第1112話 「思残」

 もう永遠に分かり合う事も話す事も出来なくなってしまった母親。

 彼女の遺した痕跡に触れていると物事にどう向き合って来たのかが良く分かる。

 魔法陣の描き方、研究に対する取り組み方。 幼い頃は召喚の分野に精通した第一人者といった印象だったが、こうしてそれなり以上の知識を得たベレンガリアの目から見てファウスティナは研究者として技術者としてどうだったのかと考える。


 ――無能。


 外から見れば分からないが成果を見ればどの程度の能力を持っているのかが自ずと見えて来る。

 四大天使の召喚陣に関してもそうだが、書き方には最低限の工夫と効率化が図られているのは理解できた。

 ただ、ファウスティナ自身からこれらが生み出されたのかと考えると疑問符が付く。


 何故なら四つの陣の根幹部分が全く同じだったからだ。 細かい点には最低限の独自性はあったが、根幹部分にそれがない以上、この技術はファウスティナが自力で生み出したものではなく他所から得たか学んだものを碌に工夫もせずにそのまま使っているだけにしか見えなかった。


 ベレンガリアの考察は的を射ていた。 ファウスティナは本来――というよりは前回のエメスの中でもかなり下の方の開発技能しか持っていなかったのだ。 得意なのは保身と世渡り。

 そうやってそこそこの地位を得ていただけだったので、一から何かを生み出す能力はお世辞にも高く――いや、ないと言い切ってもいいかも知れない。


 だからこそ外部に派生組織を作ってそちらに研究をさせていたのだ。

 どういった物かの概要自体は理解していたので、それだけを伝えて成果は自分の手柄だと言って掠め取る。 それがエメス最後の首領であるファウスティナの研究だった。


 余り信じたくはなかったが、ベレンガリアはそれを正確に読み取ってしまい、あの女には尊敬できる点が欠片もない事を悟って小さく溜息を吐く。

 結局の所、知っているだけで理解していない。 それが保有技術を扱えているが、発展させられない最大の原因だった。 首領がその程度の意識しかないのだから部下も同様に水準が低く、ファウスティナへのごま摺りが得意なものが多く在籍している傾向にある。


 裏切防止の措置が取られている上に無能の集まりだったので、一人残らず畑の肥料として放り込まれてこの世から消え去ったのはある意味では当然の結果だったかもしれない。

 こうしてエメスは完全に消滅。 派生組織も人員は残ってこそいるが、オラトリアムの傘下に入り吸収されてしまったので痕跡すらも消え去ったといえる。


 ベレンガリアはその事に関してはもう諦めている部分も多い。

 いや、最近になって悟り始めたのかもしれなかった。 オラトリアムの庇護を受けなかった自分がどうなっていたか、そんな未来を想像してしまう。


 間違いなくロッテリゼの謀略によって殺されていただろう。 それ以前に氾濫した辺獄の領域への対処ができずにモーザンティニボワールの北部で何もできないままに死んでいた可能性も高い。

 少なくとも当時の自分には逃げるという選択肢はなかった。 新たな当主としてホルトゥナを支配するといった野望しかなかったからだ。


 だが、それも今となってはなんて馬鹿らしいんだとしか思えなかった。

 特に母の正体を見てしまってからは尚更だ。 それにオラトリアムに勝てる気がしなかった事もそれに拍車をかけている。 ベレンガリアマルキアは感情の制御が下手ですぐに自制が効かなくなるが、最低限の客観性は持っていたので、こうして冷静になれば多少は周囲に対しての視野を広く持てる。


 ――オラトリアムにはどう頑張っても勝てない。


 ローの異常性やファティマの冷酷さに目が行くが、組織としての完成度が高すぎる。

 組み込まれて内部から見ればそれは明らかで、日々変化を続けて生まれ変わっている大陸全土を見れば疑う余地は欠片もない。 そんな組織に傘下とはいえ加われたのは見方によっては幸運なのかもしれない。

 

 だが、日々振られる無茶振りとも言える仕事量はどうにかならないのだろうか?

 毎日している苦労を想ってベレンガリアはファティマに対しての怒りを燃やす――が、それも長続きせずに早々に鎮火。 母親の事を考えた事によって、二人の妹についてが脳裏をよぎったからだ。


 ジャスミナとロッテリゼ。

 ジャスミナは現在、ウルスラグナのアイオーン教団に身を寄せているらしい。

 そして後者のロッテリゼはつい先日に死んでしまった。 これは柘植達から聞かされた事だったが、襲撃に巻き込まれて死んだとの事。 ベレンガリアは誰が殺したのかと尋ねたが、二人は曖昧に首を振る。


 その反応でベレンガリアは誰が殺したのかを察した。

 一応ではあるが、彼女はディープ・ワン内部で全体の戦況を俯瞰できる位置に居たのだ。

 誰がどこを攻めているかはある程度ではあるが把握している。 そして妹の性格もある程度ではあるが理解していたので、彼女が何処へ逃げるかなんて考えるまでもない。


 間違いなく王城か大聖堂だ。 王城で仕留められたといった報告は聞いてなかったので、大聖堂で報告が必要のない人物が殺した事も同時に察せられる。

 最後に大聖堂に真っ先に踏み込んだ人物が誰かを考えればもう決まったようなものだ。


 オラトリアム――ローの容赦のなさは早い段階で理解していたので、遭遇したロッテリゼがどんな目にあったのかは想像に難くない。 思う事はせめて楽に死ねていますようにと祈るばかりだった。

 母親のこれ以上ない醜態を見た後、妹に対して今までのように敵愾心を持つ事が出来なくなったのだ。


 それにより冥福を祈る程度には気持ちの整理が付いて、今となっては多少は気にかける程度の気持ちにはなった。

 母親と同様、ロッテリゼとも二度と話す事が出来なくなってしまった。 そう思うと残ったジャスミナには一度くらい会って話ぐらいはするべきではないのだろうか? そんな事を考えてしまう。

 

 別に今更仲良くしたいとか関係の改善を図りたいとは思わないが、この先の事を考えるともう二度と機会はないのかもしれない。 整理を付ける意味でもウルスラグナへ行くべきではないのか?

 ぼんやりとそう考えていたが、思考が一段落した所で視線を落とすとこれから片付けなければならない仕事。


 「……やるか」


 ジャスミナに会いに行くにもまずはやる事をやってからだ。

 ベレンガリアは小さく溜息を吐いて魔法陣の改良作業に戻った。 

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