第966話 「夜送」

 『はい、皆さんこんばんは! 今日もオラトリアムラジオナイト版、略してオララジナイトの時間がやってまいりました。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします』


 時刻は深夜。 開戦も近いので遅い時間にもかかわらずオラトリアムの各所には灯りが灯っている。

 そしてラジオからは瓢箪山の声が響いていた。


 『いやぁ、収録って最高ですね! この放送、深夜版ですけど収録になったお陰でこの時間、俺は部屋でぐっすり寝られるようになりました』

 

 常に生放送を強いられるといったプレッシャーから解放された瓢箪山の機嫌は良い。

 何せ収録なら撮りなおしと言った手段が使えるからだ。 そして一気に数回分を撮ってしまえば、後は自由時間となり外を出歩く事も出来る。


 プロデューサー兼ディレクターの許可を取るのに苦労はしたが、山脈から出られるのは瓢箪山にとっては非常にありがたかったからだ。

 山脈――というよりはシュドラス城の周囲までが彼の生活圏だったのだが、使える時間が増えた事により行動範囲が大きく広がりあちこちに遊びに行けるようになった。


 それにより、研究所やダーザイン食堂へも足を運べるようになったのだ。


 『この前にですね。 ダーザイン食堂に行ったんですけど何と新メニューが追加されていました』


 行動範囲が広がる事は瓢箪山のプライベートだけでなく、公私の公の部分でもありがたかった。

 何故ならラジオで話す話題のレパートリーが増えるからだ。

 

 『カレーもそうですがフライ――揚げ物が追加された事ですね! いや、あれはヤバい。 この前行った時はカキフライ定食が追加されていました。 正確には牡蠣っぽい貝を揚げた料理なんですが、用意されたソースも最高でしたね。 良かったら皆さんもどうですか? まだ、様子を見る形で出せる数が少ないみたいですが、美味しいですよ! 何かコックの人が揚げ物を気に入って色々と試しているらしいので、間を置かずに試験的なメニューが追加されるとかされないとかって聞きました。 ダーザイン食堂は割と遅い時間までやっているので、まだ行った事ないよって人はこの機会に是非! 新しい世界が開けるかもしれませんよ!』


 実際、瓢箪山自身が気に入った事もあったが、ダーザイン食堂で以前にゲストとして来てくれたウェイトレスの娘に宣伝よろしくと一食ご馳走されたのでやや力を入れて宣伝していたりする。


 『さて、次はお便りコーナー行っときましょうか。 えーと、今日はどれにしようかなっと。 ラジオネーム『歴史探究家』さんからです。 ありがとうございます。 えっと何々『いつも楽しく聞かせて貰っています。 自分はオラトリアムに入って間もない新参ですが、ここには楽しい娯楽が沢山あって素晴らしいですね! これからも応援しているので頑張ってください!』ありがとうございます! いやぁ、こういうシンプルな応援はすっげー嬉しいなぁ。 『歴史探究家』さんありがとうございます! この調子で頑張りますよ! ちょっと元気を貰った所で次に行ってみようかなっと、次のお便りはラジオネーム『虎.象』さんからです。 ありがとうございます。 んん? 書いてある字が二種類あるな。 これは連名でやってる感じかな……あ、虎と象で分かれてるのか。 象さんのほうが『楽しいです。 頑張ってください!』 おおう、力強い筆跡だ。 ありがとうございます! で、虎さんのほうはっと『いつも楽しく拝聴させて貰っています。 こちらでは人生相談的な物も受け付けているとの事で筆を執らせて頂きました。 自分と相方には面倒を見ている娘のような子がおりまして、どうにも人付き合いが上手く行かないので孤立しがちなのですが何か自分達にできる事はないのでしょうか? 子供の人間関係にまで口を出すのは出過ぎた真似かもしれないとは思いますが少し心配になっています。 もし、何かアドバイスをいただければ幸いです』』


 瓢箪山は少し悩むように小さく唸る。


 『結構、重めの奴が来たなぁ。 申し訳ないんですが、俺は子供とか居ないので子育ての苦労は良く分からないんで推し量るしかできませ――いや、何を笑ってるんですか? は? 失敗した時、赤ちゃんみたいに私の事をママとか言って無様に泣きわめいたら罰を軽くしてやる? いやいやいや、何を言ってるんっすか? 俺に何を求めてるの? もしかしてこれ何か試されてる? ひっ!? その何考えてるか分かんない笑顔やめてくれませんかね!? あ、そうそう、相談の返事があったんだった。 いやー忙しいなー。 さて、さっきも言った通り俺もそんな悩みにぶち当たった経験がないので、月並みな事しか言えませんが少なくともお子さんが愛されている事は良く分かりました。 俺もなー、誰かに愛されて―なー。疲れた俺の心を誰か温かく包んでくれねーかなー? え? 私がいるって? ははは、御冗談を――ひっ!? もう勘弁してくださいよ……ってかアンタ俺をどうしたいんだよ!? もう、訳が分からねぇ……。 あー、取りあえず個人的な意見として言わせて貰うとあんまり干渉しすぎると鬱陶しいとか思われるかもしれないので、やんわりと話を聞いて促すのが無難じゃないかなと思います。溜めこんでる時に話聞いてくれると楽になるって話は聞いた事あるんでどうでしょうかね? ――はい、お便りコーナーはここで切り上げて、そろそろ次の天気コーナーに入ります。 えっと、明日の天気はっと――』


 瓢箪山が滑らかな口調で朝から昼にかけての天気を読み上げ、そのまま演奏コーナーへと入る。


 『はい! 取りあえず、今夜の演奏は終了となります。 ありがとうございました。 それにしても普段は一人なんだけどゲストさんが来た後とかだと結構、寂しく感じるなぁ。 ちなみにオララジ及びオララジナイトは常に仲間を求めています。 俺と一緒に番組を盛り上げて見ませんか? い、今なら美人で優しい、プロデューサー兼ディレクターが見守ってくれますよー。 とまぁ、それは置いといて、朝礼などで告知している筈なので知らない人は少ないかとは思いますが、一応と言う事でアナウンスです。 近々、オラトリアムは世界の南端に存在する大国。 クロノカイロスに仕掛けると言う事でしばらくすると戦時体制に入ります。 戦闘員は各部署の責任者の指示に従い、非戦闘員は非常時に備えての避難所の確認と配布されている襲撃時のマニュアルをよく読んで万が一に備えましょう。 恐らく襲撃の可能性は少ないと思われますが、絶対ではないのでこういった訓練は怠らないように。 ――では、本日の放送はこれで終了となります。 今夜のお相手は瓢箪山 重一郎でした! またねー!』


 ガチャガチャと片付けるような物音が響き、放送が終了した。

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