第979話 「準整」
アープアーバン未開領域を突破したグノーシス教団の先遣隊は既に展開されていたウルスラグナ側の砦に驚きはしたが襲ってこない事に安心したのか、警戒しつつも持って来た資材で即席の砦を組み立て拠点の構築を始める。
その間、ウルスラグナ側は特に妨害をせずに黙々と拠点を増強し、戦力の布陣を行う。
グノーシス側の拠点構築が一段落した段階でウルスラグナ側はほぼ布陣を完了。
同時に最強戦力である聖女を筆頭に聖堂騎士や異邦人も到着。
両者は睨み合いとなる。
その間にもグノーシスは拠点内に転移魔石を応用した大規模な転移陣を敷設。
一定の人数を本国から呼び出せるようになった事により、人数が大幅に増加。
ウルスラグナ側は徐々に膨れ上がって行くグノーシス教団側に危機感を募らせるが、先に手を出す事を禁じられているので黙って見ている事しかできなかった。
特に敵陣の近くで動向を窺っている者達からすれば、仕掛けなくても良いのかといった危機感に襲われているのだ。
ウルスラグナの騎士やアイオーン教団の聖騎士が見守る中、状況は刻一刻と進んでいく。
「さてさて、準備が整ったようじゃのぅ」
場所はジオセントルザムの大聖堂。 その一室。
教皇は上等な造りのソファーに胡坐をかき、受けた報告に目を細める。
向かいに座っているのはヴァルデマル。 枢機卿として指示を出す事になるので、こうして呼び出されたという訳だ。
要するに今回の侵攻の指揮をヴァルデマルが執らされる事になる。 本来ならヒュダルネスかサンディッチが任命される筈だったが、ある理由で外され彼に出番が回って来たのだ。
ヴァルデマルとしては可能であれば御免被りたい立場ではあった。 正直、他の生き残っている枢機卿に押し付けて自分はここで高みの見物を決め込みたいのが彼の偽らざる本音だったのだが、教皇に直接言われてしまえば「謹んでお受けします」としか返事が出来ない。
ヴァルデマルは本音を表に出さないように細心の注意を払いつつ覚悟を決める。
携挙も近い以上、誰かがやるしかないのだ。 聖剣の確保に成功すれば自分の地位は安泰と言い聞かせて具体的な話に移る。
「まず差し当たっての目的は所在のはっきりしている聖剣――エロヒム・ツァバオト、アドナイ・ツァバオト、エロヒム・ギボールと魔剣サーマ・アドラメレクの回収。 ウルスラグナに関しては殲滅と言う事でよろしいでしょうか?」
「――あぁ、そう言えばカポディスドレウから言われておったわ」
教皇は思い出したかのようにそう呟く。 カポディスドレウというのは法王の名前だ。
「一応、降伏勧告はしておけ。 素直に聖剣と魔剣を寄越すなら殲滅は勘弁してやるとな」
「……聖下からという事はヒュダルネス殿とサンディッチ殿ですかな?」
「――のようじゃな。 困った奴等よ。 余計な人死には避けたいとの考えで交渉で事を収めたいと考えておるようじゃのぅ」
「時間があればそれも選択肢に加えても良いかもしれませんが……」
甘い考えだとヴァルデマルは言わない。 彼自身も失敗する危険を冒さずに交渉で片が付くなら喜んで賛成するだろう。 だが、そうも言っていられない事情があった。
「そう、我等には時間がない。 全ての領域が閉じた以上、『
本来なら辺獄の領域は計画的に攻略する予定だったのだ。
第二、第六を確保し、少し様子を見た所で第三に取り掛かるつもりではあったが、第三の領域――アーリアンラで問題が発生した。 予想外のタイミングで氾濫が起きたのだ。
辺獄の状態を見るに氾濫は相当先になる筈だったのだが、何故かそれが発生してしまった。
教皇はその理由には見当がついていたが、口には出さない。
あの時期、王家が治めていた旧オフルマズドに調査に向かっていた者がいたからだ。
ファウスティナ・ペラギア・エラゼビウス。 当時は別の名前ではあったが、グノーシス教団が内部に保有している技術組織「エメス」の代表にして、このクロノカイロスに所属している「
教団へしっかりと貢献している上、代わりの利かない人材なので多少の自由は許していたがあの時期の彼女の行動は目に余るものがあった。
本人は惚けていたがあの氾濫は間違いなくあの女の仕業と考えられている。
それ以前にもあちこちで好き勝手やっていたので方々で恨みを買っている可能性が高く、余計な動きをさせない事と勝手に死なれない為の措置としてある手段を用いて死んだ事にしてからジオセントルザムから出さないようにしたのだ。
奔放な女ではあったが今回ばかりは許容できる限界を超えていた。
お陰で親交のあったオフルマズドは王が入れ替わり鎖国。 聖剣エロヒム・ザフキと魔剣フォカロル・ルキフグスの回収が不可能になってしまったのだ。 力で奪っても良かったが、当時は他の領域を攻略した際の損害が回復しきっていなかったので侵攻が難しかった事もあり、距離を置いた付き合いとなった。
それでも充分に修正は可能な範囲ではあったのだ。 だが、その楽観は早々に破綻する事となる。
第五の領域――ザリタルチュの氾濫。 これに関しては完全に予想外だった。
予定では最低でも数十年は先の筈だったにもかかわらず、それは発生してしまったのだ。
原因はウルスラグナで発生した大量の死者と予想されている。
はっきりしないのはそれだけの死者でここまで状況が進行するのかといった疑問があったからだ。
これはグノーシス教団の知らない事だったが、近い時期にヴァーサリイ大陸の北部で巨大な生物が死亡した事が致命的な影響を齎したのだったが……。
それだけに留まらずリブリアム大陸の第九、第十、ポジドミット大陸の第七、第四が次々と何かに呼応するように氾濫。
第九は多大な犠牲を払い鎮圧、第十は近い時期に沈静化。 第七、第四はグリゴリが攻略した事により無力化には成功したが、そもそも氾濫を起こさせる事自体が不味いのでこの状況はグノーシス教団にとって非常に都合が悪かった。
ならばと聖剣の早期回収を狙い、その一環としてグリゴリと聖剣と魔剣を交換する約束だったのだが、いつの間にか壊滅した上に肝心の聖剣は奪われる始末。
本来なら最低でも半数以上を押さえていなければならないのに保有数はたったの二と話にならない。
魔剣である程度の代用はできるが、こちら側では性能を完全に発揮しないので僅かな足しにしかならないのだ。
その為、グノーシス教団は一刻も早く聖剣の回収を急ぐ必要がある。
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