第1017話 「他事」

 「これはこれはなんとまぁ……」


 場所は大聖堂の奥――限られた者しか足を踏み入れる事の出来ない区画に存在する一室。

 ファウスティナは壁に映し出された複数の映像を眺めてそう呟いた。

 襲撃と同時に彼女は早々にこの部屋へ避難していたので、特に傷を負ったり被害を受けた訳ではない。


 開戦からずっとここで高みの見物をしていたという訳だ。 彼女の周囲には護衛の異邦人が数名。

 映っているものは街の各所に仕掛けてた魔石による映像だ。 ジオセントルザムでの戦闘が映し出されてはいたが、いくつかは何も映っていない。

 恐らく戦闘に巻き込まれて破壊されたからだろう。

 

 上空では無数の天使像にガブリエルの生み出した分体、救世主がエグリゴリと凄まじい空戦を繰り広げていた。 両者とも様々な強化を施されているので、その動きは常人の目では追い切れない程のスピードで交差している。


 「……ベースは魔導外骨格で天使を掛け合わせたのかしら? 凄いわねぇ、どうやったのかしら?」

 

 ファウスティナの視線はエグリゴリへ注がれる。 彼女は興味深いとばかりに目を細める。

 明らかに既存の兵器よりも高性能だ。 動きだけで見ても限りなく人体に近い滑らかさがある。

 魔導外骨格やそこから派生した兵器から人造物特有の固さを抜く事は難しい。


 これ程の仕事をする技術者がまだ埋もれていたとは流石の彼女にも想像できなかった。

 興味深いのはそれだけではない。 空を泳ぐ巨大な魚。 人型を逸脱し、特定の用途に特化した魔導外骨格。 どの魔物の特徴にも当てはまらない異形の生き物の群。 魔導書に権能、銃杖まで使っている。

 動きの良さを考えると臣装も使っているのかもしれない。 そして極めつけは複数の聖剣使い。


 これだけの戦力を用意できる組織力にも驚きだが、彼女の目を引いたのは技術力だ。

 アメリアやベレンガリアとは比較にならない程の発想力。 今までに得た情報からウルスラグナに居た事は間違いないだろう。


 こんな事ならあの土地をもっと探すべきだったと後悔した。 僻地だった事もあり、精々再現した技術の実験や転生者の回収ぐらいしかしてこなかったのだ。

 

 ――一部は抵抗したので処分といった形にはなったが、それなりの数の転生者の回収ができただけで成果としては充分と考えていた。


 テュケという技術の再現研究を行わせる為の苗木も植えたので、用事はないと気にもしなかったのだが……。

 こんな人材が埋もれているのなら話は別だ。 知っていればどんな手を使ってでも引き込んだだろう。 なんて勿体ない。

 

 彼女の部下達は戦況にしか興味はない上、専門の話には付いて行けないので特に発言はしない。

 空中では魔法やそれに類する様々な攻撃が飛び交っており、あんな戦いに巻き込まれたくないなというのが彼等の偽らざる本音だった。


 エメスの戦力は基本的に異邦人のみだ。 彼等は聖堂騎士の肩書こそ与えられているが別組織の人間なので戦闘には参加していない。 主にやっているのは転生者の居住区の防衛に避難誘導・・・・だ。

 戦闘に巻き込まれないように教会に存在する地下への隠し通路からシェルターへ移動させている。


 ただ、避難した彼等が何処へ向かうのか。 その先で何が起こっているのかまでは知らない。

 何故なら途中でベレンガリア率いるホルトゥナの者達に誘導を引き継いでいるからだ。

 ファウスティナは知っているどころか理解した上でベレンガリアに押し付けていた。


 理由は面倒だったと言う事もあるが、何より危険だったからだ。

 転生者は四大天使を維持する為の燃料として重要な存在ではあるが、欠点として非常に目立つ。

 敵としては何としても排除したい対象の筈なので、万が一にも魔法陣の位置と維持の方法に当たりを付けられれば転生者の居住区は真っ先に襲われるだろう。


 ――その証拠に――


 「何? あぁ、分かった」


 ファウスティナの部下の一人――カバのような姿をした異邦人の柳橋やなぎばしが連絡を受けて頷く。


 「……居住区が襲われているみたいです。 それともう一つ、ここにも入り込んでいる賊がいると」

 「あらあら? 思ったよりも早かったわねぇ」


 居住区襲撃もそうだが、この大聖堂に正面から殴り込んで来る者がいるのは意外だった。

 戦力の布陣を見れば周囲をある程度潰してから本命の王城とこの大聖堂を狙うと思っていたからだ。

 だからこそファウスティナは余裕を持って戦況を他人事のように眺めていた。


 「もう少し楽しみたかったのに残念ね?」


 そう言って彼女は立ち上がると懐から魔石を取り出して操作。 全ての映像が停止して消滅。

 記録は取ってあるのでこれから先の分は可能であれば後で回収するとして、ある分は安全な場所で楽しむとしよう。


 そんな事を考えながら小さく伸びをする。


 「これからどうされるつもりですか?」 

 「え? どうもしないわ? 天使の維持と避難誘導はロッテリゼに任せているし、街の防衛は聖騎士に任せているから私はしーらない。 ただ、ここにいるのも危なそうだからもっと奥へ引っ込んでるわ」


 柳橋の言葉にファウスティナは投げ遣りに答える。


 「……避難誘導には自分達の仲間も参加していますが?」

 「そうね? でもあなた達は聖堂騎士の肩書を貰っているのだから当然でしょう?」

 「あなたも責任者の一人では?」


 それを聞いてファウスティナは小さく噴き出す。


 「ふふっやーねぇ、私は責任者じゃなくて技・術・者。 だから、そう言う面倒なのはやりたい人に譲ってあげてるのよ。 あなたもサラリー?を貰っているのだからそれに見合った仕事をしなさいな」

 「このエリアへの立ち入りは許されていますが、最奥へは付いて行けませんよ」


 現在地は以前に会議を行った広場の奥にある区画だ。 そしてファウスティナが向かおうとしているのは大聖堂の重要区画の中でも最奥――文字通りの最重要機密が眠っている場所だ。

 そこは立ち入りを許された者達の中でも更に限られた者しか入れない聖域。

 ファウスティナは入れるが、柳橋達にはその権限はない。 途中までしか随伴できないという話なのだがファウスティナはそうねと肩を竦める。


 「えぇ、知っているわ? だから手前の広場で待機。 もしも変なのが来たら追い払って頂戴ね?」


 自分さえよければそれでいいのかこのクソ女。 上司のあんまりな態度に柳橋はそんな事を考えたが表には出さない。

 この状況で身内すら見捨てる勝手さ。 こういう女と分かっていたが、緊急時でも一切ブレないその姿勢に柳橋は若干の殺意すら覚えた。 それでも自分達が生きて行く上で必要と理解しているので、殺せないのが辛い現実だ。 せめて怒鳴りつけてやりたかったが、何か言った所で権力を持った子供のような女に通用する訳がないと理解しているので柳橋は黙って拳を握る事しかできなかった。


 「……分かりました」


 結局、彼はそう返事する事しかできなかった。

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