第961話 「転杖」

 「……う、うーん。 まぁ、最大限上手く行けば勝算はあると思うけど……。 ぶっちゃけるけど、これ考えたのってローだよね?」

 「そうだな。 作戦の骨子は俺の案で細かい所はファティマ達が詰めた形になる」

 

 話を一通り聞いたアスピザルはやや顔を引きつらせる。

 俺が考えた原案はもう少しシンプルな出来だったが、色々あってこうなった。

 

 「いや、圧倒的な物量差を考えれば充分に勝てるとは思うんだけど、これって最初の段階で躓いたらその時点で終わるよね?」

 「失敗したら全員で正面から殴り込みだな」

 「……それを本気で言っている事が一番怖いよ……」


 失敗したらそれはそれで分かりやすい手に切り替えるだけの話だ。

 

 「失敗したら引き上げるって選択肢はないんだね……」

 「ないな。 辺獄の状態を見るに余り悠長にしていられない。 延期はなしだ」

 「あー、それもあったね。 例の携挙の詳細を知らない以上、下手に残すのは危ないし、これはどうしようもないかぁ……」

 「……もう好きにしろ」


 渋い表情だが諦めたかのように肩を落とすアスピザルにやや投げ遣り気味のヴェルテクス。

 

 「敵の戦力構成、確定情報がほぼなしなのが怖いなぁ。 絶対、何か切り札的なのいるでしょ。 その辺はアドリブで対処する感じ?」

 「基本的にはそうなるが、一応だが手は打っている」

 「へー、初見相手でも問題なく使える。 秘密兵器か何か?」

 「隠すほどのものじゃないな」

 「ちなみに何?」

 「お前も知ってる奴だ。 条件付きでだがアイオーンからクリステラを引き抜いた。 聖剣使いか、良く分からん奴が出てきたらあいつを突っ込ませて安全を確認してから仕掛けるといった形を取るつもりだ」

 

 クリステラの名前を聞いてアスピザルは意外そうな表情、夜ノ森も驚いたのか目を見開く。

 ヴェルテクスと首途は興味がないのか無反応。 エゼルベルトは名前しか知らないので同様に反応しない。

 サブリナは何を考えているのか薄く笑う。


 「えぇ……クリステラって噂の聖剣使いでしょ。 確か霊山で梓を投げ飛ばした人だよね。 どうやって仲間にしたの? 弱みでも握って脅したの?」

 「聖剣使いならその時点で使えるのは分かるが、その女は信用できるのか? ノコノコ懐に入れて後ろから斬りかかられるなんて笑えない落ちにならねぇだろうな?」

 「その点に関してはないとは言い切れんが、可能性は低い」

 「――何と言うかローが言うと謎の説得力があるね。 事情が分からない立場としては大丈夫な根拠が欲しい所だけど?」

 「単にあの女が熱心に入れ込んでいる子供枢機卿がくたばりかけていたのでな。 助けてやる代わりに戦力として働けと言っただけだ」


 アスピザルは「うわぁ」と声を漏らす。


 「どうせローの事だから治す時に逆らったらその子が即死するような仕込みでもしたんじゃないの?」

 「信用できる訳がないんだ。 首輪をつけるのは当然だろう?」

 「――俺としてはそのガキに仕込んだ死ぬ仕掛けの方が気になるな。 まさかとは思うが、剥がせるような代物じゃないだろうな?」

 「そっちは問題ない。 脳の奥に融合する形で仕込んでいるからな。 無理に剥がすには外科手術しかない。 仮に実行するにしても脳みその二、三割は諦めて貰う事になる」

 

 俺は患部を探り当てる為に無傷の部分をかき分ける必要があるのでなと付け加えた。

 

 「あ、うん。 それなら大丈夫だね。 僕としてはそれを躊躇なく実行するローにドン引きだよ」

 「ま、要らん事をせんかったらお互い何もないんやろ? その聖剣使いは精々、こき使うて兄ちゃんの作業の元を取ろうや」


 引いているアスピザルに軽く流す首途だったが、ここでサブリナが挙手。

 俺が視線を向けると口を開く。


 「クリステラは我が娘も同然。 その為、母としては少し気にはなる点があります」

 

 あぁ、そう言えばそうだったな。

 確かサブリナはクリステラの孤児院の責任者だったか。


 「あの娘はグノーシスの支配から解き放たれた事により、自ら考える道――つまりは自己を貫く事を覚えました」

 「……それで?」

 

 俺がそのまま先を促すとサブリナは小さく頷いて話を続ける。


 「信念と言い替えてもよいそれは時に全ての事情を凌駕します。 その為、裏切る可能性が皆無とは言い切れません」

 「つまりはクロノカイロスで奴の琴線に触れる事をやらせすぎると血迷う可能性があるという事か?」

 「はい。 激情は己自身の内から湧き出る物。 その制御は容易いものではありません。 特にそう言った自己を解放し始めたばかりでは尚更でしょう。 使う事自体に反対は致しませんが、少し使い方には注意が必要かと」


 要は衝動的にこちらにとって不利益を生むような行動を取るかもしれないと。

 そう考えると面倒だな。 転ばぬ先の杖として起用したのは失敗だったか?

 サブリナは「異を唱えた事をお許しください」と小さく頭を下げて沈黙。 俺は無言でファティマに視線を向ける。 ファティマは特に動揺した素振りは見せない。


 「その点はご安心を。 弘原海をお目付け役として同行させるつもりです。 何かあればあの男に処分させればいいでしょう。 仮に勝てなくても簡単には殺されない筈なので対処する為の時間を稼ぐ程度なら問題なく行えます」


 想定外の敵が出て来た場合に突っ込ませるつもりではあるが、想定内に納まった場合はいるであろう聖剣使いにぶつけるつもりだ。

 そう言った意味でも弘原海と同時に運用するのは悪い判断じゃないだろう。 どう頑張っても信用できない以上、余り贅沢な使い方は期待しない方がいい。 本音を言えばクロノカイロスで使い潰したいが、後に控えている存在の事を考えれば止めておいた方がいいだろう。


 その為、可能な限りではあるが扱いには気を使うつもりではある。

 ただ、こちらの許容範囲を超えた行動を取るなら残念だが、グノーシスの連中と一緒に死んで貰うとしよう。


 「そうなったら俺の責任だな。 処分した後、子供枢機卿を始末してアイオーン教団も皆殺しにして後腐れを無くすとしよう」


 これに関してはアイデアを持って来たのはファティマだが、主導は俺だからな。

 責任を持つのは当然だろう。 魔剣で王都を火の海にでもすれば済むしな。

 聖女は面倒だが、防御を飽和させれば仕留める事も可能だろうし数で押し潰せばいい。 思う所がない訳ではないが、清算は済んでいるのでまぁ、消しても問題ないな。 どちらにせよ将来的に脅威になりそうなら聖剣を取り上げるか消すつもりではあったが。 


 「う、うん。 嫌な未来だからそうならないように祈るよ。 ――ただ、早いか遅いかの違いのような気もするけどなぁ……」

 

 アスピザルの言葉を最後に会議は終了となった。

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