第1071話 「戦終」
「……ば、馬鹿な」
呆然とそう呟いたのはウルスラグナ攻略の指揮を執っていたヴァルデマルだ。
本国からハーキュリーズの帰還命令が出たので早く戻れと催促したのだが、転移魔石の破損により撤退が不可能になった。 それにより聖女によってその場に釘付けにされてしまったのだ。
ヴァルデマルとしてはハーキュリーズが抜けるのは痛すぎるが、まだまだ数は残っている。
聖女の苛烈な攻撃に耐える程度は可能な筈だった。 結構な数の死者が出るが、本国での問題が片付けば増援をいくらでも呼び出せるのでこの場を凌ぐだけならどうにでもなる。
ハーキュリーズを現場判断で戻さなかったと勘違いされて、戦犯と吊るし上げられても敵わないのでさっさと戻れとしつこく催促した理由でもあった。
それも本国が負ける訳がないといった絶対的な信頼があったからこその判断だ。
――だが、本国からの早くハーキュリーズを戻せといった催促は――不意に途切れた。
ヴァルデマルは最初、それは問題が片付いたのでハーキュリーズを戻さずに済んだのではと前向きに考えていたのだ。 襲撃により途切れた増援も元に戻り、決まりきった勝利への筋書きをなぞるだけだろう。
だが、彼は大きな事実から目を逸らしていた。 否、無意識に見ないようにしていたといい替えてもいい。
それは本国からの増援が
少し考えれば想像できる事ではあったが、それを理解してしまうとヴァルデマルの未来は消えてなくなる。 本国が陥落すればジオセントルザムへの帰還は叶わなくなり、携挙の日が訪れれば自分の人生はその瞬間に終了する。
あってはならない未来を想像してしまえばヴァルデマルは不安に押し潰されてしまうだろう。
そうならない為に彼は自分にとって都合の悪い現実から目を逸らす。 逸らさざるを得ない。
――だが、決着という覆しようのない結果が出てしまえば逃避した所でどうにもならない。
一時、不通となった本国との連絡が再開し、ヴァルデマルの下へ入った連絡は見知らぬ人物からで、ジオセントルザムが陥落したのでグノーシス教団はこれから解散となる。 武装解除して出頭せよとの無慈悲なものだった。
「じ、冗談ではない。 そんな事をすれば、私は――私は……」
本国を陥落させるような勢力の下へノコノコと降伏しに行く?
上手く立ち回れば多少はマシな扱いにはなるかもしれない。 だが、そうでなかった場合はどうなる?
ヴァルデマルは枢機卿という地位があるからこそ、現状を維持できているのだ。 それを剥ぎ取られた場合は彼はただの捕虜となる。 付け加えるなら法王や教皇といった彼よりも地位が上の存在がいる以上は枢機卿の価値は低く見積もらざるを得ない。
素直に投降したとしてもまともな扱いは期待できない上、自身に施されている裏切防止の措置で教団の機密を余所に漏らせないのだ。
侵攻勢力からすればヴァルデマルにどれだけの価値を見出せるのかは非常に怪しかった。
彼は保身に関しては考えの回る男だったので、損得と自身の価値を照らし合わせれば投降は危険すぎると即座に結論を出す。
――ならどうする?
投降すれば高確率でまともな扱いは期待できないので本国には戻れない。
ならばジオセントルザムの奪還に動く? 論外だ。
向こうには四大天使に加えてラディータを筆頭とした近衛に救世主の主力が軒並み揃っていた。
そんな状態で陥落したのなら今の戦力を戻した所で確実に負ける事は目に見えている。
ハーキュリーズが居れば可能性はあるかと一瞬考えたがラディータですら負けたのなら厳しい。
「いや、それ以前に一体何者が……いや、どうやってあのジオセントルザムを陥落させたというのだ……」
もはや意味のない疑問ではあったが、そんな事でも考えないと頭がおかしくなりそうなほどにヴァルデマルは追い詰められていた。
顔面は汗まみれになり、口からはどうすればどうすればとブツブツ言葉が漏れる。
連れて来ていた他の司祭、助祭枢機卿達も状況を知って狼狽えるだけで何も言えていなかった。
「……はぁ」
そんな中、大きな溜息が聞こえた。 発したのはマルゴジャーテだ。
彼女は維持していた権能を解除。 馬鹿らしいといわんばかりに隣のフェレイラにも解除を促す。
「フェレイラ。 権能を解除しなさい。 戦いは終わりよ」
「え? でも……」
「本国が落ちたのならどうにもならないわ。 仮にここで勝っても後がない。 だったらこれ以上の犠牲を出さない意味でもアイオーン教団に降伏して向こうに身を委ねましょう」
フェレイラは思わず反論しかけたが、マルゴジャーテの有無を言わせない言葉に諦めたかのように権能を解除。
「戦場の聖騎士達に戦闘を中止して一度下がるように連絡を。 状況が落ち着いた所でアイオーン教団に使者を送って具体的な話をしましょう」
「お、お待ちをアウゲスタ枢機卿! それは――」
反射的に口を挟んだヴァルデマルにマルゴジャーテはつかつかと歩み寄ると、その脛に思いっきり蹴りを入れた。
「――っっ!?」
突然発生した激痛にヴァルデマルは足を押さえて蹲る。
痛みに呻く様をマルゴジャーテは冷たい視線を向けており、瞳には軽蔑の色しか浮かんでいなかった。
「だったら今すぐに代案を出しなさい。 さっきから突撃しか命令していないあなたに出せるならだけどね?」
「ですがそれは背信に当たります。 本国に知れたら――」
「じゃあ一人で帰って指示を仰ぎなさい。 増援も来ない上、こちらの連絡手段を押さえられている状態で負けてないと本気で思っているのなら好きにしなさいな。 悪いけど私は付き合ってられないわ」
マルゴジャーテは他の枢機卿に早く連絡をと声をかけたが誰も動かないので、もういいと通信魔石をひったくるように奪い取ると前線へ連絡。 相手はハーキュリーズだ。
「こ、この責任は取って頂きますよ!」
「あ、そう? じゃあ向こうへは私が責任者ですって言えばいいのね? 貴方の事を聞かれても無責任なおじさんですと紹介しておくわ」
「いや、それは――」
普段、こういった行動を取らないマルゴジャーテの変貌と重い決断を強いられる場面に保身ばかり考えているヴァルデマルには言葉を返せなかった。
ここで投降すればどうなるのか、もし本国が持ち直したなら責任は誰が取る事になるのか、責任を放棄した場合はどうなるのか……。
様々な考えが彼の脳裏を駆け巡り、その結果としてこう言った煮え切らない態度として現れたのだ。
それを正確に感じとったマルゴジャーテは心の底からの侮蔑を送って通信魔石を使用した。
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