第938話 「目途」

 「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!」


 必死に手を動かしながらベレンガリアマルキアは周囲に喚き散らしている。

 

 「お嬢! こっちはそろそろ仕上がりそうだ!」


 柘植が声を上げ、両角も追従するように頷く。

 三人は巨大な紙に複雑な図形や文字を書き込んでいた。 何をしているのかと言うと、最近になって上から注文の入った大型サイズの魔導書の作成依頼が来たからだ。


 仕様は第一~第二までの簡易版だが、指定されたサイズが一メートル半と尋常じゃない大きさだった。 それを大量に用意しろといわれたので、ベレンガリアからすればいきなりの無茶振りに文句を垂れ流していると言う訳だ。


 だが、文句を言いつつも仕事には全力で取り組むので、柘植と両角を助手にして三人がかりで一ページずつ仕上げると言ったハードな状況となっている。

 一応、他の作業員にも手伝わせているのだが、ベレンガリア達ほど手書きに慣れていないので非常に時間がかかっているのだ。


 「クソッ! こんな馬鹿げたサイズの魔導書を誰に使わせる気だ!? オークやトロールか? まともに魔法行使も出来ないような連中には扱えるような代物じゃないぞ!」

 

 ベレンガリアはブツブツと言いつつ事前に用意した見本を頼りに書き続ける。

 一ページ出来上がった所で破ったり、汚さないように作業スペースの端に移動させ、次のページへ取りかかるべく新しい紙を引っ張り出す。


 「よし、次のページ行くぞ!」

 「お、お嬢、待ってくれ。 そろそろ休憩を入れよう。 もう半日ぐらいぶっ続けだ」

 

 流石に慣れない作業で疲れたのか柘植が音を上げる。

 

 「なんだ。 だらしない奴だな! まぁ、言われてみれば腹も減ったし食事休憩にしようか!」


 柘植が両角に合図すると頷きで返され退出。 食事を取りに向かったようだ。

 ベレンガリアは落ち着いた事で疲れを自覚したのか、重い息を吐いて部屋の端においてあった椅子を引っ張り出して座る。 柘植は彼女が落ち着いた所を見計らって口を開く。


 「お嬢、一メートル半の魔導書を千は流石に俺達だけじゃ無理だ。 オラトリアムから助っ人を頼もう」

 「何だと! 前にも言っただろうが、あの女には私がいかに有能か見せつけてやると! ここで頭を下げたら負けたみたいじゃないか!」


 あの女というのはファティマの事だ。 自業自得とは言えかなり嫌われている上、何故そうなったのかをベレンガリア自身が理解していないので、彼女にとってファティマは自分を軽視する見る目がない女に脳内変換されている。

 その為、ぐうの音が出ない成果を上げれば認めざるを得ないと考えているようだ。


 柘植はそうじゃないだろうと遠回しに何度も言ったのだが、ベレンガリアは対人においては非常に視野が狭いので理解しない。 その為、これは処置なしなのだろうかと若干の諦観を浮かべている。

 ならばと柘植は考えていた代案を提示。


 「だったらヒストリアに援軍を頼みましょう。 エゼルベルトなら頼めば人を貸してくれると――」

 「それは駄目だ! 私はあいつも見返したいんだ!」


 ベレンガリアにとってエゼルベルトは嫉妬の対象だった。

 後から入って来た癖に自分より優遇されている事が彼女にとっては非常に面白くなかったのだ。

 要するにファティマと同様に見返したい相手と認識されているので、そんな相手に頭を下げるなんて真似は彼女の今となっては残りカスのような矜持が許さない。


 柘植は内心でくだらないプライドは捨てろよと思ったが、どうした物かと悩む。

 その理由は作業の進捗状況だ。 思った以上に進んでいないので、何らかの手段でペースを上げないと納期に間に合わないかもしれない。


 スケールアップした魔導書の作成は初めてだったので、依頼して来たヴァレンティーナにも時間が欲しい旨は伝えている。

 その為、多少の遅れは大目に見ると言われてはいるが、いつまでも引き伸ばせる物ではないので何とか効率を上げる為の献策をしているのだが、聞き入れられそうにない。


 実際、分かり易い解決方法は頭数を増やす事だ。

 ベレンガリアの自由になる人材はこの工場で働いている者達だけなので、頭数が少ない上に基本的に工場のライン管理がメインの業務なので手作業には慣れておらず、どうしても手が遅くなってしまう。


 頑ななベレンガリアの態度に柘植は小さく溜息を吐いた。

 

 その後、両角の持って来た食事を取り、作業再開となった。

 必死に作業を続けたが思った以上のスピードは出ず、彼女が疲れて動けなくなった所で終了となる。

 疲れ切って眠っているベレンガリアの姿を見て柘植は何度目になるか分からない溜息を吐いて、作業場を後にした。




 翌日。

 その日もベレンガリアは両角といつの間にか戻って来た柘植と作業を行っていた。

 ベレンガリアの表情は集中しつつも焦りを多分に含んでおり、イライラと目の前の作業を片付けていたのだが……。


 彼女自身にも理解はできているのだ。 このままでは間に合わないと。

 思った以上に作業は捗らず、予定には徐々にだが遅れが出始めている。

 手を動かしながらもどうすれば良いのだと、悩み続けていた。 いや、分かってはいるのだ。

 

 この状況を打開する方法は単純に人手を増やす事にあり、それだけと言う事は理解できている。

 だが、彼女の心はその単純な手段を拒んでいた。 ファティマやエゼルベルトに頭を下げる?

 成果を見せつけて認めさせる相手に弱みを晒すなんて真似はできない。


 だからといって遅れるなんて真似も出来ないといった思考もあったので、ベレンガリアは迷っていたのだ。

 

 ――一体、どうすれば……。


 内心で頭を抱えている。 そんな時だった。

 

 「おーい。 来てやったぞー!」


 不意に部屋の外――工場の廊下から大声が響く。 ベレンガリアは何だと嫌そうな表情を隠しもせずに部屋の外へ。 廊下に出ると何度も「おーい! おーい!」と声が響く。

 どうやら声の発生源は工場の入り口近くのエントランスホールからだろう。 それなりに離れている筈なのにここまで声が響くとはどれだけデカい声なんだ。


 ベレンガリアは柘植達を連れてエントランスホールへ向かうと、そこには大量のドワーフとゴブリンが所狭しと並んでいた。

 予想外の光景にベレンガリアは驚いて大きく仰け反る。


 「な、なんだこいつ等は!?」

 「俺が呼んどいた。 ファティマの姐さんや、ヒストリア以外だったらいいんだろう? だから研究所の方々にお願いしてきて貰った」


 驚くベレンガリアに柘植はそう言うと前に出て頭を下げる。


 「皆さん。 今日は来て頂いてありがとうございました! よろしくお願いします!」


 両角も同じように頭を下げる。


 「いやいや、別に構わねえよ。 ちょうど実地演習で欠点の洗い出しの最中だからラインが止まってんだ! 賃金も出るってんでありがてぇ話だぜ!」


 代表らしきドワーフがそう言った所で察しの悪いベレンガリアにも状況が理解出来た。

 どうやら柘植がいつの間にか研究所に助っ人の打診を行っていたのだ。

 つまり彼等は首途の部下と言う事になる。 普段なら意味もなく反発するが、首途には工場の稼働関係で世話になっているのでそう言った反発心は起こり辛い。


 その為、妙なプライドを発揮せずに二人に続いて深々と頭を下げる。

 こうして魔導書製作作業に完了の目途が立ったのだった。

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