第983話 「土産」

 「百歩譲って仮に聖剣がおたくらの所有物というのなら魔剣を寄越せという話はどうなる? あれもグノーシス教団の所有物か? だったら辺獄の氾濫はおたくらの管理不行き届きの結果って事になるぞ」


 何せ所有物と称しておきながら欠片も制御できていないからな。

 バラルフラームで何人死んだか知ってるのか? 所有権を主張するなら手綱ぐらい握れこの無能。

 ヴァルデマルは小さく笑いながら否定するかのように首を横に振る。 


 「いやいや、魔剣に関しては我々の管理の外にある物。 引き渡しに関しては危険な物なので、我々の管理下に置かせて欲しいといった要請――いえ、お願いですよ。 それと貴方の言葉には一つ誤りがあります。 確かに聖剣を鋳造したのは我々ではありません。 そう言った意味合いでなら、誰の物でもないのでしょう。 ただ、聖剣エロヒム・ツァバオトは元々こちらの管理下にあったはずです。 つまり最初に入手したのは我々グノーシス教団。 なら誰が所有権を有しているかは考えるまでもないとは思いませんか?」


 俺は馬鹿にするようにわざとらしく鼻を鳴らす。 言うと思ったぜ。

 こういった手合いが言いそうな事は割と簡単に想像が出来る。

 だから事前に用意していた返答を投げつけてやった。


 「あぁ、そうかもな。 おたくらがウルスラグナから無様に逃げ出さなければだが」

 

 「無様」の部分を強調した俺の言葉にヴァルデマルは僅かに硬直し、その後ろにいる連中から怒気が伝わって来るが、俺は構わずにヴァルデマルを睨みつける。

 全てを放り出しておいて後からノコノコ戻ってきて都合のいい事ばっかり言ってるんじゃないぞ。

 権利だ何だとほざくならこの国の立て直しに少しでも貢献してから物を言え。

 

 「今になって返せだとか言い出すぐらいなら最初から持って帰れば良かったんじゃないか? ――あぁ、そう言えばおたくらいつまで経っても扱える奴を見つけられなかったから無理だったな」


 どちらにせよ当時はバラルフラームが健在だったから二重の意味で持ちだせなかっただろうが俺の知った事じゃない。

 それにしてもこいつ等の事は死ぬほど気に入らないが、好き勝手言えるこの状況は中々良いな。

 気を使ったり配慮する必要が全くない相手というのもある意味では貴重かもしれん。


 どうせこの話はこれから戦うといった事実の確認作業以上の意味はない。

 精々、盛大に決裂してやろうじゃないか。 ついでに俺も言いたい事を吐き出してすっきりしよう。

 ここ最近、精神的に疲れる事が多すぎるので、この機会は有効に活用するべきだ。


 ヴァルデマルは表情にこそ変化はないが、視線にはやや探るような色があった。

 はっ、過剰に煽り散らす俺の真意を測ろうとでもしているのか? だったら残念だったな。

 俺はもうお前らを気持ちよく扱き下ろす事しか考えてねぇよ。 ありもしない思惑でも探ってろ。


 「……どうあっても聖剣の引き渡しに応じる気はないと?」

 「最低限の体裁を整えただけの利点が欠片もない要請に応じる馬鹿がどこにいるんだ? 本当に交渉する気があるなら聖剣がどういった理由で必要なのか、魔剣がどう危険で俺達が持っているとどう不味いのかをはっきりさせる所からだろうが。 事情も話さずに取り繕ったような理由で要求だけしてるんじゃねぇよ」


 そもそも穏便に事を運ぼうというなら以前に来たマーベリックのようにまともな手順で来い。

 いきなり拠点構築しておいて話し合いとか舐めているのかと言いたくなる。

 布陣している時点で最初から力尽くで来る気が満々にしか見えないんだよ。


 「……話になりませんな」

 「俺としては話をするつもりだったのかと言ってやりたいな」


 ここまで言われて流石に我慢できなかったのかヴァルデマルは苛立ちに表情を歪める。

 他はそろそろ爆発しそうなのか武器に手をかけようとしている奴までいるので、これ以上煽るのは危険だろう。


 ……言いたい事はぶちまけたしこいつ等を煽って少しすっきりもした。 もう用事はないな。


 向こうとしても話にならんと判断した以上はもうお帰りの時間だろう。

 粘れば状況が好転するならもう少し下手に出るが、グノーシスに動きがないとオラトリアムも動かんだろうからやるならさっさと始めてしまうべきだ。


 「いいでしょう。 では――」

 「お待ちなさい!」


 ヴァルデマルの言葉を遮ったのは奴の後ろで黙って立っていた枢機卿の少女だ。

 その場に居た全員の視線がその少女に集まるが、枢機卿の少女は全く意に介さず怒りの表情を浮かべて大股でこちらに歩いて来る。


 後ろにいたマネシアが割り込もうとするが俺は黙って手で制した。

 

 「貴方! さっきから口が過ぎるのではありませんか!? ここは交渉の場、ならば最低限の礼節を弁えるべきでしょう!」


 そう言って肩を怒らせ、座ったままの俺の鎧の首元を掴む。

 

 「まずは無礼を謝罪しなさい! その後、しっかりと話し合いを――」

 「……悪いがおたくらとは話にならんな。 誠意を見せるってんならそっちが先だろうが、自分達が出来ない事を要求してるんじゃねぇよ」


 俺はやんわりと枢機卿の少女の手を掴んで引き剥がす。


 「無礼な! 最低限の礼節も弁えられないなんてアイオーン教団というのは野蛮なのですね!」

 「何とでも言え」


 俺がそう返すと枢機卿の少女はふんと鼻を鳴らした後、そのまま不快気に元の位置まで戻った。

 

 「う、うむ。 残念ですが三日後に我々はそちらに宣戦布告を行い仕掛けさせて頂く。 グノーシス教団は寛容の精神を持ち合わせております。 素直に聖剣と魔剣を引き渡すというのなら、いつでも引き上げる用意がありますので、その事だけはお忘れなきよう」

 

 あの娘が動いたのが意外だったのか、ヴァルデマルはやや毒気が抜けたような感じではあったがこうしてグノーシス教団との話し合いは決裂した。




 「……流石に肝を冷やしましたよ」

 「悪いな」


 帰り道。 連中との会談場所から少し離れた所でマネシアがぽつりとそう口にする。

 話の流れに関しては事前にこうなるだろうと説明していたので驚きはなく、最悪の場合は襲われる事も考慮していたのだがそれがなかった分、穏便に片付いたとも言える。

 

 マネシアが肝を冷やしたというのは枢機卿の少女についてだろう。

 発言権がない取り巻きかとも思ったが、いきなり動き出したのは俺としても予想外だった。

 そしてその行動もまた予想外の物だ。


 ……いい意味でだが。

 

 俺は握りっぱなしだった拳を開くとそこには魔石があった。 通信魔石だ。

 

 「エルマン聖堂騎士? それは?」

 「まぁ、ちょっとした土産だな」


 果たしてこれは良い方向に傾くのか悪い方向に傾くのかは分からんが、これ以上状況が悪くなると言う事もないだろうし、期待はできそうだな。

 やや困惑の表情を浮かべるマネシアに肩を竦めて見せて、俺はさっさと戻ろうと自陣へと向かった。

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