第1078話 「振方」
「――少なくとも動かすのにかなりの手間と魔力が必要な代物ぐらいだとしか分からんな」
使用する事で強固な障壁のような物を展開して嵐が過ぎ去るまで耐えるのか、はたまた転移のように安全な場所まで移動する為の代物なのか……。
いくつか質問を重ねてはみたが、ハーキュリーズからはそれ以上の情報は得られなかった。
どうやら教皇とやらは随分な秘密主義のようだ。 他人を信用せずに、事情を話す相手には余計な事を漏らせないように細工をする。
ハーキュリーズは聖剣に守られているから細工ができないので、信用できないから物理的に秘密から遠ざけ、細工ができるヴァルデマルは知っているが他所には漏らせないようにされていると。
確かに判断としては悪くないのかもしれない。 実際、ヴァルデマルは頑なに口を閉ざし、ハーキュリーズは知りようがないから何も話せない。 何を聞いても碌な情報が出てこない現状を見れば秘密を守る事に関してはグノーシス教団は非常に優秀な組織と言える。
厄介だなと思う反面、それでいいのかといった気持ちも湧き上がった。
今頃はオラトリアムの連中に解体されているであろう事を考えると、そう遠くない未来に完全消滅する組織だ。
情報の取り扱いは上手かったが組織としては欠陥があったと言う事だろう。
結局の所、組織は人の集まりだ。 その人を蔑ろにするような連中にまともな組織運営などできる訳もなかったか。 組織に対する信仰心という名の忠誠心を要求する癖に組織自体は個を蔑ろにする。
思い返してみれば何とも歪な組織だったな。 まぁ、アイオーン教団への鞍替えがなければ俺も目の前の連中と同じように使い潰されていたのかと考えると胃が不快感で締め付けられる。
「そっちはどうだ? 些細な事でもいいんだが……」
嫌な思考に囚われそうだったので気分を変える意味でも質問の対象をハーキュリーズからマルゴジャーテへと変える。 マルゴジャーテは小さく嘆息して肩を竦めた。
「悪いけど役には立てそうもないわ。 私も大聖堂の深部に入った事ないから、言える事がないの。 精々、私の知っている事と矛盾しないからヘイスティングスの言葉に嘘はないと保証する事ぐらいかしら?」
ヘイス――一瞬、誰だと思ったがハーキュリーズの事か。
マルゴジャーテはヴァルデマルの事は嫌っているようだが、ハーキュリーズに対しては遠慮というか壁のような物を感じるな。 対するハーキュリーズは周囲に対して一線を引いているようで、あまり本心を見せたがらない印象を受けた。 これは俺の勝手な感想だが、嫌っているというよりは踏み込ませたくないといった感じか? 表情にも態度にも殆ど出ないので、はっきりした事は言えんな。
ハーキュリーズはマルゴジャーテを一瞥した後、小さく目礼。
ヴァルデマルはともかくこの二人は信用できそうなので次の話に移るとしよう。
「携挙に関しては分かった。 ――それでなんだが、お前達は身の振り方に関してはどう考えている?」
オラトリアムが勝利した以上、グノーシス教団はもう存在しない。
俺達としては生き残った連中は本国に引き上げられる精鋭達だ。 可能な限り取り込んでおきたい。
あのオラトリアムですら戦力の拡充に力を入れているのだ。 仮に大した意味がなかったとしてもやれる事はやっておきたい。
危機に備えるという点もあるが、やらないで後悔するぐらいならやれる事をやっておいた方が気持ち的にも楽になれる。 思考の一部はもうオラトリアムの連中に丸投げして自分達ははいはいと馬鹿みたいに頷いておけばいいんじゃないかと囁くが、俺の体――主に胃がそれを受け付けない。
考える事を止めてしまうと不安で不安で仕方がないのだ。
ファティマの指示は的確だ。 黙って従う分には理想の上司なのかもしれないが、あの女の恐ろしさを片鱗でも味わってしまうとそんな楽観は霧散する。
はっきり言って俺はあの女が死ぬほど嫌いだが、別に殺してやりたいほど憎んでいる訳じゃない。
何故か殺しても死なないような気がしなくもないが、何よりも恐ろしいので敵対して矛先が向けられるなんて事になると夜も眠れなくなる。
不安で胃が収縮。 首の付け根辺りが締まるような感触を務めて無視し、二人にこれからどうするのかと尋ねる。
「……その前にグノーシス教団がどうなったのかを教えてくれ。 負けたのは理解しているが、どう負けたのかが問題だ。 僅かでも立て直せる可能性があるなら組織に対しては義理がある。 投降した以上は敗者の義務として協力するが、限度があるという事も理解してほしい」
つまり味方に剣を向けるような真似はしたくないと。
「私は協力してもいいと思っているわ。 ただ、戦場に駆り出したいっていうのならもう一人の子――フェレイラを使わないって約束するのなら戦ってもいい」
それを聞いて自分でも分かる程、表情が渋くなる。
こいつもいつかのモンセラートの時のように死期を悟っているようにしか見えなかったからだ。
ちなみに残ったヴァルデマルは有事の際には真っ先に駆り出す予定だ。 後で奴隷に使用している処置でも施して裏切れないようにしてから何かしらの仕事を振るつもりなので何も言わない。
俺の考えを察したのかそうでないかは不明だが、ヴァルデマルは不安そうにキョロキョロとしていた。
取りあえずはハーキュリーズへの回答となるのだが……。
どう言ったものかと悩む。 はっきりと連絡が入った訳ではないので時間が経った今、向こうでどんな悍ましい光景が広がっているのか想像もつかないし、したくもないが、行って帰って来たクリステラの話だと随分と凄まじい戦いだったようだ。 クリステラの見て来た限りだと首都のジオセントルザムはほぼ殲滅。
法王は死亡。 教皇はどうなったのかは不明。
ただ、戦闘自体が終了している所を見れば殺されたか捕まったかのどちらかだろう。
救世主、聖堂騎士も大半が死亡か投降。 仮にオラトリアムをどうにかできたとしてももう組織として立て直すのは無理だ。
「……少なくとも本国はもう使い物にならんだろうな」
「教皇や法王はどうなった?」
「
俺の言葉の裏を察したのかヴァルデマルだけが声を上げるが、その場にいた全員が無視。 マルゴジャーテは特に驚きもせずに無言。
ハーキュリーズは「そうか」と一言呟いた後、目を閉じて少しの間そうしていた。
何か葛藤があったようだったがそれも長くは続かず、目を開けた時にはその視線から迷いが消える。
「いいだろう。 協力しよう」
そして一言、そういった。
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