第915話 「要求」

 「まずは我々の目的をお伝えしましょう。 もしかしたらお察しかもしれませんが、アイオーン教団の保有している聖剣を頂きたい」

 「素直に渡すとでも?」


 エイジャスの言葉にクリステラは冷たく返す。

 特にエロヒム・ギボールはクリステラがグノーシス教団から強奪した物だ。 返せと言って来るのは当然だろう。 そんな事は分かり切っている上、モンセラートの事もあって精神的にあまり余裕のないクリステラはそのまま開き直った。


 即座に聖剣を抜きかねないクリステラにエイジャスはわざとらしく慌てた調子で小さく両手を挙げて一歩下がる。  

 

 「先程も申し上げましたが、私は貴女と戦う気はありませんよ。 ――確かにそのエロヒム・ギボールはアラブロストルから持ち出されたという事は聞いているので、できれば教団に返して頂きたいという気持ちはありますがね」


 エイジャスは肩を竦めて軽い調子だが、クリステラの内心は冷え切るを通り越して不快な感情が湧き上がっていた。 何故ならエイジャスは自分が絶対に死ぬ訳がないといった奇妙な自信を漲らせ、その口調にはクリステラを侮るような色さえ含まれているので、不快感が胸を苛む。


 「まぁ、今まで担い手を選定できなかった我々の落ち度でもあるので、強奪した事に関しては目を瞑るとの事ですよ? 我等が主は寛容ですからね」

 「裏で信徒を使い捨てている者達の仰ぐ主の何を信用しろと?」

 「はは、これは手厳しい。 ですが、司教枢機卿は定期的に入れ替える必要があるので、彼女達は無垢なまま教団にその身を捧げて貰わねばなりません」


 それを聞いてクリステラは眉を吊り上げる。

 頭の冷静な部分で警鐘が鳴る。 ここで司教枢機卿の話題が出ている時点でこの流れに持って行くつもりだったのが透けて見えるからだ。


 「無垢なままですか?よく言う、彼女の様子を見れば分かります。 定期的に入れ替えるのは余計な知恵を付ける前に処分する為でしょう?」


 モンセラートはグノーシス教団から離反する前に言った。 

 死ぬのが怖いと。 使い捨てられる事を悟っていたからだ。

 こう言った事を言い出すのが後にも先にも彼女だけだったと言うのはあり得ない。


 モンセラートが他より長続きした事によりその結論に至った事は状況を見れば容易く想像は付くが、他がそうならないという訳がないのだ。

  

 ――つまりグノーシスは――


 「おや? そこまでお察しでしたか? いやぁ、子供は幼い間は聞き分けが良いのですが、半端に知恵を付けると我が儘を言い始めるのでそうなる前に手を打っているだけの話ですよ。 いや、私としても心苦しいのですが審問官というのは我が儘な子供の後始末・・・も任されるので、我々としても誠に遺憾な話だとは思いますね」

 

 ブチリと何かが切れたような音が脳裏に響いた。 クリステラが聖剣を抜きエイジャスの――


 「――ですから色々と詳しくなってしまってね? 例えば完治させる方法とか――」


 ――首を刎ねる直前で刃が止まる。


 エイジャスはニヤリと笑みを浮かべクリステラへ粘ついた視線を向ける。

 聖剣を止めたクリステラはそう言う事かと内心で歯噛み。  

 モンセラートの治療方法を餌に自分に何かを強要する。 そしてそれが効果的だと言う事を彼女は身を以って証明してしまったのだ。


 対するエイジャスは賭けに勝ったと内心で拳を握る。

 聖堂騎士クリステラ。

 その戦闘能力は極めて高く、未確認だが権能に対する適性も示しているとも聞く。


 つまり将来的には救世主セイヴァーになれるかもしれない逸材だ。

 聖剣の担い手というだけでも非常に価値が高いにもかかわらず、救世主という付加価値まで付いているのだ。 この女を取り込む事はアイオーン教団を崩すには必須と言っていい。


 エイジャスは元々ウルスラグナの審問官として所属していたのだが、王都の襲撃に伴って本国へと撤退。 途中で面白い拾い物をしたのは僥倖ではあったが、状況自体は非常に不味い物だった。

 本国へ戻った彼は責任者として上へと事情を説明。 何もなければそのまま信仰心を試される事になる筈だったが、当然ながら手は打っていた。


 王都ウルスラグナの監視。 つまりはアイオーン教団の動向を報告できる体制を整える事で彼は処分を保留される事になったのだ。

 ただ、あくまで保留というだけで許された訳ではない。 エイジャスには後がなかった。


 そんな時に発生したグリゴリの一件。 グリゴリがそのまま勝利を収めるというのなら彼は不要と処理される筈ではあったが、幸か不幸かグリゴリは敗北。 その為、彼にお鉢が回って来たという訳だ。

 エイジャスはこの日の為に徹底的に情報を集めた。 アイオーン教団の弱点となる情報を。


 聖女が二本目の聖剣を手に入れた事と、もう一本の聖剣が行方不明なのは彼にとっては想定外――そもそもグリゴリの敗北自体がグノーシスにとっては予想外だったが、特に気にはされていなかった。

 何故ならグリゴリは敗北したとしても条件さえ揃えばまた現れる不滅の存在だからだ。


 その為、問題はグリゴリがどうなったかではなく、彼等が所持していた聖剣や魔剣がどうなったかに注目している。

 グリゴリが保有していた聖剣魔剣は合計で四本。 所在がはっきりしているのは聖女ハイデヴューネが所持している一本のみ。 残りの三本の所在は完全に不明。


 それの調査も任務に含まれているので、エイジャスには手段を選んでいる余裕もなかった。

 アイオーン教団を突き崩す上で有効そうな人物は三名。


 聖女ハイデヴューネ。

 教団のトップにして聖剣を二本も所持している規格外だ。

 彼女に関してはかなり固く守られており、弱みどころか一切情報が出てこない。


 素性どころか素顔すらも完全に不明。 知っていそうな者も極僅かで、城塞聖堂から出てこない者が多数を占めているので探りを入れるのは危険すぎた。

 

 聖堂騎士エルマン・アベカシス。

 エイジャスの調査では実質この男がアイオーン教団の舵取りをしていると睨んでいた。

 以前は飄々とした態度ではあったが、今では見る影もなくその顔には苦労が皴となって刻まれている。


 明らかに憔悴しているのだが、付け入る隙があるのかと聞けば首を横に振らざるを得ない。

 王都に家を持ってはいるが、帰っている気配が殆どなく寝泊りは教団の施設で行っているので接触が難しい。 その上、王国の人間と時折、密会しているとの情報もあり取り込めれば非常に有用だが、失敗した時の危険が大きいので監視に留めている。


 割と出歩く事が多いが、日常生活での隙はあまり晒さない事もあり、性格的にも気を許せる類の人種ではないので取り込むには危険な相手だ。

 

 最後の一人がエイジャスの目の前にいる女。

 聖堂騎士クリステラ・アルベルティーヌ・マルグリット。

 彼女に関しては付け入る隙はあるにはあった。 友人であるイヴォンという少女。

 

 随分とご執心だったようで、当初は誘拐を目論んでいたが外出の際はエルマンから様々な魔法道具を持たされており、何かあれば早い段階で感付かれるようになっていた。

 その為、手が出せず、何よりクリステラ自身がエイジャスにとって危険だったので優先順位は低かったが、運が彼に味方したのか非常に都合の良い情報が舞い込んで来たのだ。

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