第1068話 「緑星」

  「はーっはっはっは! 死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇ! 死んで手柄になれぇぇ!」


 場所は変わってジオセントルザム外上空。 マルスランは「コン・エアーⅢ」に内蔵された武装を次々と発射しながら逃げ回る住民を追いかけまわしていた。

 一方的に地表への攻撃を行えるので、反撃される心配もなく彼の気分は最高潮! もしかしたら人生で最高に輝いている瞬間なのかもしれない。


 散発的にではあるが反撃の魔法が飛んで来ても問題なく機体に備わっている障壁に防がれて効果がない。


 「はっはっは! 効かないんだよぉ! 雑魚がぁぁ! 生意気に歯向かった罪を償え! マルスランバスタぁぁぁぁ!」


 高速飛行しながら生意気にも反撃して来た敵へ向けて地面を舐めるように攻撃。

 射線上の聖騎士や聖殿騎士達は必死に走って逃げる。 マルスランはその無様な姿に嘲りの笑みを浮かべ、機体背部のスラスターを全開。 魔力を充填されたコン・エアーⅢは出力を全開にして急加速。

 

 光線は地表を一気に薙ぎ払い、彼曰く生意気な敵を焼き尽くした。

 

 「最高! 最高だ! コン・エアーⅢとこのオラトリアムの英雄マルスランは無敵! 無敵だ!」


 マルスランは哄笑を上げながら次の獲物を狙おうと旋回しようとして――


 「――あれ?」


 ――不意に機体からの反応がなくなって間抜けな声を上げる。


 コン・エアーⅢはエグリゴリシリーズと同様に起動に膨大な魔力が必要となる。

 その為、聖剣エル・ザドキの能力が及ぶ範囲でしか運用する事が出来ない。

 仮に出てしまえばどうなるのか? それはマルスランとコン・エアーⅢが身を以って証明する事となる。


 彼は夢中になって獲物を追いかけまわしたお陰で、エル・ザドキ――ディープ・ワンから離れ過ぎてしまったのだ。 結果、効果範囲外に出てしまい供給が届かなくなって機能が停止。

 操作を受け付けなくなってしまった。 


 「お、おい! どうなってるんだ!? 動け! 動けよ!?」


 マルスランは急に反応しなくなった機体に戸惑った声を上げていたが、直前に燃費の悪い光線を派手に使っていたので動力源の魔力は即座に枯渇。 スラスターを全開にしていたコン・エアーⅢはその勢いのまま綺麗な放物線を描く。 幸か不幸か薙ぎ払う際に高度を高めに取っていたので、彼が描く軌跡はクロノカイロスのかなり広い範囲で観測され――海の方へと消えて行った。


 どうでもいいが、それはまるで流れ星のように見えたのかもしれない。





 空に割と綺麗な放物線が描かれた頃。

 その全てが戦火に包まれ、決着が近いのか徐々に規模が収縮していく戦闘にヒュダルネスは呆然と身を震わせていた。 現在、彼がいる場所は街を囲む壁の上で、ジオセントルザムの風景を一望できる。

 少し離れた所にはライリーに拘束されている彼の妻であるフィスカット。 ちなみに娘の姿はない。

 

 転移でどこかに連れて行かれてしまったのだ。 その為、彼は反抗する事が出来ない。

 隣にはサブリナ。 さっきまでの尋問で知っている事を全て吐き出さされた結果、広がった光景にヒュダルネスの表情は青を通り越して白くなっていた。

 

 恐ろしい。 彼の心の中はただただそんな考えで埋め尽くされていた。

 四大天使を維持している魔法陣の情報を漏らしても早々、制圧はされないと考えていたが凄まじい速さで消滅した事を考えると即座に対応されたのだろう。


 彼がサブリナに吐き出した情報はジオセントルザムに存在する施設の配置と詳細。 

 有力な人物の名前と特徴。 居そうな場所、戦い方など非常に細かく質問された。

 その全ての説明に心の折れたヒュダルネスは正直に答える。 喋っている内にヒュダルネスの表情は見る見るうちに憔悴していき、半日も経っていないにもかかわらず一気に老け込んだかのような印象を周囲に与えていた。


 ただ、ヒュダルネスの心が折れ切っていないと判断したのかサブリナは容赦がなく、彼の耳元で囁くのだ。


 ――あなたのお陰で四大天使を撃破する事が出来ましたありがとうございます。


 ――お話に出ていたフェリシティという方ですがお亡くなりになりましたよ?


 ――フローレンスという方は残念でしたね?


 ――王城の制圧は滞りなく進んでいます。 あなたのお陰ですありがとうございました。


 ――大聖堂は死体の山だそうです。 大戦果ですね。 同胞として私も鼻が高いですよ。


 そんな言葉を囁かれ続けたヒュダルネスはもう立ち上がる気力もない程にボロボロになっていた。

 本来の彼なら怒りの一つも抱いたかもしれないが、家族を人質に取られ、洗いざらい知っている事を吐き出した彼の心にサブリナの言葉を跳ね返す力は残っていなかった。


 今の彼の胸にあるのは自分が齎した結果を詳細に伝えられ、自責の念で潰れそうな胸の痛みだけだ。

 表情は大きく歪み、その目からはボロボロと涙が流れていた。

 救世主として聖堂騎士として、そして家族を守る良き夫、良き父親として立派に振舞おうと己を律していたオーガスタス・ケニ・ヒュダルネスの姿はもうなく、そこに居るのは無力にうちひしがれる一人の男。 そしてそんな夫の姿を見て、妻のフィスカットもさめざめと涙を流していた。


 二人の姿を横目で見てサブリナは微かに目を細める。

 人質を取った時点で心は折れていたと判断していたが、今回に限ってはどんな些細なミスで全体が崩れるか読めなかったので念の為にと徹底的に反抗する気力を粉砕しておいたのだ。


 やり過ぎると救世主として使い物にならなくなるかもしれないので、そろそろ控えるべきかと考えて囁くのを止めた。 戦況の方はヒュダルネスに囁いた内容どおり、決着に近づきつつあった。

 街の重要区画である大聖堂と王城の制圧がほぼ完了したからだ。 王城に関しては法王の自害という想定外の事態が発生したが、教皇の取り込みに成功したので問題はない。


 ただ、最奥に人を遣る必要があるのでもう少しだけ長引きそうだった。

 問題の聖剣使いも捕縛に成功。 聖剣も引き剥がせているので、ここまで押し込めればもう勝ちは動かないだろう。

 ヒュダルネスから聞き出した有力な存在も討ち取ったか、捕縛に成功している。


 不確定要素を残したままの奇襲だったので、サブリナだけでなく指揮を執っていたファティマ達も成功が見えてきた現状はほっと胸を撫で下ろしたくなるところだった。

 敵の航空戦力も目に見えて数を減らし、戦闘もすぐに終わるといった感じではないが散発的になりつつある。

 

 「――後は最後の仕上げを残すのみですか」


 サブリナは燃える街並みを見下ろしてそう呟いた。

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