第948話 「脅威」
「――ともあれ、方針としてウルスラグナを攻める事は分かる。 で? 具体的にはどう動くんだ?」
「現在、少しずつではありますが、戦力を旧オフルマズド、クーピッド経由で大陸中央部に集めている最中で、数が揃い次第アラブロストル、フォンターナを経由してアープアーバンの突破を行う予定です」
ウルスラグナへ到達するまでの道の険しさを理解した上での派兵。
ここまで事を急ぐと言う事は――
――あまり時間がないと言う事か。
ヒュダルネスはこの動きに上の焦りを感じていた。 本来なら数十年は余裕があるというのが、上の見立てではあったのだ。
――にもかかわらず何かに呼応するかのように次々と氾濫する辺獄の領域。
それによって加速する世界の滅びと裏側で蠢く何者か。
グノーシス教団の目的が大きく阻まれている事を感じる。 明確に目的があるのか、愉快犯的に世界に混乱を招こうとしているだけなのかは分からない。 ただ、世界の裏側で蠢く何者かは打倒するべき敵と言う事だけははっきりしていた。
「我々を呼んだと言う事はアープアーバン突破後に救世主を投入するという事ですか?」
ここまで話を聞けば先は予想できた。 サンディッチはここに集められた者達を投入するのだろうと考える。 本来なら世界の反対側なので、簡単に踏破できる距離ではないのだが、最近普及し始めた転移魔石という距離を無視できる代物がある。
製法は確立しているが材料の入手が非常に難しいので、数が限られている貴重な代物だ。
その為、持ち出しや使用にはかなりの制限がかかっていた。
魔力補給の手間はあるが、何度も使えば半日もかからずに数百人ほどを現地に送り込めるだろう。
――ただ、使用を可能にする為にはウルスラグナに橋頭保を築く必要があるといった問題はあるが。
だが、裏を返せばその条件さえ満たせば、クロノカイロスから直接戦力を送り込む事が出来るのだ。
補給線と増援が自由に送り込める状況になればまず勝てると彼等は確信していた。
救世主は聖騎士の最高峰。 世界最強戦力だ。
無敵ではないが、数十人規模の救世主を送り込めばウルスラグナを落とす事はそう難しくない。
そして問題の聖剣使いへの対処法も存在し、難しいようなら同じ聖剣使いをぶつければいい。
この場には居ないが、グノーシス教団が誇る二人の聖剣使いはこの場の誰もが認める実力者だ。
単独で拮抗したとしても練り上げられた連携の前には為す術はない。
本来なら本国とこの首都――ジオセントルザムの守護こそ救世主の使命。 他国への侵攻や遠征は首都の外にいる者達の役目ではあるのだが、今回ばかりは相手が悪い。
確定しているだけで二人の聖剣使い。 それも片方は前代未聞の二本持ちだ。
挑むなら確実に勝てる布陣を敷くべきだろう。 その点は指示を出しているヴァルデマルも同意見のようで、戦力を出し惜しむつもりはないようだ。
それにもう一点。 彼等を外に出せる理由があった。
この神国クロノカイロス首都ジオセントルザムを守る防衛機構が完成したからだ。
それによりこの都市は難攻不落と言っても過言ではない防備が備わった。
完成には莫大な予算、膨大な時間、大量の人員が惜しみなく投入されており、その機能を知っている者からすれば最高の防衛力と言い切れる程の物だ。
仮にグリゴリが攻めて来たとしても問題なく返り討ちにできるだろう。
そう確信できるからこそグノーシス教団は防衛戦力を攻勢に回す事に踏み切ったのだ。
「――それで? アイオーン教団に関して他に分かっている事は?」
ヒュダルネスの質問にヴァルデマルは視線を遠くにやる。
「それに関しては適任がいます。 ベレンガリア殿、こちらで説明を」
ヴァルデマルに声をかけられた女――ホルトゥナの現首領であるベレンガリア・マルゼラ・ラエティティアは固まっている救世主達のやや斜め後ろの位置から前に出る。
後ろで並んでいた部下が付いて来ようとしたが、ベレンガリアは大丈夫と小さく頷く。
彼女はやや緊張しながら前に出ると、当然ながらその場に居た全員の視線が集まる。
救世主達の反応はそれぞれだった。
ヒュダルネスの無表情。 彼女に対して特に思う所がなかったので無言で言葉を待っている。
サンディッチはやや猜疑の眼差しを向ける。 彼はそこまでベレンガリアの事を信用していなかったので、こいつの言う事を鵜呑みにしても良いのだろうかと若干ではあるが疑っていた。
フェリシティはややむっとした表情を浮かべる。 そもそも信徒でもない癖にこのジオセントルザムの地に居る事は不敬ではないのかといった感情があるので、いい印象を持っていないのだ。
残りのフローレンスに至っては凪。 何も考えていない。
敵味方でしか他者を判別しないので、敵じゃないならいいといった程度の感想だった。
ヴァルデマルは薄い微笑みを表情に張り付けてさぁと手招き。
ベレンガリアは全員の前に向き直る直前に、ヴァルデマルの隣にいる助祭枢機卿と僅かに視線を交わす。 それに気付いたヒュダルネスとサンディッチは表には出さないが、前者はやや呆れ、後者はやや不快といった感情を浮かべる。
「では、アイオーン教団の戦力について私の方からご説明させていただきます」
ベレンガリアは緊張を上手に隠しながら、自分がウルスラグナで得た情報を語り始める。
ユルシュルという比較的大きな組織に取り入る事に成功したので、国内の情勢には明るい。
ただ、ユルシュルが崩壊してから時間が経っているので、若干の古さはあるが誤差で片付く範囲だろう。
それに加えて事前にウルスラグナに送り込んでいたエイジャスから得た情報も含まされているので、精度はそれなりに高い。
「最も脅威となるのは聖女ハイデヴューネ・ライン・アイオーンと聖堂騎士クリステラ・アルベルティーヌ・マルグリットの二名となるでしょう。 二人とも技量という点だけを抜き出しても救世主に迫る程のものと思われます」
敢えて越えるとは言わない。 本音を言えばクリステラは救世主以上だと思っているが、下手にそんな事を口にしようものならフェリシティ辺りがまたうるさくなるからだ。
実際、クリステラの戦闘能力は聖騎士の中でも選りすぐりを集めたこのジオセントルザムの中でも上位に食い込めるほどのものだろう。 そんな存在が聖剣を振り回しているのだ。 普通にやって勝てる相手じゃないと考えるのは当然だった。
「次に危険なのは聖堂騎士エルマン・アベカシス。 戦闘能力こそ高くありませんが、用兵を始め知略に優れており、アイオーン教団を陰で支えている参謀です。 その為、抑える事が出来ればかなり状況を優位に運べるかと」
ベレンガリアは次の危険人物を挙げようと口を開きかけるが、若干の迷いがあった。
この後の反応が少し怖いと思いつつその名前を口にする。
「それともう一人――これは皆さまにとって余り聞きたくない名前かもしれませんが――元第五司教枢機卿モンセラート・プリスカ・ルービィ・エウラリア。 どういう経緯かは不明ですが、アイオーン教団に身を寄せているようです」
ベレンガリアがそう口にすると後ろの方から「そんな!」と声が上がった。
全員の注目が集まる。 そこに居たのは一人の少女だった。
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