第937話 「解決」

 葛西かさい 常行つねゆきだ。

 少し前に片付けたエルマンからの依頼を除けば落ち着いた毎日となっている。

 その依頼内容もウルスラグナに入って来たグノーシス教団の審問官とかいう工作員みたいな連中の処理だった。


 聞けばアイオーン教団を陥れるべく、ウルスラグナで工作を行うつもりだったようだ。

 

 ……とんでもない連中だったな。


 俺は依頼されるに当たってある程度の情報は事前に貰っていた。

 聞けば、目的は聖剣と魔剣らしくモンセラートの治療を餌にクリステラに対して脅迫に近い形で自分達に従えと言っていたらしい。 その一件に関しては決裂となり、アイオーン教団内部に亀裂が走るような事にはならなかったが、かなり危ない所だったという事は良く分かった。


 その上で、エルマン、聖女の殺害まで仄めかしていたらしいのでどうしようもない。

 始末しようと考えたエルマンの気持ちもよく分かる。 ――と言うか俺でも処分が妥当だと考えるだろう。

 危なすぎて生かしておけないからな。


 そもそもウルスラグナに隠れて入って来ている時点で後ろめたい事があると言っているような物だ。

 実際、連中は聖剣と魔剣を奪うつもりで来ているのは明白で、その為には手段を選ばないだろうと言う事も分かっていたらしい。


 アイオーン教団は落ち着いているとはいえ、前身のグノーシス教団時代の負の遺産の所為で土台部分がガタガタだ。 そこを突かれるとあっさり揺らぐと言った分かりやすい弱点がある。

 恐らく、本当じゃなかったとしても噂を撒くだけで国民を疑心暗鬼にするのは難しくない。


 そうなれば騒ぎ出す奴が現れるのは目に見えている――いや、仮に誰も騒がなくてもサクラを仕込むというのも手だな。 人間って割と引っ張られる傾向にあるからな。

 数人騒げば便乗して喚き散らす奴は間違いなく出て来ると言い切れる。


 この辺はエルマンの予測だが、始末したグノーシス教団の審問官――エイジャスって奴は恐らく何処かで小さな騒ぎを起こしてそれをネタに揺すろうと考えていたらしい。

 クリステラへの脅迫といい、本当になりふり構わない姿勢には恐怖すら覚えるな。


 ……幸いにも連中が本格的に動く前に所在を掴めたので俺達とエルマンで奇襲をかけて皆殺しにして事なきを得たが……。


 襲撃と言うよりは暗殺に近いので、あんまり表に出れない俺達向けの案件ではあったな。

 俺、北間、六串さん、為谷さん。 後はエルマン、マネシアと包囲する為の人員少数。

 作戦自体は簡単で、六串さんが突っ込んで連中を引っ掻き回した後、出て来た所を刈り取ると言ったシンプルな物だった。

 

 単純なだけあって穴も少なく。 連中もこっちの想定を超える動きもしてこなかったので、はっきりいって楽勝だった。 まぁ、一方的に殺すってシチュエーションだったのでいい気分ではなかったが、何とかなったので考える必要はない。 北間も同じ考えなのか、片付いて解散する前に飯食ってさっさと寝ると言っていたので、強引に切り替えるつもりなのだろう。


 六串さん達は「お疲れ様です」とさっさと帰って行くといった非常にドライな反応だったが。

 

 ……ともあれ、連中の始末が済んだので今回の一件は片付いた。


 だが、問題の根本的な解決にはならない。

 連中はグノーシス教団から送り込まれて来たのだ。 つまり聖剣、魔剣を欲しがっているのはエイジャス個人ではなくグノーシスという組織なのだ。 つまりこれで終わりじゃない。

 

 エルマン曰く、搦め手が通用しなかった以上は次はもっと直接的な手に訴えてくる可能性が高いとの事。

 

 「……はぁ、また荒事になるのか……」

 「なーにため息ついてるの? そんな気持ちだと幸せが逃げてっちゃうよ!」


 気が付くと目の前には次々と料理が並べられており、ミーナがやや呆れた感じでこっちを見ている。

 ここは影踏亭で今は昼食時、俺はいつも通り飯を食いに来たのだが、どうも俺は辛気臭い空気を纏っていたようだ。 一応、兜は被っているんだが分かる物なんだな……。


 「んー? 何かお困りごと? 良かったら話ぐらいは聞くよ?」

 「大した話じゃない。 まぁ、強いて言うなら面倒事は片付いた端から増えて行くんだなって考えてた所だ」

 「ふーん。 やっぱり聖騎士様ってお仕事大変なんだね」

 「まぁな。 俺なんてまだマシな方かもしれんが、上の方になるとかなりしんどいってよ」

 

 エルマンの苦労は俺と比べればかなりの物だろう。 あの疲れ切った背中を見ると、いつまでも自分ばかり辛いと思わずに頑張らないとといった気持ちになる。

 それ程までにエルマンの姿は疲れ切っているように見えた。 あれは大丈夫なのだろうか?


 別れ際に大丈夫ですか?と尋ねたが、苦笑で返された。 あんな調子だと本当に過労死しかねないので、折を見て聖女辺りにそれとなく言った方がいいのだろうか?と本気で考えている。

 エルマンは本当に仕事のできる男で、見えない部分でも色々とやっているのは俺にもよく分かった。


 グリゴリの後始末に関しても国民には天使を僭称する怪しい団体が召喚した悪魔と言う事にし、撃破した事により「連中は真っ赤な偽物で聖剣の前に斃れた」とここぞとばかりにこちらが正しいとアピール。

 そして身内には王国軍と連携して分断、各個撃破を行ったとの事。 連中がどこへ消えたのかなどの詳細はボカしての公表となった。


 あれ以来、目に見えてエルマンが憔悴しているので、何か後ろめたいような手段を使ったのかもしれない。

 個人的に気にはなるが、綺麗事だけではやっていけないという事も理解しているので責める気持ちにはなれなかった。


 「あ、そう言えばあの娘の具合、良くなったんだね。 この前、食べに来たよ」

 「……みたいだな」


 悪いニュースが多いが良いニュースもあった。 それはモンセラートの快復だ。

 エイジャスの一件が片付いた後、少しした頃だろうか? モンセラートが元気になったとの話を聞いたのは。 俺自身も会って話をしたが完全に調子を取り戻しており、元気そうだった。

 

 ……ただ、あれだけ血眼になって治療法を探していたのに今になって見つかったというのも若干の違和感があるが……。


 少なくともモンセラートは外を走り回っており、クリステラも少し安心したような表情を浮かべていたので良い話だとは思う。

 六串さん達を見習って気にしない方がいいというのは分かってはいるんだが……。


 グリゴリの撃退、モンセラートの快復、もしかしたらエイジャスの一件も含まれているのかもしれないが、俺の知らない所で何か大きな力が動いているような気配がする。

 

 ……本当に大丈夫なんだろうか……。


 どうしても不安な気持ちだけは拭えなかった。

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