第1020話 「八当」

 「クソッ! 何とか止めろ! ここを突破されたらもう――」


 教会地下に存在する通路ではホルトゥナの構成員が銃杖や魔法で侵入者を迎撃しようと攻撃を繰り返すが、発射された魔石は空中で力を失い落下し、魔法は霧散する。

 ここには異邦人達は配置されていない。 何故なら彼等にはこの通路の先にある魔法陣で転生者達を何に使っているのかを見せられないからだ。


 その為、彼等は自力で侵入者を撃退しなければならなかったのだが――


 「絶対に距離を詰めさせるな! 敵の権能の影響下に入ると――」


 ――そう言った言葉は途切れて最後まで形にならなかった。


 体に力が入らずに倒れたからだ。


 「 <第三レメゲトン:小鍵アルス・パウリナ 『怠惰スロウス』> 『Φατιγθε倦怠は ις σομετηινγ惰によ τηατ ηας εντερεδこの世 τηε ςορλδ入って τηροθγηきたもの λαζινεσςである』」


 足音が通路の奥から響く、そこに現れたのは魔導書を持ったグアダルーペだ。

 その傍らには護衛のレブナントと瓢箪山が一緒だった。

 

 権能『Φατιγθε倦怠は ις σομετηινγ惰によ τηατ ηας εντερεδこの世 τηε ςορλδ入って τηροθγηきたもの λαζινεσςである


 「怠惰」を冠する権能で効果範囲内に存在する任意の相手の活力を奪う力だ。 この権能の影響下に入れば魔法は魔力を霧散させ、生物は急激な脱力感に襲われて動けなくなる。

 この権能は過去に使用した物と違い、任意なので知覚できる対象にしか効果がないが地下通路のような隠れる場所が皆無の場所ではあってないようなデメリットだった。

 

 味方への影響も排除できるのでこの場では有効な手段と言えるだろう。

 

 「――あのー、これって俺要らないんじゃ――ひっ!? いや、何でもないです」


 連れて来られたのはいいが今の所、特にやる事がない瓢箪山は思わずそう呟いたが無表情のグアダルーペの視線に晒されて即座に首を振って発言を撤回した。

 グアダルーペは無言で歩き、瓢箪山がその傍らを歩く。 残った護衛達は二人に続きつつ、動けなくなった敵にとどめを刺す。

 

 悲鳴すら上げられない敵の呻くような断末魔を聞きながら瓢箪山は武器のギターを片手に警戒は緩めない。 瓢箪山にとってこの世界に来てからずっと頼りにしているのはこの武器だ。

 戦闘に仕事に私生活にと彼の生活を支える大切なツールなので、ある意味では心の支えとも言えるだろう。


 上司の度重なるパワハラに心が折れそうな時もずっと彼を支えてくれた。 そんな大切なギターを握りしめると彼の心も自然と落ち着くのだ。

 心を落ち着けた所で周囲に気を配る。 かなり広い通路、所々に倉庫のような部屋があったが、人の気配はない。 広く作っているのは全体的に大柄な転生者を大量に移動させる為だろう。


 用途を考えると当然なのだろうが、この道を歩かされる者達はきっと自分達がどうなるかなんて知りもしないんだろうなと考えると口の中に嫌な物が広がる。

 瓢箪山は他の転生者に対して思い入れの類はない。 精々、同郷の人間で日本語が通じる程度の認識だったので、何人死のうが知った事ではないと考えていた。


 ――だが、自分も事情が変わればここを維持している連中にこうやって使い潰されていたのかと考えると不愉快な気持ちになるのだ。 


 この設備とその用途を思えばオラトリアムも大概イカれている組織だとは思っていたが、テュケやグノーシスに比べればいくらかマシだろう。

 何せここの連中は転生者をその辺から取れるお手軽なエネルギー資源程度と認識しているだろうからだ。


 護衛が念の為にと部屋を確認するが、倉庫や仮眠室ばかりで誰かが隠れているという訳ではないようだ。 瓢箪山は警戒を緩めずグアダルーペは無言で足を早める。

 広くはあるがそこまでの距離はないので、少し歩くと開けた場所が見えて来た。

 

 そこに足を踏み入れた瓢箪山はそれを目撃する事となる。 最初に目に飛び込んで来たのはその広さ。

 形状は巨大な円筒のような広場で申し訳程度の手摺りがあって下に降りる為の道が壁に沿うように作られていた。

 

 通路から出て眼下に視線を落とすと巨大な魔法陣が発光して、そこに立っていた無数の人影が悲鳴と共に溶けるように消滅するのが見える。

 一瞬の事だったので消えたのがどういった姿をしていたのかは瓢箪山には分からなかった。

 そして周囲で魔法陣の制御を行っているであろう者達は何の感慨も抱かずにまるで作業を片付けるといった調子で通路を見上げる。 恐らくは次の燃料を持って来いといった所だろう。


 そこで見慣れない者達が居る事に気が付き、ギョッと目を見開く。 侵入者に入り込まれた事に驚いているようだ。 距離があったので瓢箪山の聴力では聞き取れなかったが「警備は何をしている」と言っている事から来ないと高を括っていたのかもしれない。

 

 それを見て瓢箪山は重い溜息を吐く。 別に顔も知らない、話した事もないような他人がいくら死んでも知った事ではないが、流石にこれは不愉快だった。

 

 「下の連中の処理、するんですよね? 行ってもいいっすか?」

 

 グアダルーペは瓢箪山へ視線を向けるが、彼はそれを真っ直ぐに受け止める。

 

 「……好きにしなさい」

 「すんません」

 

 何か言って来るかとも思ったが上司は特に何も言わずに許可を出したので、瓢箪山は小さく頭を下げて手摺りを乗り越えて飛び降りた。

 

 「き、貴様――」

 「うるせえよ」


 近くにいた男が杖を向けようとしたが、それよりも早く瓢箪山がギターを掻き鳴らす。

 指向性を持った音波が衝撃波となって男に叩きつけられ、全身を変な角度に曲げながら吹き飛んで行った。


 「別にやるなとは言わねぇよ。 ただ、せめて俺の見てない所でやってくれ」


 この世界は最低限のルールこそあれ、基本的に弱肉強食だ。  

 強い者、賢い物が弱者や馬鹿を食い物にする権利を持つ。 それは彼自身が痛い程に理解していた。

 その為、目の前で起こった惨状も仕方のない事だと思えるが、見せられる方の身にもなって欲しい物だと胸に不快感が湧き上がる。


 「嫌な物を見せやがって。 八つ当たりって事は理解しているが、付き合って貰うぞ」


 そう呟いた瓢箪山は普段の彼とは別人のような低いテンションで近くにいた魔法陣の制御を行っていた人員を殺害し始めた。 彼のギターは彼自身の能力を増幅する為の物で、その制御は実に細やかだ。

 音の強弱や高低で威力や効果の調整を行う事が出来る。

 

 軽い物は三半規管にダメージを与えて昏倒させ、重い物で音の塊を叩きつけるといった乱暴な事も可能だった。 ただ、魔力を伴った攻撃なので障壁などで防がれるといった欠点があるが、この場に居る者達はあくまでも制御のための人員だったので大した力量の者が居なかったのだ。

 

 それにより彼の攻撃に対して有効な対抗手段が存在しなかった。

 結局、彼等は逃げる事も叶わず、死ぬまで瓢箪山の演奏を聞き続ける事となる。


 ――そして――


 ――物理的に聞こえなくなるまでそう時間はかからなかった。

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