第976話 「行軍」
「クソッ! また出たぞ! 迎撃急げ!」
次々と現れる魔物の群れに聖騎士達は慌てて迎撃に入る。
ここはアープアーバン未開領域。 ヴァーサリイ大陸中央部から北部にかけて存在する魔物の群生地。
奥に行けば行く程、狂暴な魔物が現れるので突破が難しい場所だ。
そして人数が増えれば増える程、その困難さは大幅に増す。
この地の魔物達には絶対のルールが存在している。 それは弱肉強食だ。
弱者は強者に喰われる定めであり、彼等は常に喰らう為の獲物に飢えている。
そんな中、自分達のテリトリーに踏み込んで来た大量の人間を見つければ襲い掛からない訳がないのだ。
地竜やその近隣種に始まり、群れで襲いかかって来る種、巨大な大型種、擬態して奇襲を繰り出してくる種とこの地に住む魔物達は非常に多種多様だ。
アープアーバンの南に存在するフォンターナという国の冒険者が稼ぎに良く入るが、長年この地に挑んでいる彼等ですらその全容を把握していない危険な地なのだ。
そんな中を聖騎士達は進み続ける。 彼等はクロノカイロスから派遣された者達で、その役目はアープアーバンを突破してウルスラグナに橋頭保を築く先遣隊だ。
拠点構築の為の資材などの運搬も兼ねているので人数は非常に多い。
旧オフルマズドから上陸し、大陸を縦断してこの地に来たのだが――
「数が多い! 資材を守れ!」
魔法や弓矢などの遠距離攻撃手段を持った者達が一斉に攻撃を魔物に雨あられと打ち込む。
魔物の群は次々と直撃を受けて即死して倒れて行くが一部の動きがいい個体や魔法に耐性のある頑丈な者達が突破して聖騎士達に襲い掛かる。
聖殿騎士や聖堂騎士は危なげなく対応するが、聖騎士は反応できずそのまま喰らいつかれる者もいた。
「た、助け――」
一人の聖騎士が悲鳴を上げるが、即座に群がった小型の地竜に喉笛を喰いちぎられて即死する。
こんな光景はここに来るまでに何度もあった事だ。 彼等は味方の死に表情を歪めながらも獲物を喰らい始めた魔物の隙を突いて剣や槍で仕留めて行く。
魔物は食欲が強いのか獲物を喰らい始めると大きな隙を晒すので誰かが喰われ始めたら食っている魔物を仕留めるのは当たり前の光景となりつつあった。
彼等がこの地に足を踏み入れてそれなり以上の日数が経過している。
フォンターナまでの強行軍で疲弊はしていたが、アープアーバンに入るまでは脱落者ゼロでしっかりと休息を取り、あと一息でこの長い行軍も終わると安心していた者も少なからずいたのだった。
当然ながら彼等はここが危険な魔物の群生地だと言う事は事前に知らされており、現地の教団関係者や冒険者から情報は得ていたのだが、聖殿騎士だけでなく聖堂騎士をも擁するこの万を越える聖騎士団にわざわざ挑んで来る魔物はいないだろうと軽く見ている者が多かった。
実際、群れで行動する魔物は比較的、数の有利不利を認識する種も多かったので固まって動いている人数が多ければ多い程に比較的ではあるが狙われる可能性が下がる。
その為、警戒するべきはその地形にあるといった楽観もあったのだ。 だが、アープアーバンに足を踏み入れて半日もしない時間で自分達の考えがいかに甘かったのかを嫌という程に思い知らされる事となった。
魔物達は不意に入って来た侵入者相手に怯むどころか我先にと襲い掛かって来たのだ。
聖騎士達にとっての不幸はここが地の利のない完全な敵地である事と、大人数故に身動きが取り辛かった事、最後に持って来ていた食料やウルスラグナで使用する為の物資を守りながらでなければならなかった事。 以上の三点が重なった事でかなりの劣勢に立たされる事となった。
聖騎士は複数での連携を意識して戦わないと即座に捕食され、聖殿騎士は充分に戦えてはいるが油断すると即座に喰い殺されるので周りを気遣う余裕がない。 特に物資などの防衛を担っている者は命に代えても守らなければならないので、命懸けで魔物の襲撃を凌いでいる。
そして最も数が少ない聖堂騎士が魔物の群へと切り込んで数を減らしていく。
彼等は聖騎士の最高峰だけあって危なげなく魔物を撃破していくが、絶対的に数が違いすぎるので守り切れずに犠牲が次々と出てしまった。 しかも撃退したとしても即座に別の種が待っていましたとばかりに襲いかかって来るので、息つく暇もなく彼等は連戦を強いられる。
この地の魔物は獰猛な上、非常に狡猾な種も多いので、戦闘が終わるのを隠れて監視し、戦闘終了直後に気を抜いた所を奇襲しようと企んでいる者までいるのだ。
最初の戦闘直後にそれをやられたのでかなりの犠牲者が出た事は彼等の記憶に新しい。
初日は数十回にも及ぶ襲撃を捌き続け、多数の脱落者を出しながらも乗り終える事が出来た。
だが、軍勢での移動、舗装されていない悪路、襲撃への警戒、そんな中では思った以上の速度は出ずに移動は遅々として進まない。
魔物襲撃は中々途切れず、仮に途切れたとしても油断した所で奇襲を仕掛けてきたり、地中に身を隠して下から襲って来るといった事もあった。
それにより毎日犠牲者が発生し、時には食料を奪われる事件まで発生。 戦闘能力の低い小型の魔物の仕業だ。 猿に似た小型の魔物だったが、非常に素早く動いて食料や魔石を盗もうとしてくる。
アープアーバンの半分近くを踏破した頃には、人数は激減。 三割近い人員が脱落する事となった。
本来なら初日の時点で引き返すべきなのだろうが、彼等に与えられた使命は何としてもウルスラグナへ向かい橋頭保を築く事。 その為に貴重な転移魔石なども持たされている。
彼等は本国の期待を一身に背負ってこの聖務に挑んでいるのだ。 それを裏切るような真似は断じてできない。 そんな気持ちを胸に彼等は歩き続ける。
木々の間を縫い、荷車が通れないような悪路は何とか均して平らにし、崖があれば荷物を小分けにしてロープや魔法を用いて引き上げた。
この未開の地に足を踏み入れるまでは希望に満ちていた彼等の表情は度重なる襲撃の前に疲弊しきり、魔物の襲撃に怯えて眠れなくなった者も多い。
数多の仲間の屍を乗り越え、数え切れない程の魔物を屠り、疲弊しきった彼等はそれでも歩き続ける。
この旅にも終わりがあると信じて――
「よし! 全部仕留めたな!」 「見張りを残して休める奴は休息を――」
「いや、隠れている奴がいる!」 「クソッタレ、また奇襲してくる連中か!」
「もう、勘弁してくれよ……」 「一体いつまで続くんだこんな生活……」 「もう帰りたい」
――彼等は疲れた心と体を引き摺って進み続ける。
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