第962話 「静店」

 「いやぁ、とんでもない事になったね」


 場所は変わってダーザイン食堂内部。

 時間は夜。 店が閉まった所でアスピザルが主要なメンバーを集めているので、昼間は客で賑わう食堂も静かになっている。


 揃っているのはアスピザル、夜ノ森に石切、ジェルチ、ガーディオ、シグノレや他、店の幹部達だ。

 次の戦いは今後にかなりの影響が出るので、こうして話をする場を設けたと言う訳だった。 各々、適当な席に着いてアスピザルの話に耳を傾けるが、ガーディオだけは翌日の仕込みを行っているので厨房で聞いている。


 内容は近い内にクロノカイロスへ殴り込むという話、その際に実行する作戦の概要。

 

 アスピザルと夜ノ森は強制参加なので無関係とは行かない。

 一通り聞いた反応は絶句だった。


 「……いや、前々からあのローって頭おかしいわとか思ってたけど、本気でやるの?」


 最初に口を開いたのはジェルチだった。

 それを聞いてアスピザルは苦笑。 夜ノ森に至っては「ははは」と渇いた笑いを漏らすだけだった。

 二人の反応を見れば今の話が冗談の類ではないとはっきり分かり、ジェルチは表情を大きく引き攣らせる。


 「残念ながらローは本気だし、ファティマさんもその気になってるからこその作戦だろうね。 ぶっちゃけかなりの博打だけど最初の関門さえ越えればオフルマズドの時と同じ感じになるから、恐ろしい事に充分に勝てる可能性があるんだよね……」

 「話は分かったが、首尾よく最初の関門を突破したとしよう。 その後、首都の制圧と言った流れなのは分かった。 ただ、その勝利条件を満たして本当に納まるのか?」


 疑問を口にしたのはシグノレだ。

 勝利条件は街の殲滅、教団が秘匿しているであろうある物の確保、最後に教団のトップの捕縛。

 このどれかを満たせば勝ちという話なのだが、勝ったとして首都の外に居る者達を黙らせる事が出来るのかといったものだ。 


 「……うーん。 正直、僕自身もピンと来ていない部分もあるんだけど、現実的な話から入ろう。 まずは首都の殲滅だけど、どうも最終的に首都をこの後の戦いに備えて拠点にしておきたいんだって。 だからどちらにせよ何らかの形で完全な支配下には置くつもりみたい」

 「んん? グノーシスの始末が済めば敵対勢力はもう居ないだろ? 何と戦うんだ?」

 「良い質問だね石切さん。 何でもそう遠くない内に世界が滅ぶらしくてね。 それをどうにかする為の前線拠点にするんだってさ」

 「――は?」

 「いや、その反応も分かるから何も言わないけど、どうやら本当みたいでね。 僕としては全力で遠慮したい所なんだけど逃げたらローに比喩抜きで殺されるし、本当に滅ぶならどっちにしろ死ぬから頑張らざるを得ないんだよね」

 「その話が本当ならグノーシスと一時休戦にして手を組むべきではないのか? 口振りからかなりの強敵なのだろう? そんな相手が控えている状態で戦力を消耗するのは愚かな行為では?」


 石切は滅ぶという言葉を理解できなかったのか硬直、シグノレは真偽はさておき素直に疑問を口にする。

 アスピザルは力なく首を振って否定。


 「僕としてもそう思うんだけど、グノーシスってどうもその滅びをどうにかする気がサラサラないみたいみたいで自分達だけ逃げるつもりなんだってさ」

 「いや、世界滅びるんでしょ? どこに逃げるのよ?」

 「僕としても大いに気になるけど、察するに秘匿されているある物ってのが、その手段だと思うな」

 「えぇ……自分達だけ。 グノーシスって最低じゃない」

 「そうだね。 だからそれを押さえると彼等があそこに陣取っている理由が消えるんだってさ」


 アスピザルはローからクロノカイロスの裏側――つまりは辺獄の異変について聞いている。

 明らかに危険な状況にもかかわらずその場で踏み止まっているのはあの地から動けない事の証左だろう。 つまり裏を返せばあの地に居れば滅びから逃れる事が出来るという事だ。 


 そう言った意味でもそれを押さえる意味合いは大きい。

 何故なら制圧した後、何らかの方法で使用不能にする事を臭わせるだけでグノーシスの動きを止める事が出来る。 秘匿されているだろうが知っている者達からすれば滅びから逃げる手段を失う事は絶対にあってはならないからだ。


 「……確かにあの場所にこだわっている理由と考えるなら有効か……」


 シグノレはふむと考え込み、ジェルチはそんな都合のいい物があるのかとやや懐疑的だ。

 実際、アスピザルも話に聞いただけなので、ジェルチと同様に少し疑っていた。

 辺獄に関してはローが直接見たという話なので、信じているが逃走手段についてはどうやって手に入れた情報なのかと気になっていたからだ。


 一応聞いたがローからは「占いの結果」と何とも言えない返答が返って来た。

 何らかの手段で得た情報なのは分かるが、あるであろうと前置きされているので場合によってはない物と考えた方がいいかもしれないとあまり期待はしていない。


 準備にはギリギリまで時間をかけるつもりではあるが、余り悠長にしていられないとの事で現在ウルスラグナに向かって来ているグノーシスの軍勢がアープアーバンを越え、本格的に動いたタイミングで仕掛ける予定のようだ。


 要するにグリゴリの時と同じ手を使う訳だが、今回に関しては余り効果は期待されていない。

 何故なら戦力の規模が違うので、散らせた所で首都の防衛戦力をそこまで割くとは考え難いからだ。

 ただ、聖剣の回収を目的としているので主力の一部を送り込むと予想されるので、意味がないという事はないのでやらないよりはかなりマシだろう。


 それを差し引いても首都であるジオセントルザムの戦力が割れていないので、不確定な要素がかなり多い。 グノーシスはグリゴリとの関係も疑われているので、間違いなく天使関係の技術を高い水準で保有している筈だ。


 アスピザルとしては可能であれば敵が切り札を伏せているというのならその正体――までとは行かなくても有無ぐらいの確証は欲しい所だったが、状況がそれを許してくれない。

 何が出て来るか不明でもローを筆頭にオラトリアムの首脳陣はゴーサインを出して突っ込むだろう。


 彼が動くと決めた以上、もうどうにもならない。

 アスピザルも腹を決める必要がある。 オラトリアムの傘下に入ると決めた時点である程度の覚悟はしていたが、まさかここまで大事になるとは思わなかった。


 ――世界の滅び、か。


 それっぽい事は以前にも耳にしていたが、自分が存在する世界が簡単に滅びる程度の頼りない物だとは思いたくなかったのかもしれない。 そんな理由で無意識に目を逸らしていたのかもしれないのかなと少し自嘲する。


 「多分だけど非戦闘員扱いの皆は出番がないと思うけど、その後に関しては少し覚悟しておいた方がいいかも」


 言うべき事は言ったとアスピザルは沈黙。

 一同は与えられた情報を咀嚼しているのか同様に沈黙する。


 「ま、こんな物か」


 厨房で仕込みを終えたガーディオの言葉が沈黙した店内に大きく響いた。

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