第884話 「難所」

 「……何とかなったか……」


 俺――エルマンはユルシュルの城内に用意した執務室で余り座り心地の良くない椅子に深く背を預けた。

 現在は戦闘の後片付けの最中だが、状況的には一息つけそうだ。

 向こう――どこかは知らんし、知りたくもないグリゴリの本拠での戦闘も終わったらしい。


 ファティマからはもう済んだとだけ連絡が入ったので、消えた連中は皆殺しにされたのだろうなと察するしかなかった。

 少なくとも聖剣アドナイ・ツァバオトがこっちに来た時点で、ブロスダンと名乗ったハイ・エルフは間違いなく殺されていると見ていい。


 あの様子だとアリョーナと名乗った女も同様で、聖剣エル・ザドキは奪われたと見ていいだろう。

 飛んで行った奴は知らんが、残った魔剣も向こうだろうな。

 正直、魔剣に関しては管理などの問題で扱いに困るので、持って行ってくれて少しほっとしている部分もある。 手元に来たら来たで、手放す事を躊躇したからだ。

 

 ……とは言ってもこちらも無傷とは行かなかった。


 人的な被害は総軍の二割強。 あの連中相手にこれだけで済んだのは奇跡に等しい。

 最大の要因は聖女とクリステラの二人に大型天使の狙いが集中したからだ。

 その為、他は雑魚の相手に専念できたので、結果的にだが犠牲を大幅に減らす事が出来た。


 後は設備関係だな。 ユルシュルご自慢の都市は戦闘の余波で七割方廃墟と化しているが、どうせ元々使ってなかったような場所だからそこまでの問題はない。

 ただ、ここまで壊れると復旧どころか立て直しが必要になるだろうな。 再利用を考えていたルチャーノは若干だが落胆したような声を漏らしていたが、こればかりは仕方がない。


 そう言った復旧できるような問題に関してはそこまでではなかったのだ。

 本当の問題はどうしようもない部分で発生した。

 何が起こったのか? 答えはモンセラートだ。


 戦闘中、一切権能を切らさずに味方への支援を欠かさなかったが、かなりの無理をしていたようで終了と同時に倒れた。 クリステラは察していたようで、思った以上の動揺はなかったが聖女がかなり取り乱した所を見ると気付いていなかったようだな。


 ……当然か。


 モンセラートは特に聖女に気付かれないように気を付けていたからな。

 あの娘は変な所に気を遣う。 そう考えて俺の気分も大きく沈む。

 聖女はアイオーン教団のトップである以上、あいつの不調は組織の全体の士気に影響を及ぼす。


 そして聖女は簡単に割り切りが出来る手合いじゃない。 気付けば間違いなく態度に出るだろう。

 

 ……今のようにな。


 本人は必死に取り繕おうとしてはいるが、使い物にならなさそうだったので今はエイデンとリリーゼに任せて部屋に押し込んで強引に休ませた。

 クリステラも表には出さないようにはしていたが、かなり堪えていたのでこちらも強引に休ませた。

 

 今はモンセラートの隣室で休んでいる。 傍に居ないのは俺が無理矢理に引き剥がしたからだ。

 さて、その問題のモンセラートだが、どうすれば良いのかさっぱり分からん。

 休ませて少しは回復したが、魔法での治療でどうにかなるのかこれは? 俺が直接治療に当たったが、魔法では症状が改善しなかった。 魔法薬なども試したが、効果は薄い。

 

 今の環境で思いつく限りの全てを試したが、最終的に本人の指示通りに魔力を供給してくれる魔法道具を用意する事で症状は落ち着いた。

 ただ、根本的な治癒には至らないとの事で、これからはだましだましやっていくしかないとの事だ。


 「…………はぁ」


 重い溜息が口から洩れる。 ついさっきそのモンセラートの見舞いに行ったばかりだったからだ。

 二人で腹を割って話す必要があったからだ。 俺は立場上、今のモンセラートの状態を正確に把握しておく必要があるといった建前だったが、実際は罪悪感からだ。


 子供を死にかけるまで酷使するクソのような人間だが、人並みの感性はあったようだな。

 そんな風に自嘲しながら見舞いに行きはしたのだが、モンセラートはこう言う時に限ってなんて事のない調子で話しかけて来るのだ。 あの小娘は俺にまで気を使っていやがる。


 いっその事、罵ってくれた方が気持ちが楽だったが、そんな甘えは許されないようだ。


 「まったく、俺は碌な死に方しないだろうな……」


 そう呟きつつ反芻するのはモンセラートとの会話だ。

 俺が知りたかった事はあいつが使えるのかどうかだ。 恐らく次はグノーシスが来る可能性が高い。

 三本目の聖剣を手に入れた事は遅かれ早かれ気付かれるだろう。


 そうなれば寄越せと言って来るのは目に見えている。

 間違いなく本腰を入れて来るだろうから、例の救世主セイヴァーとか言う連中を投入してくるだろう。 後は残りの枢機卿か。

 

 間違いなく権能を扱える者が中心の大戦力が来る。

 それに対しての備えは絶対に必要だ。 だが、モンセラートから返ってきた答えは「一度は使えるが二度はない」との事だった。

 

 ……つまりは次に使えば死ぬ。


 もうモンセラートは使えない。 それによりアイオーン教団は戦力面ではかなりの不安を抱える事になる。 欲を言えば聖剣エル・ザドキがあればもう少し楽にはなったのだろうが、ない物ねだりをしても仕方がない。


 一応、再開した学園で教鞭をとっているグレゴアの話では聖堂騎士にするには厳しいが、実戦に投入できる程度には仕上がった者が出て来たらしいので、研修を兼ねてこちらに送りたいとの事だった。

 使える人員が増えるのはいい所だが、根本的な解決にはならない。


 可能であればオラトリアムに押し付けたいが、立地が悪すぎる。

 連中の所にも聖剣があるぞと情報を流して狙いを分散させるといった事も考えたが、バレた時の事を考えると危険すぎるので実行に移せない。 恐らくだが、俺の動向はある程度だが向こうに掴まれている可能性が高い。 そんな中、オラトリアムを売るような真似をすれば連中を敵に回してしまう。

 

 グリゴリですら敵わなかった連中の保有する得体の知れない戦力群がこちらに向けられると確実に負ける。 正直、聖剣が三本ある今でもあそこには勝てる気がしないので、跪いてでも今回のように協力を仰ぐのが賢い付き合い方だろう。


 だが、連中に依存する形は短期的には良くても長い目で見れば非常に危険だと言わざるを得ない。

 何故なら生殺与奪を握られていると言う事は、向こうの気分で滅ぼされる可能性もあるからだ。

 本音を言うなら何もかもぶちまけ、そちらに服従しますと言って全てを放り出したい。


 あそこなら何をやってもおかしくないので、グノーシス教団の問題もモンセラートの治療も、何もかもを解決してくれるような気がするからだ。

 だが、それは許されない。 今まで死なせてきた者達、信じてついて来てくれている者達。


 そんな連中を裏切るなんて真似は殺されたってできる事ではないからだ。

 俺は痛む胃を押さえながらこの先の事を考え続ける。 

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