第919話 「再聞」
目的地に到着した俺はさてと考え、サベージから降りて洞窟へと足を踏み入れる。
サベージには入り口で待っているように伝えて一人でなだらかな下りを進む。
ここはウルスラグナ南方に広がっているアープアーバン未開領域だ。
その中にあるストリゴップスという鳥の魔物の巣だ。
さて、こんな所に何の用があるのかと言うと……。
『久しぶりだな』
最奥の広場に着いた俺は壁に向かって日本語で語りかけると奥で何かが動く気配。
――お久しぶりです。
同時に脳裏に声が響く。 こいつは
転生者ではあるが巨大な生物をベースとしているので身動きが取れずにここから動けないらしい。
そんな奴に何の用があるのかと言うと、こいつには変わった知識を受信する能力があるのでエゼルベルトから得た情報の不足分を補えないかといった考えで足を運んだ。
『いくつか聞きたい事が出来た。 可能であれば教えて貰えるとありがたいが? 当然ながら礼はする。 何か望みがあるなら俺にできる範囲で応えよう』
――……今のところは特にありません。 ただ、この地で静かに暮らせさえすれば満足ですので……。
『それは協力してくれると解釈しても?』
――こちらでお答えできる範囲であればですが。
それならそれでいい。 元々、得られる知識の方向性は操作できても狙った知識が得られる訳ではないとは聞いていたので、参考程度になれば充分だ。
確認したい事は三つ――いや、四つか。 最悪、一つぐらいはまともな答えが欲しい所だが……。
――質問をどうぞ。
どれにするかと考えたが、最初に浮かんだのは辺獄の事だ。
エゼルベルトの話で辺獄の特性は大雑把だが聞く事が出来たので、もう少し突っ込んだ所が知りたかった。 具体的には奴が説明できなかった部分だな。
『辺獄の領域と在りし日の英雄についてを知りたい。 あいつ等は一体何なんだ?』
エゼルベルトからも具体的な回答が得られず、結局うやむやになった部分だ。
連中が他の辺獄種と同様にあの世界の消化器官と断ずるには無理がある。
高すぎる戦闘能力は勿論、連中が抱えている感情は紛れもなく本物だ。 明らかに生きていた存在が何らかの経緯でああなったとしか思えない。
仮に連中がただの辺獄というシステムの一部だったとしても女王と交わした約束は違えるつもりはない以上、俺は知らなければならないからな。 連中が何なのかを。
――以前に伝えた事を覚えていますか?
『確か残滓だったか? 残りカスと言われても具体的な事を言って貰えんと分からんな』
――彼等は世界を呑み込む滅びに立ち向かった者達。 敗北が分かり切っていたにもかかわらず最期まで戦い抜いた強き魂。 無念が渦を巻く螺旋に呑み込まれて尚、輝きを失わなかった存在。
……さっぱり分からん。
『もう少し噛み砕いてくれないか?』
彼等と表現している以上、英雄の事を言っているのは分かりはしたが、表現が抽象的すぎて頭に入って来ない。
それでも何とか言葉を咀嚼して意味が通るように解釈する。
『……つまり連中はその滅びとやらに負けてああなったと?』
――少し違う。 本当の彼等はもう失われてしまった。 滅びに敗北する事は滅びに呑み込まれる事に等しい。 滅びに呑まれた物は滅びとなって新たな滅びを生む。
……??
ダメだ。 内容が頭に入って来ない。 これは理解できない俺がアホなのか?
それとも理解できない内容なのか? 判断は付かんが頑張って解釈するとしよう。
筥崎の言葉を何とか噛み砕くと英雄のオリジナルは敗北して消滅しており、あの連中はその残りカスと言った所か?
これはそのまま疑問を口にするよりは質問に工夫をしないとまともな返事が帰ってこないな。
ふむと考える。 どう質問すれば分かり易い回答が返って来るのかをだ。
『質問を変えよう。 連中は負けて消滅した。 ――で、辺獄の領域に現れた連中はその残りカス。 そこまでは理解した。 ならどうやって連中は発生したんだ?』
――魔剣。
答えは非常にシンプルだった。 俺は思わず腰の魔剣に視線を落とす。
――魔剣はそこに居た人々の残留した想いが凝り固まって生まれ落ちた嬰児。 彼等はその力により発生した残響。 想いと無念の欠片達。 後悔を抱えて血の涙を流す亡霊。 成り代わった世界を憎まずにいられない。
『……』
――「在りし日の英雄」はその中でも最も強い力と魂を備えた存在。 残滓となり果てて憎悪によって劣化し、元の姿を失ったにもかかわらず意識を保つ魔剣の守護者。 彼等は滅びを強く憎んでいるけど、滅びの意志には逆らえない。
『……つまり連中は魔剣が生み出した幻影に近いと?』
口振りから察するに本物の残りカスを劣化させた物を魔剣が生み出したと言っているように聞こえるんだが――返って来たのは肯定するような意思。
信じられんな。 そんな有様であの強さか。 オリジナルがどれだけの物だったのか考えたくもないな。
『では魔剣の正体は何だ?』
――魔剣は想いと後悔――憎悪の結晶。 その場で死んだ人々の想いを受けて黒く染まった九つの枝。
「九つ? 魔剣、聖剣の総数は十と聞いているが、本当は九しかないのか?」
――最初の一つは枝ではない。
『枝ではない? どう言う意味だ?』
――分からない。
それを聞いて内心で小さく眉を顰める。 こいつの能力の欠点は知識はあってもそれが何なのかこいつ自身が理解していない事だ。 その為、知った事をそのまま吐き出しているだけで、分かる事は迂遠な言い回しになり、知らない事は分かりませんとぶった切られる。
『では聖剣は何だ?』
――世界を支える九本の枝。 存在する事で滅びの未来を遠ざけ、担い手を得る事で力に方向性を持たせる。 その為、適した担い手を求める。
……もう今更だが、この前知識がある事を前提で話を進める感じはどうにかならんのか?
『……ならその枝というのは何だ?』
――この世界そのものの根幹を成す樹。 そこから伸びた枝。
『…………なら、その樹というのは?』
――
段々、返って来る内容がシンプルになった来たと感じていたが、ついに返答が単語になったな。
そろそろ情報は打ち止めか?
『聖剣がその生命の樹とやらの枝として、魔剣もそうなのか?』
――魔剣は
その生命の樹とやらが世界の根幹で聖剣がそれに属していると。 それで魔剣は死の樹に属しているという事は辺獄は根っこから違う場所と解釈するべきなのだろうか?
『その理屈で言うと辺獄はこの世界とは異なる世界と解釈しても?』
――近くて遠い。
……これは駄目そうだな。
次の質問に移った方がいいのだろうか?
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