第1066話 「弱点」
教皇の懸念は正しかった。
ローはそろそろこの状況を生み出している原因に気が付きつつある。
彼は基本的に深く物事を考えずに取りあえず色々と適当に試した後、効果がある手段を見つければそれでゴリ押すといった戦法と呼べるか非常に怪しい戦い方をしていた。
ただ、物事を単純化する傾向にあるだけで、何も考えられないという訳ではない。
これまでの攻防で教皇の展開している権能の凡そを把握できており、次は維持している為の手段を潰す事を意識していた。
とは言ってもそろそろ答えが出ようとしていた。 繰り返しになるが彼の思考はシンプルだ。
原因を探すにしても目に付いた物を確認して一つずつ潰していけば最終的に答えが出て来ると考えていた。
足元の水、この空間に存在する壁や床。 教皇の身に付けている物品。
様々な攻撃を試し、そろそろやっていない事がなくなってきたので試していない事を実行しようと行動を変える。 さて、彼がこの場で試していない事は何か?
それは敢えて触れなかった物――箱舟だ。 教皇は狙われないと思っていたのだが、ローには可能であれば鹵獲する程度の関心しかなかった。 その為、無理に狙わない理由がない以上、ローは何の躊躇もなく変形させながら魔剣の切っ先を箱舟へと向ける。
「何を――」
発射。 流石にこれは想定していなかったのか教皇は目を見開いて射線に割り込む。
光線は教皇の防御に断ち割られて壁に吸収される。 ただ、その行動は致命的だった。
ローはそこは守る必要があるのかとぼんやりと考え、光線を連射。 当然ながら狙いは箱舟だ。
「何を考えておる!? これがなくなれば我々は世界の滅びから逃れる方法を失う――」
「そうだな。 それがどうかしたのか?」
教皇は箱舟の重要性を説いたが、ローは一言で流して攻撃を継続。
彼女はローという男の戦力分析は概ね的を射ていたが、精神性についての認識は致命的に的外れだった。 そもそもローは最初から口にしている通り、タウミエルを始末するつもりなので逃げる為の手段に余り興味がなかったのだ。
アスピザルとヴェルテクスの懸念は正しい。
ローは箱舟が壊れたら壊れたで仕方がないなで流すつもりであり、残骸は首途にでもくれてやれば何らかの形でリサイクルするだろうと軽く考えてすらいた。 付け加えるなら中にファウスティナが逃げ込んだのでついでに始末出来るんじゃないかといった浅い考えもあったのだが、教皇は知る由もない事だ。
今のローの頭にあるのは教皇にとって箱舟は守らなければならない対象で、破壊が可能という認識と破壊する事によって教皇は弱体化できるのかといった疑問だけだった。
教皇の力の源はこれなのだろうか? 単に重要だから守っているのだろうか?
仮に破壊すれば自由になった教皇に苦戦を強いられてしまうのではないか?
分かりやすい弱点を見つけた彼は少しの間、どうしたものかと考えたが――
「あぁ、そうか。 こうすればいいのか」
――ふと何かに気が付いたかのようにそう呟いた。
それを聞いて教皇の背にゾクリとした嫌なものが駆け上がる。
近づけてはいけない。 直感的にそう悟った教皇は近づけないように立ち回ろうとしたが、それは叶わなかった。
ローが真っ直ぐに突っ込んで来たからだ。 何もなければ権能で吹き飛ばせばいいだけの話だったが、魔剣の光線が執拗に箱舟を狙うので守る為にその場から動けない。
攻撃手段は多彩だが、魔剣が最も強力な攻撃手段は魔剣だ。 接近戦に持ち込まれるのは彼女としても箱舟が狙われる頻度が減る。 戦いに集中できる分まだマシ――その筈だったのだが、ローの取った想定外の行動で大きく崩れる事となる。 何をしたのかと言うと首筋辺りから腕が生えて来たのだ。
それだけなら驚くだけの話だが、生えてきた腕は魔剣を掴むと変形させて箱舟に狙いを定める。
同時に本体は大きく迂回する形で教皇へと向かう。
位置関係としては箱舟とその正面に守っている教皇。 ローは大きく右に迂回する形で走っている。
そして新たに生えた腕は不自然な長さに伸びて照準し光線を発射。
教皇は防がざるを得ない。 その間にももう腕と言うよりは触手といった方が適切な形状の腕は魔剣を握りしめたまま光線を連射。 本体は射線から離れる形で教皇に迫る。
――考えたのぅ。
箱舟を守らなければ全く問題のない攻めだったが、そうでない以上は教皇は動けない。
防ぐと確信しての攻撃かもしれないが、無視すれば確実に損傷する威力なので無視できずに守らざるを得なかった。 他の攻撃なら権能によりどうにでもなったがこの光線攻撃だけはどうにもならない。
魔力充填からの出が早すぎるので権能で消滅させきれずに減衰だけに留まっていた。
それに魔力に混ざっている黒い何かの所為で権能による干渉力が若干ではあるが低下している。
魔剣の力の源でもある謎の黒い何かに関しては存在こそ知られていたが「洗浄」して内部を破壊すれば詳細不明の無害なエネルギーの塊と化すだけなので正体は明らかになっていない。
その為、教皇には魔剣に関して理解の及ばない部分は多かった。
――ただ「在りし日の英雄」の正体を知っている彼女からすれば想像だけはできるのだが……。
次々と飛んでくる光線を防ぎつつローを迎え討つべく身構える。
忌々しいと思いつつもかなり有効と認めざるを得ない動きだった。 実際、彼女の力を支えているのはこの箱舟に付随する機能の一つだ。 破壊されれば間違いなく敗北するので、動くのは不可能。
だが、この動きは諸刃の剣でもある。 どういった肉体構造しているかについては突っ込まない。
現に目の前で起こっている以上、事実として受け入れるしかないからだ。
ただ、魔剣と本人の距離が開いている。 この状況なら障壁は使用不可能の筈なのでそちらに処理を割かなくて済む。
本来なら大抵の魔法障壁は発動すら許さずに無効化できるはずだったのだが、不完全とはいえ使用できている点を見れば魔剣由来の能力と言う事は分かる。 恐らく第三の魔剣の能力がそうだったはずだ。
――ここが勝負所。
ローが勝負に出た事を確信した教皇は応じるように片手で錫杖を器用に振るいながら魔剣の攻撃を防ぎつつ出方を見る。
何をしてくるのかといった疑問はあるが、選択肢はそう多くない。
「純潔」の権能の影響下かつ、龍脈からの供給を受けて居る教皇に処理できない魔法攻撃はほぼ存在しないのだ。 ローがどのような攻撃手段を持っていようとも肉体能力に頼ったものであるなら予測も立てやすい。 真偽は不明だが、総大将であるローを仕留めれば外の戦況にも大きな変化が出る筈だ。
この戦いの趨勢を決める攻防になるといった確信を深め、教皇を間合いに捉えたローの左腕が鞭のように振るわれた。
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