけど、タウミエルが出て来た時の環境がちょっと気になってね」
「……そうね。 辺獄は転生者にとっては鬼門みたいだし、戦う戦わない以前に立てるのかって疑問は出て来るわね」
彼等の懸念は無視できないもので、タウミエル出現時の環境はどうなるのか?
辺獄に近くなるのではないか? だとしたら転生者は辺獄の環境下で戦えるのか?
タウミエルと戦う前に必ず検証しておかなければならない事だ。
問題はそれをどうやって確認するのかという話なのだが……。
「――まぁ、間違いなく捕虜を使うだろうね」
「そうね。 寧ろやらない理由がないわ」
アスピザル達から簡単に出て来る疑問をオラトリアムの首脳陣が抱かないはずがない。
特に夜ノ森は聖剣使いとして重要な役割を担っているので、検証しない訳がないのだ。
問題はどうやって調べるのかだが、二人には簡単に予想が出来た。
クロノカイロスを制圧した際に大量の転生者を捕虜として確保しているので、使い道がないなら辺獄へ放り込んで実験しようと言いだすに決まっている。
扱いとしてはエゼルベルトが引き取りたいと言っていたが、アスピザル達からすれば高い確率で通らないと考えていた。 二人も少しだけ見たが、クロノカイロスの転生者達は酷いもので文句ばかりで養われる事が当然と勘違いしているものばかり。
これには理由がある。 グノーシス教団は転生者を生体燃料としてしか見ていなく、四大天使の維持コストとして使用している点からもそれは明らかだ。
見方を変えればそれ以外の価値を見出しておらず、どうせ消費する資源か――いや、食費などに相応のコストを支払っている事を加味すれば家畜扱いだったかもしれない。
そしてそれに気が付いた者は異邦人としての肩書を得ている。
単純にまともな者は戦力として出撃したので大半が返り討ちに遭い、残ったのは穀潰しばかり。
アスピザルは小さく振り返る。 視線の先にはティアドラス山脈から持ってきた山々。
その内部で行われている作業を思い出して小さく溜息を吐く。 ジオセントルザムから持ってきた四大天使の召喚に使用した巨大な召喚魔法陣を基礎部分から引き抜いて移していた。
聖剣で代用する案も上がっていたが、十中八九グノーシス教団と同じように転生者を燃料として放り込むつもりだろう。 基本的にオラトリアムは成果を出さない存在に価値を見出さない。
使えないなら無駄なく処分できる方法を考案して実行するだろう。 事実、過去に反抗した者達の大半は殺された上で畑の肥料にされてしまったので、日本での倫理観や常識を引き摺って人権がどうのなどと口にしようものなら翌日どころか次の瞬間にはこの世には存在していない可能性が高い。
良くも悪くも結果で物事を判断するので、有用と判断されれば生かされはする。
ベレンガリアがいい例だろう。 彼女は態度にこそ問題があるが技術者としては有能だ。
未だに生きている事がその証左と言える。
「幸いなのは今のところは僕達も有用って判断されてるから他の皆の参加は志願制になったぐらいか。 正直、梓が聖剣使えるようになってくれて助かったよ」
「私としても選ばれた事は驚きだったけどね」
夜ノ森の存在がなかったとしてもアスピザル率いるダーザインの地位は安泰とは行かないが、安定はしていた。 加えて聖剣を手に入れた事で価値が大きく高まったのは朗報だった。
それにより「傘下組織」から「多少は機嫌を取った方がいい傘下組織」に格上げしたと考えられる。
少なくとも有無を言わさないような指示は飛んでこなくなった。
――とは言ってもできない仕事はそもそも振られないので無茶振りはされないのだが。
「僕としてはタウミエルを乗り切って平和に暮らしたいので今回の戦い、意地でも乗り切るつもりだよ。 皆で生き残ろう」
「えぇ、私も頑張るわ!」
生きて未来を掴む。 二人はそう決意すると大きく頷き合った。
――同刻。
アスピザル達が決意を新たにしている頃。
要塞化した山の中――その一角でベレンガリアはヴァレンティーナと並んで歩いていた。
その後ろには柘植と両角にヴァレンティーナが護衛として連れているゼンドルとザンダー。
「仕上がったのは聞いているけど本当に大丈夫なのかい?」
「あぁ、何度も確認した。 理屈の上では問題ないが、実際に動かしたら何か問題が出るかもしれないから何処かで試験運用を行うべきだ」
「それはこっちも把握しているから準備は進めているよ」
向かう先は広大な空間でジオセントルザムの地下から持ってきた魔法陣に改良を施している途中だった。
「大きさは三割減。 火力は一割強の減少だが、継戦能力と維持効率は大幅に上がっている。 それと召喚する天使によって式を弄っているので微調整は必要だろうが、その都度修正する。 今の私の技術力ではこれが限界だ」
「なるほど。 一先ずは完成と言った所かな?」
ヴァレンティーナは話を聞きながら納得したように何度も頷く。
「ところで聞いてもいいかな?」
「何をだ?」
「今回、随分と乗り気だったみたいだけど、何か心境の変化でもあった?」
ヴァレンティーナからみたベレンガリアは仕事に手は抜かないがモチベーションが調子に影響を及ぼすタイプなので、今回出した依頼は予定よりかなり早い完成だった事もあって少し気になったのだ。
「あぁ、依頼を済ませた以上、私がしばらくここを空けても問題ないな?」
「うん? どこか行きたい所でもあるのかい?」
「ウルスラグナだ。 一度でいい。 ジャスミナと会っておきたい」
ベレンガリアはオブラートに包む事をしない。 言葉の殆どが直球だ。
それなりの付き合いになりつつあるヴァレンティーナとしても彼女の言葉に裏がない事は理解している。 恐らく他意はなく、本当に妹に会いに行きたいようだ。
「念のために聞いておきたいんだけど、妹に会ってどうするつもりなんだい? 憎しみ合っているんだろう? なら会わないで済ましてもいいんじゃないか?」
「最初は私もそう考えたさ。 だが、あの女とロッテリゼが死んだ以上、もう残っているのはあいつだけになったんだ。 最低限、二人の死を伝えるぐらいはしてやりたい」
「それをどうにかしろと?」
「お前ならできるだろう? ――頼む」
ベレンガリアはそう言って頭を下げた。 それを見て柘植と両角が驚愕に目を見開く。
あのお嬢が他人に頭を下げただと!? 二人にとってそれは驚きの光景だった。
短気で直情、そして無駄に高いプライド。 その三つを兼ね備えたベレンガリアが自発的に頭を下げて頼みごとをする。
――俺は夢でも見ているのだろうか?
彼女の成長を願う心が生み出した幻なのか? そんな疑問すら浮かんでいたのだが、外野の気持ちを知ってか知らないのか頭を上げないベレンガリアを見てヴァレンティーナはどうしたものかと考える。
「即答はできないけど、許可が出るように掛け合ってみるよ。 それでダメだったら悪いけど諦めてくれ」
「……分かった」
その返答にベレンガリアは小さく頷いた。
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