第973話 「信試」
そこは暗い場所だった。
位置はジオセントルザムの大聖堂の一角。 窓もなく調度品の類もないただ広いだけの部屋。
そこには複数の者達が集められていた。
聖騎士、聖職者だけでなく、普通の町民や罪人らしき者達も混ざっており、統一感はない。
集められた者達――聖騎士や聖職者はジオセントルザムの外や他所の大陸から引き上げられた者が大多数を占めている。
彼等はこれから特別な聖務を与えられ、完了した暁にはジオセントルザムでの勤務を許されると言われた事もあり士気は高かった。 だが、他に集められた者達を見てやや訝しむ者がいたが、わざわざ集められている所を見ると何かあるのだろうと思考を停止していた事もあって気にしている者はそう多くない。
町民は食うに困った者達が稼ぎになる仕事があると紹介されてこの場に連れて来られた。
最後の罪人はクロノカイロスや他国で犯罪を犯した者が纏めて連れて来られる形で集められている。
彼等は当初、処刑されるものと思っていたので、沈痛な面持ちの者も多かったが連れて来られたのが処刑場ではなかった事に戸惑いを浮かべている姿が多い。 全員が両手足を鎖で拘束されているので身動きが取れずに無言でこれから起こるであろう事を慎重に見極めようとしている。
彼等はこれから何が起こるのかは知らされていないので、聖騎士以外は所在なさげに周囲を見回していた。
そんな中、足音が響く。 一同が振り返ると出入り口の扉から複数名の聖堂騎士を引き連れた男が入室。
グノーシス教団第一司祭枢機卿アレクサンドル・イエルド・イエオリ・ヴァルデマル。
この地で最も地位の高い枢機卿なので、彼の顔を知らない物は殆どいなかった。
聖騎士や聖職者は即座に跪き、町民達はやや遅れてそれに追従。 罪人は拘束されている事もあって特に動きは起こさない。
一瞬、ヴァルデマルを人質にできないかと考えている者も居たが護衛の聖堂騎士に隙が全くないので即座に断念。 そもそも拘束を逃れる事が出来ないので意味のない仮定でもあったが。
ヴァルデマルは手に鞘ごと鎖で縛られた剣を持っており、大事そうに抱えていた。
「さて、皆さん。 よくぞ集まってくれました。 あなた達にはこれから信仰心を試す試練を受けて頂く事になります」
そう言ってこの場に集まった者達の前に立ち、集まった顔ぶれを軽く視線を見回す。
「我等が教団に仕える者には栄誉が、民の皆には栄光が、そして罪を犯した者達には自由が。 この試練を乗り越えた者達には約束されます」
「そ、その話は本当なのか!?」
声を上げたのは罪人の一人だ。
ヴァルデマルの言葉を信じるならこれから何かをすれば罪を許すと言っている。
「はい、主は寛容。 この試練はあなた達の罪を洗い流す為の物でもあります。 乗り越えた瞬間を以って全ての罪は清められるでしょう」
彼等は自分達の未来を悲観していたが、不意に投げかけられた自由という言葉に一部が色めき立つ。
残りはかなりの猜疑が混ざった視線をヴァルデマルに向けていた。
そんな美味い話がある訳ないだろうとこの話を頭から疑っている者達だ。 どちらにせよ彼等には選択肢がないので、黙って受け入れるしかなかった。
聖騎士や聖職者達はこの試練を乗り越えればジオセントルザムでの勤務が叶い、衣食住に絶対に困らなくなるので、教団への忠誠心も存在するが自身の生活の安定を目指す者も少なからずいる。
ジオセントルザムにいる者達は給金も多く、住居を始め、生活の際に発生する費用の大半を教団が持ってくれるので住みたがる者は非常に多い。
町民達は事前に提示された成功報酬の額に目が眩んだ者達だ。 仮に失敗したとしても支度金として報酬の一部が支払われる事もあって、家族に纏まった金銭を渡したいといった者達が多く参加していた。
「――では、質問もないようですので、早速始めるとしましょう」
ヴァルデマルは手に持った剣を掲げると、集まった者達の周囲の空間が歪む。
「詳しくは向こうで説明を受けてください。 では、皆の武運を祈ります」
その言葉を告げたと同時にヴァルデマル達を残し、室内にいた全ての者達が消失。
後には何もない部屋だけが残された。
「ふむ、これで人員の補充は問題ないでしょう」
ヴァルデマルは無感動にそう告げると手に持った剣に視線を移す。
拘束されている剣からは魔力が漏れており、それを感じてヴァルデマルは不快気に表情を歪める。
汚らわしく、本来なら触れる事すら嫌な代物ではあったが、この剣に触れる事が許されているのは一部の者だけなので該当するヴァルデマルがやらなくてはならない仕事だったのだ。
手に持った剣――魔剣ベル・タゲリロン。 この魔剣は元々、リブリアム大陸南部に存在した辺獄の領域アズダハークに存在した物だったが過去にグノーシス教団が領域を攻略し入手した物だ。
内部の洗浄は済ませているので運用は可能だが、何があるか分からないので念の為に封印が施されている。
それにより固有能力の使用は不可能だが基本的な機能は生きているので、こうして他者を辺獄へ送り込む事ぐらいは可能だった。
ヴァルデマルはこうして定期的に魔剣を用いて辺獄に人員を送り込み続けている。
その理由はこのクロノカイロスと重なっている辺獄の領域にあった。
この地の辺獄は既に取り返しがつかない事になっており、かつてフシャクシャスラで起こった空の亀裂が広範囲に渡って広がっている。 その為、辺獄の浸食を防ぐには大量の人柱と亀裂から溢れて来る「
現状では尖兵のみしか現れていないので、どうにか対処できているが送り込んだヴァルデマルも限界が近い事を悟っており、このまま行けばそう遠くない未来に上位存在である「
そして最上位の存在である「英雄」が現れると恐らくもうどうにもならない。
ヴァルデマル自身、目の当たりにした訳ではないが、その存在が現れ始める事は世界の滅びが致命的な段階に進んだと言う事と同義だと言う事は知っていた。
徐々に苦しくなってはいるが、人員を送り込み続ければ抑える事は出来る。
その為に辺獄へ向かった彼等には世界を存続する為の礎となって貰おう。
生き残れば報酬を与えるとは言ったが、辺獄の侵食は簡単に止まる物ではないので彼等は間違いなく死ぬだろう。
信仰心が足りていればもしかしたら生き残るかもしれないが、あの場で試されてどこまで生き残れるのか? 少なくともヴァルデマルが逆の立場なら生き残る自信はなかった。
つまりは辺獄に駆り出された時点で、もう詰んでいると思っているからだ。
「さて、彼等の尊い犠牲を無駄にしない為にも我等は我等の役目を果たすとしましょう」
ヴァルデマルはそう呟くと聖堂騎士達を引き連れて部屋を後にした。
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