第883話 「使道」

 「移送場所は首途の研究所と言う事は把握していますね?」

 「あぁ、可能な限り捕縛するように言われていたのでかなり数が多いが一体何に使うつもりだい?」


 確か数百人ほどいたようですね。 もう少し激しい抵抗が予想されたので、その半分以下ぐらいになると思いましたが、思った以上に敵が脆かったのか前線が頑張ったのか……。


 ……まぁ、後者としておきましょう。

 

 ヴァレンティーナの質問に私は小さく首を傾げます。

 

 「私も詳細までは聞かされていませんが、何でもグリゴリに手を出させないようにする為に必要のようですね。 ただ、生きてさえいれば問題ないので暴れる者は面倒なので手足を落とせとの事です」

 「……疑う訳じゃないけど、本当に大丈夫なのかい? 例の鹵獲した聖剣エル・ザドキも一緒に運びこんでいるんだろう? 万一があって新しい使い手が現れられても困るのだけど……」

 「そこは問題ないでしょう。 ロートフェルト様だけでなく首途にヴェルテクス、アスピザルにイフェアスやサブリナも付けているので聖剣使い一人ならどうにでもなるでしょう」

 

 特にヴェルテクスの戦闘能力は突出しているので余程の事がない限り後れを取る事はないでしょう。

 本来なら私も立ち会うつもりでしたが、仕事が残っているので今は難しい状況です。

 代わりに変化があればすぐに私の耳に入るようにはなっていますが。


 ……どちらにせよロートフェルト様が決めた事に口を出すことはできないので、護衛を付けて安全を確保しなければなりませんね。


 ロートフェルト様ご自身が問題ないと仰られているので、私としては余り口を出し難くはあるのですが……。


 「エル・ザドキを何かに使うのは分かったけど、終わった後はどうするつもりだい? やはりパンゲアに呑ませての運用を?」

 「いえ、聖剣は下手に固めると何が起こるか分からないので、エル・ザドキはそのまま研究所の管理下に置かれる事となるでしょう」

 「良いのかい? エル・ザドキの能力はエロヒム・ザフキより向いているような気もするけど……」


 ヴァレンティーナの言う通り、エル・ザドキの能力は魔力の供給源としてはエロヒム・ザフキよりも有用なので最初は入れ替えも考えましたが、前回の襲撃の際にパンゲアが早い段階で気づいた事もあって、警報装置としても有用と判断しました。

 

 「パンゲアに預けるのはエロヒム・ザフキの方が都合がいいと判断しました。 ――それに吸い上げるだけなのでそこまで勝手は変わらないので特に問題はないでしょう」

 「……あぁ、なるほど。 警報装置として残しておこうと言う事か」


 私の意図を察したのかヴァレンティーナそう言って納得するように頷きました。

 生き残ったエルフ、ハイ・エルフは研究所で全て使い潰す予定となっており、捕縛も問題なく進んでいるので今回は取り零しはあり得ません。


 ディープ・ワンで周囲を更地に変えた後、包囲したのでまず抜けられる事はないでしょう。

 後方には探知特化の装備を揃えた部隊を相当数投入しているので、万が一すらないような絶対の布陣を整えています。


 半端な事をするとどうなるのかは今回の一件で痛い程に理解出来たので、一人たりとも逃がすつもりはありません。

 サブリナに指揮を執らせているので問題はないでしょう。 それが済めばポジドミット大陸から撤退して一安心と言った所でしょうか?


 「グリゴリに関しては一先ず目途は立ったけど、残ったヒストリアはどうするんだい? 流れ的にはこのまま登用でいいのかな?」

 「……しっかりと功績を上げている上、ロートフェルト様が保護を約束されたのです。 念の為、監視を付けてそのまま使うと言った形になりますね」

 「好きにさせるつもりかい?」


 ヴァレンティーナの言い回しが少し引っかかったので小さく首を傾げます。

 すると彼女は苦笑。


 「もし、振る仕事がないならシルヴェイラの方に回したいなって思ってさ」

 「……あぁ、確か埋設・・作業が遅れていましたね」

 「流石に範囲が広すぎる。 進捗は聞いていると思うけど、まだ三割を越えた所だ。 先々の事を考えると手を増やした方がいい。 確かヒストリアには昆虫系で飛行が出来る転生者もそれなりに居るんだろう? 正直、使わずに信用できる身内だけで済ませたいけど、今回の一件もある。 急いだ方がいい」

 

 ……確かに。


 ヴァレンティーナの言う事ももっともな話でした。 本来なら水面下で仕上げるつもりでしたが、予定が前倒しになる可能性が高い以上、急ぐべきですね。

 

 「分かりました。 細かい指示は任せてもいいですね?」

 「あぁ、言い出した以上は勿論やるさ」


 このまま行けば次の相手はグノーシス教団となる可能性が高い。

 追い返すぐらいなら問題ありませんが、ロートフェルト様の性格上、殴り込むと言い出しかねないのでその為の準備は行わなければなりません。

 

 願わくば数年程、時間を頂きたいのですが、無理だった場合にも備えなければならないので色々と急ぐべきでしょう。

 

 「以前に話した時に軽く探りを入れたんだけど、地図を読めるみたいだし人を動かすのも得意そうだったから可能なら使いたいと思ってたんだ。 オラトリアムって戦闘職は多いけど、中間管理職を任せられる人材って割と少ないからああいうのは貴重だよ。 それに色々と押し付けられる相手が欲しいと思っててね」

 「……まぁ、いいでしょう」


 信用しすぎないようにと釘を刺そうとしましたが、聖剣使いである弘原海を抑えている以上は何をしたところで問題ないでしょう。 

 四六時中張り付いているエンティカからの報告でも問題なしと出ているので、弘原海に関しては私も警戒を緩めています。


 正直、あのタイミングで都合よく表れた聖剣使いだったので警戒していましたが、杞憂に終わったのは本当に良かった。

 駒は順調に揃いつつあります。 首途とヴェルテクス、アスピザル率いるダーザイン、アブドーラが率いる亜人種、魔導外骨格、魔導書。 ディープ・ワンにミドガルズオルム、ザンダーと名付けられた狐もそろそろ本格的に実戦に投入できるレベルに仕上がるとの事なので戦力としては期待できそうです。


 欲を言えば首途の道楽も戦力に組み込みたい所でしたが無理をした為、完成がかなり遠のいたとの事なので、間に合えば幸いとでも思いましょう。

 やる事は多い。 グリゴリとの戦いは終わりましたが、まだ敵は残っています。


 話が済んだので「では、これで」と言って向こうへ発ったヴァレンティーナを見送ると、仕事の続きを始めました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る