第1018話 「同類」

 ズシンと腹に響くような地響き。 戦闘の余波だろう。

 しかも感じからしてそう遠くない。 それを感じてベレンガリアロッテリゼは危機感を抱く。

 現在、彼女率いるホルトゥナは地下の施設で四大天使の維持に必要な転生者の誘導を行っていた。


 当人達には避難誘導と言って小分けに魔法陣へ放り込んでいたのだが、どうやら施設の位置に気付かれたらしい。 恐らく搬入口に使用されている教会が攻撃を受けていると見ていいだろう。

 どうやって嗅ぎつけたのかは不明だが、ここももしかしたら危ないかもしれない。


 ベレンガリアはそう考えると部下にその場を任せて踵を返す。 彼女は母親の事を嫌悪しているが、こういった点はよく似通っていた。 当然ながら本人に自覚はないが。

 彼女は護衛の部下数名を伴ってこれからの行動を考える。 戦況の完全な把握はできていないが、戦場がジオセントルザム全域に拡大している事は察しており、教会が襲われている点を踏まえれば確実に勝てる保証もない危うい均衡の上に成り立っている状況だ。


 その為、街中は酷く混乱しているのは間違いない。

 さて、そんな中、自分はどう立ち回るべきか。 ベレンガリアはそんな事を考えていた。

 ジオセントルザム内で冷遇されている彼女にとっては今が立場や状況を変える大きな好機とも取れる。


 何かしらの活躍をしてあの女を蹴落とす? 敵の撃退に一役買えばそれも可能かもしれないが、自由にできる戦力が少ないベレンガリアには難しいといわざるを得ない。

 恐らく下手に手を出せば早々に殺されてしまうだろう。 救世主を総動員している現状で、未だに決着が着いていない事を考えると撃破は現実的じゃない。


 なら敵の弱点なりを探して報告する? それも危険が伴う。

 この混乱の中、敵の急所を探し当てて報告を入れるというのは――考えるがこちらも難しい。

 いや、無理と言い切ってもいいだろう。 そんな都合のいいものがあればとっくに他が探し当てて襲うなりなんなりしているからだ。


 ならいっそ身売りでもして勝たせる方向に持って行くか?

 条件次第ではあるが、上手く行けば今以上の立ち位置を確保できる上、立ち回り次第ではファウスティナの始末も出来るので魅力的な案ではあった。


 あの女さえ居なくなれば自分の地位は安泰だといった謎の確信が彼女の中にはあったので、無意識レベルで行動の前提にファウスティナの足を引っ張るか始末する事が盛り込まれていたのだ。

 正直、こちらの方がまだ可能性がある気がしているので、その方向で考える。


 考えながら歩く足を早める。 向かう先は大聖堂だ。

 この地下施設は大聖堂を中心に広がっており、各召喚陣は勿論、街の各所にも繋がっている。

 ベレンガリアも把握していない王族専用の隠し通路も存在し、上手く使えばこの街からの脱出も可能だった。 


 表向きはそう言った名目で作られた物ではあるが、実際はファウスティナがいざという時に自分だけ逃げる為に作ったという経緯があった。

 施設の来歴に欠片も興味がないベレンガリアはどう動くのかが正しいのかといった最適解を探す。

 

 仮に裏切る場合はどうにかして相手側と話をする場を設ける必要がある。

 間違いなく敵は通信系の魔石を用いている筈なのでそれをどうにかして手に入れる? いや、手に入れた経緯を考えられると信用されないだろう。


 場合によっては罠に嵌められる可能性もある。

 必要なのは信用される事と自分に利用価値があると思わせる事の二点。

 どうにかして条件を満たせばグノーシスを売り飛ばして謎の勢力に付けばいい。

 

 考える。 まずは相手が何を欲しがっているかだ。

 攻め方から考えるとジオセントルザム自体に明確な目的がある訳ではないと見ていい。

 理由は攻撃が散発的すぎるからだ。 明確にどこかや何かを狙ってはいない。


 ――だとしたらこの街の制圧?

 

 当たっているかは微妙だが大きく的は外していないと思いながらベレンガリアは歩きながら思考を続ける。

 この街を制圧したい。 仮にそうだとしたら何故そうしたいのかといった疑問が出て来る。

 わざわざ世界で最大規模の防備を誇るこのジオセントルザムを狙う理由。 ここでなければならない理由が必ず存在する。


 真っ先に出て来るのは聖剣だが、ウルスラグナにも存在している以上は理由として弱い。

 ここ――ジオセントルザムでなければならない理由がある筈だ。

 そう考えると答えは自然と明らかになる。 大聖堂の最奥――そこにあるとされる何かだ。


 ベレンガリアも詳細までは知らされていないが例の携挙を越える為の何かがあると聞く。

 ならばその情報を売れば交渉の糸口ぐらいにはなるかもしれない。

 問題はベレンガリアがそれに関して大した情報を持っていない事だ。

 

 口先だけで騙せば取り入る所までは行けるかもしれないが、組織に居座るつもりなら明確な成果を上げておかないと不味い。 場合によっては用が済んだら消される可能性も高いからだ。

 

 ――どちらにせよ。 奥を確認する必要があるか。

 

 幸いにも今現在向かっている先はその大聖堂だ。 どうにかして奥に入り込みさえすればその何かの確認も出来るだろう。

 正体さえ分かれば敵に情報を売り飛ばした上で、ホルトゥナの有用性を主張すれば相応の待遇で迎え入れられる事も可能だ。


 ベレンガリアは見えてきた希望によしと内心で頷く。 道が拓けたような気がしたからだ。

 彼女にはグノーシスに対しての思い入れはない。 世の中は常に利用するかされるかの二択で回っているのだ。 自分は利用する側、そしてグノーシスはされる側だっただけの事。

 

 立場が逆ならグノーシスは間違いなく自分を切り捨てるだろうと彼女は確信していたので、自分の方が早かった程度の認識しかもたず、そこに罪悪感の類は存在しない。

 今までもこうして上手く立ち回って来たのだ。 誰も信用できない。 人は必ず裏切る。


 ならば先に裏切る事で優位に立って何が悪い。 裏切らない奴は裏切る機を逸した間抜けなのだ。

 自分は違う。 機を読み取り、賢く立ち回れている。

 そしてそれは自分が生き残っている今の状況が証明し続けているのだ。


 「――そう、私は正しい。 何も間違っていない」


 自分に言い聞かせるようにベレンガリアは小さく呟く。

 

 ――ロッテリゼ! 無事か!?


 不意に通信魔石から連絡が入る。 相手は彼女の支援者である枢機卿――クエンティンだ。

 彼の声を聴いてベレンガリアは内心でほくそ笑む。 ほら、都合よく運命が転がり込んで来る。

 やはり私は正しい。 心配で連絡して来たクエンティンに対してベレンガリアは利用できると笑みを浮かべ、大丈夫としおらしく答える。


 彼女自身は気付いておらず、指摘されても絶対に認めないだろうが――


 ――その笑みは驚く程に彼女が嫌悪する女とよく似ていた。

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