二十八章

第1077話 「尋聞」

 あぁ、何故、何故なんだ。

 俺――エルマンは現実の厳しさに頭を抱える事しかできなかった。

 グノーシス教団との戦いから少しの時間が経った。 あの大軍勢を相手に撃退どころか勝利まで持って行けたのは奇跡と言っても過言ではなかった。


 ……実際、相手はほぼ無尽蔵だったのだ。 戦力差は数倍じゃ利かないだろう。


 あの後、グノーシス側から降伏するといった連絡が入って武装解除。

 聖騎士達は近くの街で固めて最低限の監視を付けて放置。

 一部の幹部は王都へ連行。 ジャスミナと同様に時間をかけて色々と聴取をしようかと考えていたのだが……。


 「そうもいかなくなっちまったんだよなぁ……」


 思わずそう呟いて頭を抱える。

 その理由は帰って来たクリステラからの情報だった。 見聞きした事は他には伝えない取り決めだったが俺だけは例外だ。 最初は無事だった事を喜ぶだけだったが、向こうで何があったのかを聞けば聞く程、頬が引き攣るのが自分でも分かった。


 巨大な魚の魔物に正体不明な謎の戦力群。 転移を用いた強襲と断続的に送り込む増援による奇襲。

 正直、オラトリアムの事を何も知らなければ「こいつ酒でも飲んで酔っ払ってんのか?」といってやりたくなる内容だった。 そんな荒唐無稽な話もあの連中が今までやって来た事を考えると、嘘と切り捨てることはとてもじゃないができない。


 ……つまり信じるしかないって事だ。


 あの連中がどんな意味不明な力を持っていようが、理解できない兵器を保有していようが知った事ではない。 もう勝とうなんて考えは欠片もないので、いくら強大になろうがどうでも良かった。

 オラトリアムが世界を征服しようが天使や悪魔を捻じ伏せて何をしようが興味も――ない訳ではないが、精神衛生上知らない方がいい事は世の中に存在すると理解しているので目を背けるのが無難だ。


 だが――クリステラが法王から聞かされた話を聞けばそうもいっていられない。

 世界の滅び。 以前からも巷では囁かれていたが、グノーシスの頂点がそれを言っているのだ。

 もう胡散臭いなんて言っていられる場合じゃない。


 法王の言葉によると世界はあと数年程で滅ぶそうだ。

 いきなりそんな事を言われてどう受け止めろというんだ!? 本来なら怒鳴り散らしたい気持ちだったが、そんな事をしても何にもならないのでできる事をやるしかない。

 

 俺は痛む胃を押さえながらとある場所へと向かう。

 


 「いえ、あのですね。 話したいのは山々と言いますが……」

 

 場所は王都の地下に存在する地下施設の一室。

 普段は捕虜からの話を聞く場所として使用されているが、収容しているのがジャスミナだけなので実質あの女の面会部屋のような形になっていた。


 そんな場所で俺と向かい合う形で椅子に座っているのは三名。

 グノーシス教団の司祭枢機卿であるヴァルデマル。

 司教枢機卿であるマルゴジャーテ。 最後に聖剣使いであるハーキュリーズ。  


 ヴァルデマルは降伏勧告して来た時の態度とは打って変わってそわそわと落ち着きがない。

 ハーキュリーズは腕を組んで無言。 マルゴジャーテは冷めた目をヴァルデマルへ向けていた。

 取りあえず質問をぶつけてみたのだが、これは素直に喋る事は期待しない方がいいのかもしれないな。

 

 呼び出した直後は自分は司祭枢機卿だから優遇しておいて損はないとか飯が不味いからもっといい物を食わせろだのと馬鹿みたいな事を言っていたが、こちらからの質問になると途端にだんまりだ。

 ふざけた野郎だとは思ったが、態度にやや違和感がある。 もしかしなくてもこれは喋らないというよりは喋れない・・・・と捉えるべきか? 


 「無駄よ。 喋ったら死ぬ仕掛けを施されているから拷問されても口を割らないと思うわ」


 そう呆れた口調で言ったのはマルゴジャーテだ。


 「ふん、まぁそんな所だろうと思ったぜ。 そうなると情報源としての価値はなしって事でいいのか?」

 「いえ、いえいえ、そんな事はありませんよ? こう見えても私は司祭枢機卿として――」

 「だったら携挙の詳細を吐け。 後、数年程度で起こると聞いているぞ」

 「そ、それは……」

 

 お前は一体何がしたいんだ? 喋る気がない癖に自分を優遇しろとか舐めた事いってないで、使える情報の一つも吐き出してから要求しろ。

 もう時間の無駄でしかないヴァルデマルとの会話を打ち切って残りの二人へ期待する事にしたのだが……。


 俺の視線に気が付いたのかマルゴジャーテは小さく肩を竦める。


 「悪いけど私も詳しくは知らされていないわ。 仮に知っていたら私も「言えない」としか答えられない」

 「ハーキュリーズだったか、そっちはどうだ?」

 「……確かに俺は教皇の側近として近くに居たが、あの女は基本的に他人を信用しない。 大聖堂の最深部にある大事な代物も最後まで見せて貰えなかったしな」


 口が固いのかとも思ったが意外な事にハーキュリーズは質問を向けると素直に答えてくれた。

 どうやら余計なお喋りが嫌いなだけで、会話自体は成立するようだ。

 ここに居る経緯は聖女から聞いている。


 ヘイスティングス・リーランド・ハーキュリーズ。

 聖剣ガリズ・ヨッドの担い手で聖女と死闘を繰り広げた聖剣使いだ。

 犠牲を出さない為に投降と引き換えに部下の助命を乞うたとの事。 聖女の話からも人格的に問題のある人間ではないとの事だが、確かにヴァルデマルよりはまともそうだ。


 ……話を聞くならこっちか。


 「大聖堂の最深部とやらはどうなっているんだ?」

 「は、ハーキュリーズ殿! あまり滅多な事は……」

 

 止めようとしているヴァルデマルを無視してハーキュリーズは沈黙。

 どう説明したものか考えていたのかややあって口を開く。


 「携挙関係――グノーシス教団にとっての命綱ともいえる代物は基本的に大聖堂の地下で管理されている。 具体的に何があるのかは俺も知らん。 だが、地下にある何かを用いれば携挙から逃げる事ができるようだな」

 「その命綱とやらについてあんたはどう考えている?」

 

 流石に情報が少なすぎるので考察する為の何かが欲しい所だ。


 「……知らんかもしれんがジオセントルザムという都市は土台部分からしっかりと練られた上で作られている。 街に存在する防衛装置や民の生活を支える為の魔力。 それらを過不足なく供給できるようにと計算されている。 そんな連中が最重要区画だけ切り離しているとは考え難い。 恐らくだが、あの街は大聖堂ありきで作られたものだろう」

 

 ハーキュリーズの話は続く。

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