第918話 「身辺」

 ――分かった。 ご苦労だったな。


 俺――エルマンはクリステラとの通信を終えた後、自室の椅子に背を預ける。

 

 「ったく、舌の根が乾かない内にこれだ」


 やってられねぇぜ畜生。 ルチャーノから事前に話を聞いていなければもっと動揺しただろうが、連中が入り込んでいる事は知っていたので特に驚きはなかったが……。

 真っ先にクリステラに接触してくるのは意外だった。 しかもモンセラートの治療を餌に色々と要求してきたようだ。


 「……まぁ、上手い手ではあるな」


 思わず苦々しく呟く。 逆の立場でも同じ事をするだろうが、やり方が悪かったな。 

 クリステラに対してモンセラートの事はかなり繊細な問題だ。 迂遠な事をせずに直接触れるとは馬鹿な事をしたな。 しかも接触して来たのがあのエイジャスと来た。

 

 元々、ウルスラグナで審問官をしていた男で、何度か会った事もある。

 と言うかムスリム霊山の件で何度も絞られたので忘れようがない。

 記憶にある限りのエイジャスという男はもう少し慎重な印象だったが、それがここまで思い切った動きをしている。 解せないと思ったが、ややあって察した。


 恐らくだがウルスラグナから逃げた事を帳消しにする事と引き換えに送り込まれたのだろう。

 ルチャーノとの話の後、俺は国境付近の状況を徹底的に調べ直した。

 余計な仕事を増やしやがってと思いつつも信用できそうな部下に連絡をとり、調査させた結果なのだが……。


 先に結論を言うとルチャーノの言う通りだった。

 胡散臭い連中が南からアープアーバンを越えて現れたようだ。 残していたグノーシスの連中に接触して情報を収集。 一部だが不穏な動きをしている者もいたので、牽制が必要だった。


 正直かなり危ない所だった。 これ以上放置していたら妙な事をされかねない状況だったので、ルチャーノには感謝しかない。 やはり持つべき物は頼れる友人だな。

 本格的に動かれる前にマネシアかゼナイドを送り込んで抑え込ませる必要がある。


 バラルフラーム戦の生き残りは全員放り込んだのだが、数はそう多くないので聖堂騎士を筆頭にある程度の戦力を傍に置いておけば身動きは取れなくなるだろう。

 

 「あぁ、クソッ! 面倒な時に現れやがって」


 グリゴリ戦の後処理にモンセラートの延命と治療。 オラトリアムとの折衝。

 それに加えてグノーシスへの対処が重なるのかと胃がズシリと重くなる。

 

 ……まぁ、この時期に現れたと言う事はグノーシスとグリゴリはどの程度かは不明だが、繋がっていた事がはっきりしたか。


 そうでもなければもっと情報を集めてから事を起こすだろう。

 付け加えるならそこまで密な関係でもなかったと言う事も分かりはするが、最低限の動向は掴んでいたと判断するべきか。


 クリステラからの又聞きだが、エイジャスの口振りだとグリゴリを撃破して俺達が聖剣と魔剣を確保――もしくはどうなったのかを知っていると思っている節があるな。

 魔剣はともかく、消えた聖剣に関してはオラトリアムが怪しいという情報を俺が持っているので連中の見立てはあながち間違っていない事になる。


 ただ、うっかり喋れば俺がファティマに殺されてしまう。 その為、死んでも吐く訳にはいかない。

 それに――


 「……エイジャスの野郎、言ってくれるぜ」


 ――エイジャスは目的の一部に俺の殺害を含んでいやがる。

 要はクリステラが奴の言いなりになれば真っ先に俺を殺させるつもりだった事の証明でもあった。

 ここまで直接的な事をされたのは少し記憶にないな。 ここ最近、イラつく事が多いので、エイジャスには絶対に報いを受けさせてやると腹を決める。

 

 クリステラの話では連絡用の通信魔石を置いて行ったとの事なので、最低限の誘導は可能だ。

 その為、一度限りだが上手くやれば誘き出す事も出来るだろう。 

 

 ……正直、この案件に関しては少し急いだ方がいい。


 クリステラは今回こそ突っぱねたが、この調子でモンセラートの症状が悪化すれば気持ちが揺れるかもしれない。 そうなる前にエイジャス達の始末を付けた方がいいだろう。

 一番良いのはモンセラートの治療法が見つかる事だが、こちらに関しては探しはするが半ば無理なんじゃないかと諦めのような物が脳裏をチラついている。


 ここまでやって見つからないとなると、治療法はこの世に存在しないのでは――

 溜息を吐いて余計な考えもついでに吐き出す。

 思っていても態度や口に出す事は間違ってもやってはいけない。


 さてと考える。 自分はどう動くべきかをだ。

 仮に残ったグノーシスの連中が全員エイジャスに呼応したとしても鎮圧自体は可能だろう。

 ただ、大っぴらに始末してしまうと外聞が悪い。 いっそ適当な理由を付けてアープアーバンに送り込んで纏めて処理してしまうかといった物騒な考えが浮かぶが、無理だろうなと内心で首を振る。


 俺なら躊躇せずに実行するが、聖女がそれを良しとしないだろう。

 最低限、始末する為の大義名分がないと今は良くても後々問題になる可能性が出て来るので、長い目で見れば危険な手になるかもしれない。


 俺の見立てでは全員が乗るとは考え難い。 恐らく半数。 多くても六、七割と言った所だろう。

 ただ、皆無と言う事はあり得ないと見ている。 それに関しては寧ろ動いて何かをやらかしてくれた方が手間も省けていい。 どうせ囮にしか使われないだろうから潜在的な脅威を排除するという意味でも必要だろう。


 本命は隠密行動に長けたエイジャスとその部下だ。

 連中に関しては見かけ次第始末するべきなのだが、問題は所在が掴めない点だ。

 

 ……怪しいのはこの王都か。


 目当てが聖剣である以上、この近くにいると考えるのが自然だろう。

 クリステラへの接触を考えると、少なくともこちらの動向を監視している奴が居るのは間違いない。

 恐らく魔物の襲撃騒動も連中が誘引してクリステラを引っ張り出したって所か。

 

 そうでなければクリステラが一人の時に都合よく現れる訳がない。

 俺を含めて細かく監視されていると見るべきか……。

 これでも尾行や監視には常に気を配っているのだがな。


 「最初は身辺の掃除からか」

 

 俺だけじゃなく、クリステラと弱みになりそうなイヴォンにももう少し気を配った方がいいな。 色々と持たせて何かあればすぐに分かるようにはしているが、エイジャスの始末をつけるまでは外出を控えさせるか。 出歩く場合は護衛が要るな。

 聖女の方は常にエイデンとリリーゼを張り付けている上、今のあいつをどうにかできる奴がそう現れるとは考え難いので心配する必要はないだろう。

 

 後は各所への報告って所か。

 取りあえずファティマには伝えるべきだろう。


 ……ちょっと話を盛って危機感を煽ったら連中がこの問題を片付けてくれないだろうか?


 そんな事を思いついたが、とてもじゃないが実行には移せない。 

 俺は脳裏でやるべき事を纏めつつ懐から通信魔石を取り出した。

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