第980話 「使命」

 「……首尾よく聖剣を回収できたとしても定数には届かないでしょうな……」


 ヴァルデマルの口調は重い。 予定が数十年単位での前倒しとなったのだ。

 予定の半分の数も連れて行けないだろう。

 教皇としても愉快な話ではないので、その表情は明るくない。 この状況は彼女としても非常に不本意だった事もある。


 「たらればを言っても仕方のない事じゃが、オフルマズドの第三を回収できなかった事がここに来て響いて来たのぅ」


 聖剣の数は一つ違うだけでかなり状況が変わる。 その為、状況が逼迫してしまうとそんな事を言わずにはいられなかった。

 

 「……とにかく、まずは目の前の事態への対処と行きましょう。 送り込んだ者達からの報告では聖女は既に来ているとの事でしたので、戦闘になる事は間違いないのでハーキュリーズ殿とゲルギルダズ殿をお借りしたい所ですが……」

 「まぁ、妥当な判断じゃろうなぁ」


 教皇はちらりと後ろに控えているハーキュリーズに視線を向ける。

 全身鎧の聖剣使いは無言。 教皇の視線にも一切反応しない。

 教皇はその態度に苦笑した後、表情を引き締める。 考えるのはアイオーン教団の聖女についてだ。

 

 聖剣に選ばれる者は探せば出てくる。 だが、二本同時に選ばれるというのは稀――というよりは前例がなかった。

 基本的に聖剣、魔剣は一人一本。 決まっている事ではないが、現れた事がなかったのでそうと決めつけていたのだ。


 どういった力が働いてそうなったのかは不明だが、実際に存在する以上は受け入れるしかない。


 「……第八の聖剣による加護かのぅ……」


 教皇はぽつりと呟く。

 第八の聖剣エロヒム・ツァバオト。 所持者に栄光を齎すといった能力を持ち、権力者であるなら絶対に手に入れたい代物だ。

 手元にある限りあらゆる幸運が所持者を守るだろう。 教皇自身も手に入るものなら是非とも欲しいと思っていた程の代物だった。


 アドナイ・ツァバオトも似た能力を保有していたが、戦闘関係で特に力を発揮するのであまり戦闘に出ない立場としては使いどころがない。

 反面エロヒム・ツァバオトは範囲が非常に広いので、持っているだけで充分に恩恵を得られるのだ。

 欲しくない訳がない。 教皇自身、扱った事がないので知識としてしか知らないが、もしかしたらその幸運が作用した事により二本の聖剣を手にする資格を得たのかもしれないと考えていた。


 二本の聖剣を保有した聖女は同格の聖剣使いで押さえるのが堅実な手だろう。

 だが、それで良いのかといった懸念があった。 聖剣使いはこのジオセントルザム――というよりは教皇、法王を直接守る守護の要だ。 普通に考えるのなら世界で最も安全なこの地に居る限り、問題はないはずなのだ。


 だが、彼女の第六感とも言えるものが囁く。 聖剣使いを外に出しても本当に問題ないのかと。

 当然ながら根拠はある。 この状況だ。

 敵は聖剣使いが二人。 片方は二本持ちなのでこちらも対抗して聖剣使いを投入するべきだろう。


 それは分かるが、世界各地で暗躍する組織の存在が脳裏を過ぎる。

 

 「まさかとは思うが聖剣は囮で本命はここではないじゃろうか……」

 「……それこそまさかでは? ここはクロノカイロスの中央で、周囲にはオフルマズド以上の強固な障壁で守られております。 仮に来たとしてもここに来るまでの都市群を突破しここに到達するのは至難の業かと」

 「確かにそうじゃのぅ……」


 唯一手薄なのは大陸南側だが、開けている上に距離もあるので姿を見せた瞬間に察知は可能だろう。

 そして到達前に布陣する事も同様に可能だ。 その為、このジオセントルザムは鉄壁と言っていい堅牢さを誇る。


 この都市は世界で一番安全な都市だ。 それは教皇自身が一番よく理解しているだろう。

 仮に突破されて都市内に侵入されたとしても救世主を筆頭に選りすぐりの聖騎士達が控えているのだ。

 

 ――それに最近、完成した防衛装置がある。


 用意したファウスティナの話では起動すればグリゴリですら返り討ちに出来るとの事。

 どういった物かを理解していた教皇はそれが使えると言う事は分かっていたが、起動に必要なコストと維持に必要な魔力が膨大なのであまり使いたい代物ではなかった。


 「うむ。 聖剣使いは二人とも行かせる事にはするが、こちらの判断で引き上げさせる。 転移魔石は必ず持たせるようにせよ」

 「ありがとうございます」


 これでウルスラグナ攻略の目途が立ったと内心でほっと胸をなでおろすヴァルデマル。

 同時に微かな疑問を抱く。 このジオセントルザムの防備は鉄壁。

 

 ――にもかかわらず。 教皇は一体、何を恐れているのだろうか?


 表には絶対に出さないが、ここまでの不安を抱く理由が今一つ理解できなかったからだ。

 その後、救世主をどれだけ貸して貰えるかの確認をして、ヴァルデマルは部屋を後にした。




 聖騎士、聖殿騎士はほぼ無制限。 聖堂騎士は二百五十。 救世主四十。 そして聖剣使い二名。

 それに加えて生き残った第二、第七の枢機卿。

 これがヴァルデマルが教皇から預かった戦力の全てだ。


 聖騎士と聖殿騎士はジオセントルザムの外にいる者達なので、必要に応じていくらでも動員して良いとの事。

 ウルスラグナ――と言うよりはアイオーン教団の最大戦力は聖女だ。 それさえ押さえれば後はどうにでもなるとヴァルデマルは考えていたが、不確定要素が楽観を許さない。

 

 グリゴリが滅ぼされた際に目撃された巨大な魔物。 オラトリアムという正体不明な勢力。

 正直な話、勝てるとは思っているが不安な要素があるので絶対ではないと思っていた。

 万が一負けてしまえば立場が非常に不味くなる事もあって、今回の作戦に乗り気ではなかったのだ。

 

 彼は本国の最奥という安全な場所にいて自らの安全が担保された状態だったからこそ他の者の信仰心を試す事が出来たが、こうして自分の信仰心が試される事を余り想定していなかった事もあり、かなりの不安を抱いていた。


 これは本人も無自覚だったが、一方的に他者の信仰心を試すと言う行為は彼の精神にかなりの愉悦を与えていたのだ。

 つまり今までの彼の余裕は自分が安全を保障されているからこそ出て来る物だったが、それがなくなった以上は不安が彼を蝕む。 失敗すれば折角得た携挙を越える為の席も失ってしまう。

 

 他に押し付けてしまいたいが教皇からのご指名なのでそれすらできない。

 

 ――やるしかない。


 泣きわめいても意味のない事なのでヴァルデマルは覚悟を決めて足を進める。

 向かう先は転移の準備をしている部下達の居る場所だ。

 狙うは聖剣の奪取。 出来る出来ないは問題ではない。 やらなければ自分に未来はないのだ。


 不安要素が何らかの形で表面化しない内に片を付ける。 

 彼はそう意気込んで進む足に力を込めた。

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