第959話 「良考」

 「流石のローでも例の大穴は手に余る感じ?」

 「話を聞く限り、例の枝らしき物に刺されたら終わるようなのでな。 少なくとも対処法が確立されるか、弾避けが大量に要るな」

 「あー……ごめん。 そうだね。 ここ深掘りすると僕が弾避けにされそうだし、いい判断だったねって言っとくよ」


 辺獄経由での侵入が出来るのであれば、わざわざ正面から殴り込むような真似をする必要もないからな。

 以前にファティマが案として挙げた精鋭で固めて入るといった手が使えたのだが……。

 まぁ、何事もそう簡単には行かないか。


 「……取りあえず辺獄側からは近寄れないって感じなのかぁ。 でも、その状況って妙だよね?」

 「そうやな。 状況から察するに辺獄の領域の氾濫からの聖剣魔剣の消滅コースを辿った感じか?」

 「だよねぇ。 穴が開いてるって事は第一の聖剣と魔剣ってもう消えている感じなのかな? 本拠を動かせないから戦力を注ぎ込んで抑えている感じ?」


 決めつけるのは危険だがアスピザルの言う通り、フシャクシャスラでの例を考えるとあそこに辺獄の領域があって聖剣と魔剣が消滅して穴が開いたというのが自然な流れだろう。

 ただ、気になる点は多い。 辺獄の領域と重なっているであろう場所をわざわざ更地にしている理由は何だ? 辺獄の侵攻に備えていたからとも取れるが、完全な更地にする理由が分からん。


 更地の周りの山は囲む為に残したと見ていい。 侵攻させる際に方向性を持たせる?


 「……その割には南側の守り薄くない?」

 

 俺と似たような事を考えていたのかアスピザルが呟く。


 「防備は割合から北側に八、南側に二って所か。 露骨に偏ってやがるな。 明らかに辺獄ではなく、他所からの侵攻に警戒している」


 ヴェルテクスもこの奇妙な配置にはやや訝しんでいるようだ。

 アスピザルがエゼルベルトに何か知らないかと言った視線を向けるが、エゼルベルトは苦笑して首を振る。


 「父は何度か行った事があったようですが、僕は話でしか聞いた事がなかったので残念ながらお役には立てなさそうです。 ただ、ヴェルテクスさんの仰る通り、明らかに辺獄の侵攻を軽視しているとしか思えない防衛配置には疑問が残りますね」

 「どう思う?」


 俺が聞くとエゼルベルトは分からないと言わんばかりに首を捻る。


 「……現状では情報が少なすぎて何とも言えませんね。 そもそもクロノカイロスの全体地図なんて物はまず出回りませんからね。 正直、この更地の事も今知ったぐらいです」

 

 無理のない話か。 クロノカイロスはオフルマズド以上の規模にもかかわらず同等以上の情報封鎖を行っているので、首都のジオセントルザム――大陸中央部から南部に関しては極端に情報が出てこない。 特に飛行手段が少ないこの世界では上空から地理を把握しようなんて考える奴が現れなかったのだろうな。


 大陸中央から先は基本的に限られた人間しか行き来できないので外からでは知りようがない。

 仮に知った所で意味があるとも思えないので需要もないと。 二重の意味で地図が出回る訳がない。

 寧ろ知らない方が自然と言っていいかもしれないな。


 ……そんな訳で辺獄からの侵入も失敗したので、結局情報は得られないといった無様な結果に終わった訳だ。


 「あー、取りあえず厄介なのは分かったけど、どうやって情報を取るの? オラトリアムの基本戦術って入念な下準備してから布陣整えての強襲でしょ? あの、まさかとは思うけど、正面から行くの?」

 「……エンティミマスの時とは話が違う。 今回ばかりは相手がデカすぎる。 無策とか馬鹿な事を言い出すんじゃないだろうな?」


 不安そうなアスピザルにあからさまに難色を示すヴェルテクス。

 俺は心配ないと大きく頷く。


 「心配するな。 俺にいい考えがある」


 正面から行く? それも分かりやすくていいだろう。

 だが、これから攻める場所は敵の本拠である大陸だ。 その為、半端なやり方で突っ込めば早々に取り囲まれるか迎撃されるのが目に見えている。 なら突っ込むにしても一工夫必要だろう。


 だから安心しろとアスピザル達の方へ視線を向けるとアスピザルと夜ノ森は何故かこの世の終わりのような表情を浮かべ、ヴェルテクスは苦虫を噛み潰したように嫌な顔をする。

 反面、首途は何を期待しているのかキラキラとした眼差しを向けて来ていた。 顔を突き合わせている時間が長い所為か、首途の表情が何となく読めるようになってきたな。 どう見ても百足その物なのに不思議な事もあるものだ。


 「具体的な侵攻プランを話す前に敵の戦力についてだが――」

 「それは私から」


 そう言って立ち上がったのはサブリナだ。


 「クロノカイロスの首都――先程からも名称は出ていますが、ジオセントルザムと言います。 まず防備に関してはオフルマズドほど神経質に固めている訳ではないようでした。 少なくとも上空から確認した限り、常に障壁の類で覆っているという訳ではなさそうです。 ただ、緊急時には展開するといった可能性は充分にあり得ますので、ない物と考える事は危険かと。 恐らくですが北方に展開された市街や防衛設備を突破されれば使用するのかもしれません」


 根拠は天気だ。 オフルマズドの障壁は悪天候――要は雨を弾いていたので、内部は常に晴れていたが、ジオセントルザムにはその気配はなかった。

 つまりは障壁があるにしても常時展開していないのだろう。


 「戦力に関してですが、クロノカイロスは奥へ行けば行く程に教団への影響力が強い人間が住んでいます。 少なくとも出生地と言うだけの聖騎士は大陸の外縁にしか住まう事は許されません。 ただ、有力者の血縁という事であれば、多少の優遇はされるかもしれませんが……」


 有力者と言うのは教団に大量のお布施――まぁ、金を落としている連中だな。

 簡単に言うとグノーシス教団のVIP会員様だ。 お布施の額が一定を越えると囲い込む為なのか、クロノカイロスへの移住を勧められるらしい。


 大抵は大きな商会を率いているだとか、どこぞの街や領の責任者だったりと金回りの良い連中だな。

 そう言った連中が子供を聖騎士にと教団に放り込むらしい。 当然ながら、コネで聖騎士になったのだから大半は碌に戦力にならないような連中だ。 そんな訳で、多くはないが一定の数はいるようだな。


 ただ、そう言った連中はまず、重要区画までは任されない。

 あくまでスポンサーへの義理で置いているからだ。 問題はそうじゃない連中になるんだが――

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