第947話 「向決」

 ヴァルデマルの口にした名は一部を除いてその場に居た者達には馴染みのない物だった。


 「知らんな」

 

 ヒュダルネスの言葉がそれを端的に表していた。 大きな収益を上げ、勢力を拡大しているとはいえあくまでウルスラグナという国の一部。 世界の反対側であるクロノカイロスの者達が知らないのも無理はない。

 

 「これまでの事件の発生場所と都合よく居合わせる冒険者。 その出身地付近で勢力を拡大する組織。 そして消えた魔剣の行方。 決めつけるのは早計ですが怪しいのは確かです。 ……とは言っても位置が悪いですね」


 サンディッチの言葉は正しい。

 調べるにしてもオラトリアムの存在する位置が悪いのだ。 ヴァーサリイ大陸北部にあるウルスラグナの北端。 辺境と言っていい地域にあるので物理的に向かうのが難しい場所だった。

 

 そもそもウルスラグナ自体が未開拓の領域に囲まれているので港が存在せず、海を行っての上陸は現実的ではなく、選択肢は陸路しかない。

 その陸路もアープアーバン未開領域という強力な魔物の群生地を突破する必要があるので、辿り着くだけでも命懸けとなる。


 「陸が危険であるなら迂回するのはどうだ?」


 フェリシティはとにかく話を進めたいのか、そんな事を言っていたがあの近辺の知識を持っているのならそれが不可能だという事は理解できるのでサンディッチとヒュダルネスは無視。

 ヴァルデマルが力なく首を振る。


 「フェリシティ殿。 残念ながらそうもいかないのですよ。 ウルスラグナはヴァーサリイ大陸の北部に存在しますが、北端・・ではないのです」

 「? どう言う意味ですか? アープアーバンとやらを通るよりはマシでは?」

 「ウルスラグナの北には亜人種の巣窟と思われる山脈が広がっており、その北には広大な森やアープアーバンと同様の未開拓の領域が広がっています。 何があるのかはっきりもしていないので、場合によってはアープアーバンを通るよりも危険といった可能性があります」

 「それにあの近くの海は航路が確立されていない。 何が現れるか分からん以上、それこそ陸路を行った方がマシだ」


 ヒュダルネスの補足にヴァルデマルは大きく頷く。

 それもその筈で、グノーシス教団にとって重要なのは聖剣の有無であって世界の隅々まで網羅する事ではない。 第八の聖剣であるエロヒム・ツァバオトの所在がはっきりしているので、それより北は調べる価値がないのだ。


 その為、グノーシス教団はヴァーサリイ大陸北部の情報をほとんど持っていなかった。

 結果として情報不足といった現状を招いてしまったというのは皮肉ではあったが。

 

 「――要するにヴァルデマル枢機卿はそのオラトリアムが怪しいと睨んではいますが、移動手段をどうにかしなければ調査が出来ないと言っているんですよ」

 

 サンディッチが纏める。 口を出したのはフェリシティが喋るとまた話が脱線しかねないからだ。

 

 「それで? ヴァルデマル殿、取りあえずだがその冒険者とオラトリアムって勢力が怪しいのは分かった。 猊下の意向はそっちで聞いているんだろう? あのお方の考えを聞かせて貰いたい物だが?」

 

 長かったが、今までの話はこれからの方針を話す上での前置きだ。

 ヴァルデマルはようやく本題に入れると話を続ける。


 「そのオラトリアムなる組織に関しては関与が濃厚というだけで確定ではないので、調査を行ってからの対処となります。 もし、アイオーン教団と裏で繋がっているのであれば、確認できていないグリゴリの保有していた物。 オフルマズドの一件にも関与しているのであれば、彼等が管理していた聖剣、魔剣の全てが集まっていると思われます」

 「アイオーン教団と繋がっているなら連中の持っている物も数に含んでいいかもな」

 「……そうなると確認されているアイオーン保有の聖剣三本と魔剣一本に加え、表に出ていない物とオフルマズドにあった物を含めれば追加で聖剣が二本に魔剣が二本。 ザリタルチュの魔剣も含んで良いかもしれません」

 

 そうなると彼等が保有している聖剣は、エロヒム・ツァバオト、アドナイ・ツァバオト、エロヒム・ギボール、そしてエル・ザドキ、エロヒム・ザフキの五本。

 そしてそれに対応する魔剣――サーマ・アドラメレク、ガシェ・アスタロト、ザラク・バアルにザリタルチュにあったゴラカブ・ゴレブとオフルマズドにあったフォカロル・ルキフグスの五本。


 合計で十本の聖剣と魔剣がウルスラグナに固まっている事になる。

 

 「この分だと所在がはっきりしない第十の聖剣、魔剣も怪しいな」


 第十の領域氾濫の情報は未確認ながら存在した。 だが、フシャクシャスラでの事があり、そちらにまで手が回らなかった事、モーザンティニボワールが獣人の国なのでグノーシス教団の影響が及ばない土地といった事等の理由があって放置する形になってしまっていた。

 

 そうこうしている内にいつの間にか話を聞かなくなってしまったので、誤報かそうでないかの判断すらつかない有様となっている。 そもそもの情報源がホルトゥナからの物だけだったので、信憑性にもやや欠けている点も大きかった。


 「ヒュダルネス殿の言う通りモーザンティニボワールへの侵攻もセンテゴリフンクスの陥落と遠征隊の全滅で頓挫している状況です」

 「……ヴァルデマル枢機卿。 ちなみにですが、あの地は現在どうなっているのですか?」


 グリゴリの襲撃があったとの話以降、触れられなかったがセンテゴリフンクスは現在、獣人が支配している土地となっている。 騒ぎが落ち着いた後、正式な声明が発表され、あの近辺はモーザンティニボワールの一角として併呑されるとの事。 そしてグノーシス教団排斥を堂々と掲げ、干渉が不可能となった。


 ヴァルデマルによる説明を一通り聞いたサンディッチが納得したように頷く。


 「そうなるとやはり優先するべきはウルスラグナですね。 どちらにせよアイオーン教団の者達は何らかの形で裁く必要があるので、あの地への侵攻は将来的に必須となりますか……」

 「まぁ、ウルスラグナで組織を立ち上げる所までは擁護できなくもないが、アラブロストルでエロヒム・ギボールを奪っている以上、攻め込むに当たっての大義名分も揃っているからな」


 サンディッチはやや不本意ながらも侵攻といった形でウルスラグナへ向かうべきだと主張。

 そしてヒュダルネスもサンディッチの意見に概ね同意を示す。

 実際、言った所で素直に返すとは思えない上、全ての辺獄の領域が閉じている事もあって、あまり時間はかけられない。


 本来ならこの時点で最低でも半数以上の聖剣を押さえておく必要があったのだが、現在グノーシス教団が確保している聖剣は二本。 早々に残りの六本・・を押さえる必要がある。

 来るべき終末――携挙の時、それが訪れるまでに可能な限り速やかに聖剣を集めなければならない。


 ――人の未来を守る為に。

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