第1065話 「供給」
戦闘は教皇が常に優勢で第三者が見ればローに勝ち目はないようにも見える。
ローの攻撃は悉く防がれ、逆に教皇の攻撃は次々と効果を上げているのだ。
そう見えるのも無理のない話ではあった。 だが――
――実際に余裕がないのは教皇の方だった。
彼女が優位に立てているのは戦いの場がこの部屋であるからだ。
ロヴィーサ・アストリッド・ヘクセンシェルナー。
その正体はある手段を用いて体を乗り換えて生き永らえている存在だった。 本来なら肉体の老化は乗り換えればどうにでもなるが魂の寿命はどうにもならない。
だが、教皇は未だに健在。 健康状態にも問題なく、魂の寿命も未だに陰りは見えない。
何故ならグノーシスの秘匿された技術には魂の消耗を癒す手段が存在していたのだ。
彼女と法王、そしてラディータの三名は延命処置を受けているので見た目からは想像もつかない程の長き年月を生きていた。
積み上げられた技量は確かで、体術という点だけでもジオセントルザムの中でも屈指と言える。
装備も最上級の品質を誇り、全部で十を数える権能の起動。 彼女の強さを保証する要因は無数に存在する。
――だが、目の前の異形はその程度で打倒する事は叶わない。
今まで数多の命を屠り、喰らって来た混沌の異形は対峙した存在を理不尽の中で粉砕し続けたのだ。
繰り返そう。 技量では教皇はローの遥かな高みにおり、展開した数多の権能は攻撃の選択肢の大半を奪い、この部屋による支援は優勢を維持し続ける。
彼女が投降を呼びかけているのはローの力が惜しいと感じている事もあるが、実際はこれ以上の戦闘続行に嫌な物を感じていたからだ。
教皇の戦士としての能力は高い。 そこから来る勘も鋭く、危機に対しては非常に敏感だった。
保身に走りやすいといった性格もそれを後押しする一因ではあったが、その勘が言っているのだ。
――長引かせる事は危険だと。
教皇はその勘に従って早期の決着を狙っており、攻撃に手加減や容赦は一切含まれていない。
その全てが殺害といった到達点へと向けた最短にして最適な行動の筈だった。
しかし何を喰らわせてもローは死亡どころか痛がる素振りすら見せない。 防御を剥がした上で首の骨を折って頭部を一回転させても当然のように反撃し、全身に衝撃を叩きつけ体内――臓器への攻撃を狙ったが何事もなかったかのように立ち上がる。
ただ、効いていない訳ではなく、その体には傷が刻まれていた。
その為、殺す手段は間違いなく存在している筈だ。 魔剣を複数手に入れているのでそれによる加護は存在するだろうが数が揃っていたとしても辺獄ではない以上は限界がある。
そう理解はしているのだ。 分かっているなら後は弱点なり急所なりを探す為にもっと効果的な攻撃を繰り出せばいい。 具体的には間合いを詰める事だ。
やるべき事ははっきりしており、後は実行に移すだけだ。
――にもかかわらず彼女は半端に離れた距離から攻撃を繰り返しているだけだった。
何故だかはっきりとした理由は教皇自身にも分からなかったが、近づきすぎるのは危険と彼女の勘が囁いているのだ。
彼女の行動は正しかった。 ローの基本的な戦い方は豊富な攻撃手段を用いての飽和攻撃による力押し。 それをやらないのは通る間合いではないと思っているからだ。
実際に教皇が間合いを詰め、ローの有効と考える攻撃圏内に入れば意味不明としか言いようがない手数の攻撃に曝される事になっただろう。 半端に間合いを離している事が結果的に教皇の身を守っているのだ。
しかし守っているだけでは勝機は訪れない。 教皇には懸念があった。
それはローが彼女の防御方法とその突破方法に気付くのではないかといった懸念だ。
彼女が有している防御手段は三種類。 それぞれ「節度」「分別」「純潔」を冠する権能だ。
節度はラディータも使用していた空間に作用する防御手段で、望まぬ形で接近された時の備えとして使用。
権能『
「分別」を冠する権能だが、こちらは既に使用している「節度」の権能と似通っているもので、任意の位置に空間の断層のような物を作りだす。 それにより魔剣から放たれる光線を断ち割って防いでいた。
権能 『
「純潔」を冠する権能で、特にこのカテゴリーの権能は扱える者が非常に少ないのでかなり珍しい部類に入る。 能力も希少性に見合うもので、魔力現象の無効化と魔剣リリト・キスキルや「暴食」の権能に性質が似ているが、効果が齎す結果だけを見れば上位互換とも取れる。
この権能の能力の本質は効果範囲内の魔法現象へ干渉して強制的に霧散。
そして最大の強みは相手の力量に左右されず、行使に使用している魔力量で決まるのだ。
つまりどんな現象でも相殺できるだけの魔力を捻出できれば、魔力を伴った攻撃ならどんな物でも無効化できるといった強みがあった。 魔剣の刃や変形時に展開される能力はあくまで魔力を伴った現象なので、この権能は天敵とも言えるだろう。
ただ、光線だけは発射されてから霧散させるまでの効果を瞬時に発揮できない為、無効化できなかったが。
――ここで疑問が発生する。
教皇は魔剣の能力を封殺する程の魔力をどうやって賄っているのかといった疑問だ。
その答えは彼女の足元にある水だった。 この直下は龍脈に繋がっており、そこから直接魔力を汲みだしているのだ。 水は龍脈の真上に存在する水脈から引っ張って来ている物で、汲み上げる際に龍脈の魔力を多量に含んでおり、この部屋に仕込まれた多種多様な仕掛けによって彼女に味方するようになっている。
ここはグノーシス教団にとっての聖域。 次の世界へと漕ぎ出す箱舟を安置する為の場所だ。
部外者の侵入はあってはならない最重要区画。 だが、仮にその場所に招かれざる存在が足を踏み入れたのならばどうする? 素直に明け渡す? 論外だ。 有り得ない。
ならば打ち払うしかないのだ。 その為、この空間には常に龍脈から大量の魔力が汲み上げられ、常にこの空間に注がれ続けており、侵入者が現れれば教皇へと供給先が変わる。
つまり教皇を支えているのは龍脈から大量に供給される膨大な魔力だった訳だ。
この空間がある限り、彼女は精神力が続く限り権能を維持し、常に最大限のパフォーマンスを発揮し続けるだろう。
――供給が維持され続ける限り。
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