第1102話 「格差」

 ワダツミという男はファティマやあの良く分からん男に比べると信じられない程に話し易かった。

 裏表を感じさせない明るい口調でこの付近がどうなっているのかを雑談を交えて話してくれる。

 明らかに俺達に対して気を使っている事がよく分かった。


 「……本当にウルスラグナから土地ごと持って来たって事か」


 薄々察してはいたが、改めて聞かされると冗談だろうと頭を抱えたくなる。

 俺達の現在地は旧クロノカイロスの南部。 近々、オラトリアム大陸に改める予定らしい場所だ。

 

 ……遂に大陸丸ごと手に入れちまったのか……。


 もう、オラトリアムは行く所まで行ったんじゃないのかと思いたくなる。

 首都ジオセントルザムがあったらしい場所は特に開発が進んでいるのか、凄まじい事になっていた。

 街の周囲を覆っている壁らしき物は増築されているのか部分的に分厚くなっており、その上でも何らかの工事をしているのか凄まじい数の作業員らしき者達が忙しそうにあちこちで動きまわっていた。


 しかも従事しているのがゴブリンやオーク、トロールといった亜人種が大半を占めているのだ。

 どうやって会話が成立しない魔物扱いの亜人種を労働力としてこき使える程に手懐けたんだろうか?

 それだけでは留まらず、巨大な人型のゴーレムのような何かが空を飛んでおり、何らかの研究施設らしきものからはよく分からない形状をしたよく分からない何かが、天使の羽みたいな物を広げて飛び回っている。


 意味が分からない。 理解ができない。

 いや、もしかすると俺の脳が理解する事を拒んでいるのかもしれない。 それ程までに理解を越えた光景だった。 もしかすると俺は異なる文明を築いたであろう異世界にでも迷い込んだのだろうか?


 異邦人達が他所から来たんなら行ける筈だろうと馬鹿みたいな事を考えていたが、どこかへ飛んで行きそうな正気を手繰り寄せてどうにか目に見える物を分析――いや、聞けばいいんじゃないか?

 そう思い直してワダツミへと質問をする事にした。 どうもオラトリアムという事で黙って考える方に思考が偏ってしまっている。

 

 「あの天使の羽が生えた連中は何なんだ?」

 「――あぁ、エグリゴリシリーズの事ですね。 少し前に壊滅させたグリゴリを捕獲解体して作った機体って聞いてます」


 ……待て。 エグリゴリシリーズ? いや、それ以前にこいつは何て言った?

 

 「グリゴリを捕獲した?」

 「えぇ、正確には召喚できる環境を確立したとかで、呼び出しては細切れに解体して兵器転用しているとか……」

 「は、はは、マジかよ」

 

 ワダツミの言葉が本当なら。 ここではグリゴリの天使が呼び出されてはバラされている事になる。

 あの化け物みたいな連中もオラトリアムにかかればただの資源って事か。

 そう考えればあの連中に憐れみに近い物を――感じないな。 面倒事を持ってきやがったんだ。 ツケを支払う為に死ぬまで苦しんでろ。


 「あの連中は俺にとっても仇みたいなものなので、いくら苦しんでも特に心は痛みませ――あの、エンティカ? 何でいきなり手を握って来たんだ?」


 話していたワダツミが不意に上擦った声を上げる。 理由は隣を歩いていた少女がその手を握ったからだ。 さっきから気になっていたんだが、この娘は一体何なんだ?

 道すがら紹介はされたので、世話役という事は理解している。 ただ、本当にただの世話役なのかといった疑問はある。 ワダツミは明らかにオラトリアムの空気から浮いているのだ。


 理由は腰にある聖剣にあるのは察していたので、恐らくだがこいつはオラトリアムでは外様に近いと認識していた。

 そしてあのファティマが聖剣使いという強力な戦力を首輪も付けずに放置するとは考え難い。

 なら、その関係性も見えて来る。 この娘は世話役という名目で傍に置いているお目付け役だ。


 裏切った時や不審な行動を取った場合、即座に報告する役目を担っているのだろう。

 そう考えればこいつも俺と同類――被害者なのかもしれんな。

 ワダツミは握られた手を握り返そうかすまいかと必死に葛藤しているようだったが、ややあって壊れ物を扱うかのようにそっと少女の手を包んでいた。  


 少女の様子を見てワダツミはやや眩しそうに目を細めた後、気が付いたように話を戻す。


 「し、失礼しました。 えぇっと、何の話でしたか……」

 「あぁ、そうだな。 ちょっと話題を変えて、あんた自身の話を聞かせてくれ。 オラトリアムって場所はあんたにとってどういったものなんだ?」

 「……そうですね」


 俺の質問にワダツミは考えるように沈黙。 答え難いというよりは答えを探している感じだった。

 その反応を見ただけである程度は察せられる。 恐らくだが、こいつにとってオラトリアムは居心地がいい場所なんだろう。 少なくとも不満があるって感じではなかった。


 「転生者の事はある程度ご存知ですね?」

 「他所の世界から落ちて来たってのは聞いているな」

 「俺達は基本的にこの世界では外様です。 だから、他はどうだか知りませんが、俺は居場所がない事が不安でした。 このオラトリアムはその需要を満たしてくれるって感じですかね?」


 クリステラは視線を落としてワダツミと手を繋いでいる少女へと向ける。

 それを見て俺も納得する。 


 ……まぁ、そう言う事なんだろうな。 


 クリステラにとってのイヴォンやモンセラートがワダツミにとってのこの娘なのだろう。

 何を犠牲にしても守りたい対象といった所か。 それを見ると俺も誰かそんな相手を見つけるべきなのだろうかと思ってしまうな。


 案外、ルチャーノの言っている事も的外れではないのかもしれない。 ワダツミの様子を見る限り、この生活に満足しており、充実した毎日を送っている事は間違いないだろう。

 対して俺はどうだ? すり減る体に心。 家に帰っても考える事は翌日の仕事と先の見えない未来に対する不安。


 ……この差は一体なんだ?


 こいつも俺もオラトリアムの傀儡で同じ立場なのに充実感では天と地ほどに差がある。

 別に妬んでいる訳ではな――いや、少しは妬んでいるが、何故こうも差が出るのだろうか?

 考えれば考える程、この理不尽な現実に頭がおかしくなりそうだった。


 どいつもこいつも俺に対して厳しすぎないか?

 もう何でもいいから誰か俺に優しくしてくれないものか……。

 

 ……はぁ、マジで見合いするか。

 

 そんな事を考えていると目的地が見えてきたようだ。

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