第1069話 「宣言」
救世主の大半が脱落。 地上戦力の掃討も進み、ジオセントルザムでの戦闘は終結に向かっていた。
徐々に悪くなる戦況、次々と斃れて行く聖騎士達。
そして途切れない敵の増援。 グノーシス教団側の士気は時間経過と共に落ち込んでいく。
それでも信仰を貫くと奮起する者達は剣を振るい続ける。
自分達が諦めればこの地が、皆で守って来た信仰が失われてしまう。
グノーシス教団の教えはこの世界の秩序を守る為に必要な物で、今日までの平和を維持して来た大切なものだ。
それに――グノーシス教団はその象徴たる教皇や法王が居る限り不滅。
彼女達が折れない限り、自分達も――
『皆のもの! 戦いを止めるのじゃ!』
――不意に響き渡った声に戦場が静まり返る。
このジオセントルザムにいる聖騎士達なら彼女の声を知らない者は居なかった。
教皇――ロヴィーサ・アストリッド・ヘクセンシェルナー。
顔を見た事がない者は存在するが、声を聞いた事がない者はいない。
魔法道具で拡声された教皇の声はジオセントルザム全域へと響き渡り、グノーシス教団側の戦力の全てがその動きを止める。 それを確認したオラトリアム側の戦力も同様に戦闘行動を中止。
一部の戦力を除いて撤退を開始。 転移された山や、ディープ・ワンへと帰投していく。
突然の敵の撤退に聖騎士達は困惑を浮かべながらも続く教皇の声による誘導に従って大聖堂へと移動。
大聖堂前の広場へと集められた。 そこで彼等が見たものは周囲をレギオンやスレンダーマンに囲まれた教皇の姿だった。
「すまぬ。 この戦い、我等の負けじゃ。 グノーシス教団教皇として宣言する。 我等は敗北を認め、侵攻勢力であるオラトリアムに降伏する」
突然の宣言に聖騎士達は大きな動揺に包まれる。 余りの事態に頭が追いついていない事も大きかった。
その為、何を言っていいのか分からないと言った者が大多数を占め、驚きの声を漏らすばかりで言葉が出てこないのだ。
これはグノーシス教団の組織性に由来しているものでもあった。
教義と教皇、法王の言葉は絶対。 その刃たる聖騎士は使い手の意に従って振るわれる。
それにより教皇が投降するというのなら聖騎士達は従わなけれならないのだ。
だが、降伏は教団組織自体の崩壊を示唆するものとも取れる。 付け加えるなら騎士としての矜持が降伏といった屈辱的な現実を受け入れられなかったのかもしれない。
「せ、聖下はなんと仰られているのですか!」
意を決したのか一人の聖殿騎士が声を上げた。 装備もボロボロで立っているのも辛いといった状態だったが、その視線から力は失われていなかった。 その視線を受け止め、教皇は力なく首を振る。
「つい先ほど死んだようじゃ。 あ奴なりに思う所があったのじゃろう」
聖下――法王の死をあっさりと告げられ聖騎士達の表情に絶望が広がる。
法王の死はそのままクロノカイロス王家の崩壊を意味するからだ。 つまり、この国を治めていた王家の血は文字通り途絶えてしまった。
不意に王城から一機のインシディアスが飛来。 ゆっくりと降下し、教皇の近くへと何かを放り投げる。
ゴミのように地面を転がったのは立派な装飾を身に纏った死体。
見間違えようがない。 それは紛れもなく法王の死体だった。 余りの出来事にあちこちで悲鳴が上がる。
「静まれ! 静まるのじゃ! 見ての通り、我等は敗北した。 聖剣も奪われ、残されたのはこの身と同胞である皆だけ……」
教皇は震える声でそう言って悲し気に目を伏せる。
「法王亡き今、この国の未来を決められるのは教皇たる我が身のみ。 教皇としてグノーシスの長として最後までその役割に殉じたいのじゃ! だから、この身と引き換えに皆の助命を乞い、話は成った。 オラトリアムへ従うのならばよし、従わぬというのならこのクロノカイロスからの追放といった形になる。 皆、これが教皇としての最後の命令じゃ、各自身の振り方を考えよ!」
彼女の表情には様々な感情が混ざっており、静かに涙を流すさまは聖騎士達の感情を大きく揺さぶる。
「き、教皇猊下はどうなされるおつもりですか!?」
さっきの聖殿騎士が問いを投げかけると教皇は小さく頷く。
「儂はこれより民にも同じ話をし、身の振り方を考えて貰う事になる。 その際に残る選択をした者達の力になれればと考えておる。 ――これより数日の猶予は与えられる。 その間に己の考えを決めておくのじゃ」
教皇はそう言って踵を返そうとしたが「ふざけるな」といった声に掻き消された。
周囲の視線が集まる。 声を上げたのは一人の救世主だった。
「負けたのは分かりました! ですが、教皇である貴女がそんな事を口にしていい筈がないでしょう!? 我々は命を燃やして戦ったんですよ! 全ては教団の為、世界の為と! これまでに流した血と労力はグノーシス教団が定める霊知を蓄え、来るべき新世界へと旅立つ為の行い。 それを先導する立場である貴女が諦めるなんて事は許されない筈だ! そうでなければこの戦いで死んでいった皆は、皆は何の為に――」
現実を受け入れられないのか現状をあっさりと受け入れた教皇への憤りか、諦めの言葉を口にした教皇に対して救世主は怒りの声を上げる。 悔しさから、目尻からは涙が零れていた。
だが、彼の言葉は最後まで紡がれる事なく終わる。 何故なら不意に彼の頭が破裂したからだ。
銃杖による狙撃。 それにより彼の頭は弾け飛んだ。
周囲に居た者達が咄嗟に身構える。 それを見て教皇は力なく首を振った。
「抵抗は無意味じゃ。 皆も命を無駄に散らさんように賢明な判断をせよ。 儂からは以上じゃ。 後は近くにいる者の誘導に従え」
それだけ言うと教皇は大きく肩を落として大聖堂の中へと消えて行った。
しばらくの間、その場は沈黙する事となる。
「あー……慣れているとはいえ、大勢の前で喋るのは面倒じゃのう」
内部の清掃が始まっている大聖堂内部を歩きながら教皇はそう呟いた。
落としていた肩はすっかり元の位置に戻り、その表情には面倒事が終わったといった安心感だけしか浮かんでいない。
「やぁ、お疲れ様」
廊下を抜けてホールへ入るとヴァレンティーナが教皇へ親し気に手を上げていた。
「おぉ、ヴァレンティーナ殿ではないか。 心配しなくても仕事はしっかりとこなしましたぞ」
教皇はヴァレンティーナへ駆け寄り並んで歩き出した。
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