第1090話 「双樹」

 「……つまり第一の領域はこの世界が始まった時点で開いていると?」

 「そうなるのぅ」

 

 教皇は即答。 その返答にエゼルベルトは言葉に詰まる――と言うよりは考えて意味を読み取ろうとしているのか? その証拠に小さく考え込むような素振りを見せている。

 補足するなら開いてはいるが、規模が小さいので虚無の尖兵が出て来れない無害な状態だ。

 

 「開いていると言う事は第一の聖剣と魔剣は最初の段階で消滅しているという事ですか?」

 「近いが少し違う。 第一は存在しておる。 ただ、触れない場所に存在しておるので、手が出せんのじゃ」


 ……まぁ、どうにかなるならとっくにしているだろうな。


 「話を戻すぞ。 さて、タウミエルは辺獄を介してこちらに干渉をするという事は理解したが、ならば辺獄とは何か? それは――」

 「――旧世界。 お前等グノーシスが捨てた前の世界だ」


 答えたのはヴェルテクスだが、ここまで情報が出ている以上は殆ど察していたので驚きの声はない。

 

 「まぁ、そうだろうね。 例の「在りし日の英雄」とかも前の世界で滅茶苦茶強かった人の成れの果てでしょ? どういう理屈でゾンビになっているのかは知らないけど、ここまで聞けば僕でも分かるよ」

 「――その通りじゃ。 辺獄は我等が捨てた古き世界。 在りし日の英雄は当時、人々の為に力を振るった英雄達の末路というべき姿よ」


 根本的な発生原因に触れていないが、あの連中の正体に関してはほぼ固まっていると見ていい。

 

 「辺獄が旧世界という事は可能性としては考えられていました。 ただ何故、そんな事になっているのかが我々には理解できませんでした。 グノーシスにはこの歪な世界を成立させている原因に何か心当たりがあるのですか?」

 「聖剣と魔剣、この世界と旧世界。 それぞれに存在しておるが、気になるのはもっと根本的な理由じゃろう? 先に結論を言ってしまうと辺獄とこちらの世界はまったく別の世界じゃ。 それが重なり合った事により今の状況が生まれておる」

 

 要は辺獄とこの世界はコインの裏表のような状態になっているらしい。

 本来、世界に聖剣やそれに類する物はワンセットしか存在しないのだ。

 その為、聖剣と魔剣が同じ世界で存在する事はかなりのイレギュラーらしい。 つまり他所から持ち込まなければ同時に存在する訳がないのだ。


 「さて、それの何が不味いのかという話に移る訳じゃが、皆は世界がどういった仕組みで成立しておると思う?」


 答える者はいない。 流石にスケールが違いすぎるな。

 俺も前知識がなければ理解できずに無言を貫いただろう。


 「世界は一個の命と考えられておる。 巨大な動植物――植物の方が認識として近いという説が濃厚じゃったのぅ。 儂らはその表面で生きておるとでも思ってくれればよい」

 「う、うーん。 スケールが大きすぎてピンとこないなぁ……」

 「はっはっは。 まぁ、いきなり言われてもそうなるじゃろうなぁ。 とにかく巨大な樹を連想せよ。 その巨大な樹の根本――そこにもう一本の樹の根が絡みついておる。 それが今の世界を俯瞰してみた形じゃな」


 それを聞いたアスピザルは何かを言いかけていたが、想像力を働かせているのか首を捻る。

 夜ノ森は理解する事を放棄したのか取りあえず頷いており、ヴェルテクスは無言。

 エゼルベルトは集中しているのか教皇から視線を逸らさない。 教皇は特に構わずに話を続ける。


 「生きている以上、何かしらの養分が必要となる。 さて、世界が求める養分とは何か?」

 「――魔力」

 

 答えを口にしたのはエゼルベルトだ。 教皇は出来の良い生徒を褒めるように満足気に頷く。


 「その通りじゃ。 世界は魔力を喰らって成長を続ける。 ――が、その養分を欲しておる世界は二つある。 この場合どうなると思う?」

 「……まさか辺獄に一方的に取られている? そういう事なのか? 辺獄は大きくなるがこちらには変化がない。 だからなのか? こちらが辺獄に勝てない理由は――」

 

 エゼルベルトは目を大きく見開き、ブツブツと考察を呟く。

 色々と呟いているが、それで正解だった。 グノーシスの研究によると基本的にこの世界の得るべき養分は全て辺獄に奪われており、生き物が死ねば死ぬほど辺獄が広がって勢力が増す理由はこれだ。

 

 現行の世界が辺獄に勝てない理由でもある。 片方だけが強化され続けている以上、時間経過で不利になって行くのは明らかだった。

 

 「この世界の根幹を成す樹は「生命の樹セフィロト」そして辺獄を支えている樹を「死の樹クリフォト」と呼称されておる。 そして聖剣と魔剣はその樹から生み出された枝――その一部じゃ」

 

 剣の形をした龍穴なんて代物なんだ。 世界の一部だとしても納得できる話ではあるな。

 

 「世界の一部であるという事は聖剣を介する事で、生命の樹に干渉できるというのも道理じゃろう? 聖剣の役目は外敵の排除ではあるが、同時に世界の急所でもある。 世界に穴が開く原因は聖剣と魔剣が融合・・する事によって死の樹が生命の樹に干渉した結果じゃ」

 

 聖剣と魔剣は接触により、対消滅するといわれているが正確には融合だ。

 二つの枝が一つになる事により、生命の樹は死の樹による干渉を強く受ける事になる。

 結果、穴が開いてタウミエルの眷属である「無を冠する者達」が湧いて来ると。


 そもそも何で二つの世界が絡みついた状態になっているのだという話だが、こればかりは誰にも分からない事柄だった。 一説にはこの世界は双子のような形で生まれたのでは?と言われている。

 人間にも結合双生児と呼ばれる本来分かれて生まれて来る命が同化した状態で誕生するといった例が存在しており、それに近いものではないのかと考えられていた。


 聖剣は外敵である辺獄の干渉を防ごうとするが、時間経過で地力に差が出るので最終的には抵抗できずに喰われると。 例の穴が開く現象が辺獄でしか発生しないのもその辺が理由だな。

 聖剣の抵抗力が落ちており、魔剣の干渉力が最大の辺獄でなら、碌に抵抗できずにあっさりと喰われる。


 そして最終的には全ての聖剣が喰われ、世界は辺獄に喰われるという訳だ。

 当然ながらそうなれば生きている人間は巻き添えで辺獄に喰われて消滅し、誰一人として生き残れない。 生き物は等しく消えてなくなり世界は文字通りリセットされる。


 これが世界が滅びるまでの簡単なプロセスだ。

 結局の所、この世界は始まった瞬間から寿命が定められていて、状況次第で減る速度が変化はするが、滅び自体は不可避となる。

 

 ……確かに災害と形容するのが適切だろう。

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