第1089話 「剣形」

 「まずは聖剣とはどういった目的で存在するかについてじゃ。 認識としては出自不明の強力な武器。 そんな認識といったところかのぅ?」


 教皇の言葉に異を唱える者は居ない。

 実際、俺の認識も似たようなものだった。 良く分からん理由で何処からともなく湧いて来た強い剣。

 この世界の大半の奴はそう思っているんじゃないか?


 筥崎から色々と聞いてはいたが、はっきりしない点が多かったので教皇の記憶を抜くまでは理解は浅かったと言える。

 

 「確かに聖剣って持ってれば強いぐらいしかはっきりしないんだよね……」

 「儂らも正確な所は掴みきれておらんが、聖剣は人の手による物ではなく世界が生み出したものという事は分かっておる」

 「まぁ、明らかに誰かが作ったって感じじゃないから何処かから生えて来たって言われても驚きはないかな?」

 「ならば何故、聖剣は生み出されたのか? 仮説ではあるが、聖剣の役目は外敵の排除・・・・・じゃ」


 教皇の言葉にその場にいた全員が沈黙。 恐らくだが、自分なりに咀嚼しているのだろう。

 エゼルベルトは思案顔、ヴェルテクスは僅かに目を細め、ファティマは無反応。 夜ノ森は付いて行けないのか同様に反応がない。

 

 「外敵、ね。 それは何を以って外敵って判断するのさ? ――まさかとは思うけど、僕達みたいに異世界から来る存在を脅威と見做しているの?」

 

 唯一反応したアスピザルの反応は至極もっともなものだった。

 世界が生み出した聖剣が外敵と判断するものは――まぁ、そんな結論になるだろうな。

 特に転生者は世界の外から来ているので自然な流れといえる。


 「その通りじゃ。 聖剣の本来の役目は異世界から現れるであろう外敵からこの世界を守る事にある」

 「はは、つまりは僕達みたいな転生者を追い払う為に聖剣があるっていうの?」

 「そこまでは何とも言えん。 聖剣が転生者にも扱えている点を踏まえれば信憑性に欠けるのは理解しておる。 もしかすると転生者は脅威と見做されていないのか、この世界に根を下ろした者を外敵の定義から外しておるのか、正確な所は誰にも分からん」


 まぁ、夜ノ森がエル・ザドキを扱えている時点で外敵の定義がはっきりしないな。

 少なくとも例のタウミエルは外敵の範囲内のようだが……。

 

 「ただ、どういった物か凡そはっきりしておる。 聖剣と呼ばれてはおるが、本質的には剣ではない。 この世界を巡る魔力の流れ「龍脈」とその出口たる「龍穴」――総称として「維管形成層トポロジー」と呼ぶ者もおったが――聖剣はその「龍穴」が剣の形を取ったものじゃ」

 「……どういう事?」

 「おかしいとは思ったことはないか? 聖剣を握っておると流れて来る無尽蔵の魔力――その出所を」


 そこでアスピザルの表情に理解が広がる。

 

 「あぁ、つまり聖剣は龍穴そのものだから世界からいくらでも魔力を引っ張れるって訳か。 でっかい魔法陣を用意してやっと受ける事が出来る支援を常に受けられるって事だから、そりゃ強い訳だよ」

 「辺獄でまともに機能しない理由はそれか」


 アスピザルは「ずるいなぁ」と呟き、ヴェルテクスは納得したかのように頷く。

 つまり聖剣は龍脈とリンクしているので魔力を引っ張れる事が出来るが、それが通っていない辺獄では性能が落ちると。 納得できる話ではあるな。


 魔剣が逆に辺獄の龍脈とリンクしているのならこっちで性能を発揮できない理由にも説明が付く。

 

 「なら魔剣はどういった位置付けになるの? 何か嫌な予感しかしないんだけど……」

 「察しておると思うが、魔剣は元々聖剣じゃ。 ある事が原因でああなった」

 「……その原因が世界の滅びとタウミエルって訳かぁ」


 世界の滅びと聖剣の魔剣化はイコールで結ばれており、滅びを迎える上でのプロセスの一つと言う事だろう。


 「――で? 結局、そのタウミエルって何なの? 強大な相手っていうのは良く分かるけど、何の目的でいちいち、世界を滅ぼしているのさ?」

 

 アスピザルの質問に教皇は肩を竦めて見せる。


 「そんな物はない。 タウミエルは生物の類ではなく、世界を滅ぼすという目的を遂行する為の機構。 条件が揃った時点で現れる自然現象・・・・と解釈されておる」

 「発生すれば世界が滅びるのを地震や竜巻と同列に扱われてもねぇ……」


 要は何かの意思が介入した結果ではなく、この世界自体に組み込まれた仕組みの一つと考えているようだ。 まぁ、アスピザルの言う通り条件さえ揃えば世界を滅ぼすような災害なんて代物、あっさりと受け入れるという方が無理な話か。


 「タウミエルが自然現象に類すると言う事は分かりました。 ですが、その発生には何か原因があるのでは? 滅びる事を世界が許容するのなら最低限、合理的な理由があるのではと考えますが?」


 質問を挟んだのはエゼルベルトだ。

 奴の手持ちの情報ではこれ以上の事は分からなかったようなので、早く結論が聞きたいといった焦りのようなものがあった。


 「滅びには過程が存在する。 第一に辺獄からの侵食――これは辺獄の領域氾濫もそれに含まれる。 第二に聖剣、魔剣の消失によって辺獄に穴が開き、タウミエルの眷属たる「無を冠する者」達の出現。 第三――と言うよりはここまで来ればもう終わりじゃが、無を冠する者達によって世界が埋め尽くされ全てが消え去る。 これが世界が滅ぶまでの簡単な流れじゃな。 さて、エゼルベルトといったのぅ。 ここまで聞いて何か気になる事はないか?」

 「……辺獄ですか?」


 教皇の質問にエゼルベルトは少し考えたが、答えを出すのは早かった。

 

 「ほぅ、いい着眼点じゃ。 その理由は?」

 「タウミエルはこちらに干渉する際、必ず辺獄を経由しています。 例の聖剣、魔剣の消失も辺獄の環境下でしか発生していない――もしくはしないと考えると領域を閉じる事の意味合いの大きさにも納得がいきます」

 

 エゼルベルトはタウミエルは辺獄を経由しないと行動を起こせないと考えているようだ。

 そう考えるならこちらと辺獄の接点である領域の閉鎖は分かりやすい対処法と言えるだろう。

 

 「その通りじゃが、少し足りんな。 確かに領域を閉じればタウミエルの出現を遅らせる事は可能じゃ。 しかしの、このクロノカイロスに存在する第一の領域アザカルヴァーは閉じる事が不可能・・・。 その為、領域を閉じる事は延命であって根本的な解決策とはなり得ない」


 閉じるも何も教皇の話では第一の領域に関しては最初から開いて・・・・・・・いるので、どうにもならないのだ。

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