第866話 「静氷」
「さーて、仕掛けは済んでるけど上手くいってくれればいいなぁ」
アスピザルは小さくそう呟くと、指定したポイントに敷設した魔法陣の中央に着地。
ここは事前に彼が指示して魔法陣を用意させた場所で、他にもう一ヶ所敷設されている。
襲撃までユトナナリボには近寄れず、離れた位置になってしまったので誘導する必要が出たのは手間な上、このポイントを探し当てるのに随分と苦労したので見合った効果が出ればいいのだがと考えながら意識を集中。
「お疲れ様。 後は僕がやるから下がってていいよ」
アスピザルはそう言うと夜ノ森以外は小さく頷いて即座に離脱。
「梓?」
「付き合うわ」
有無を言わせない口調だったのでアスピザルは苦笑して頷く。
同時に解放を使用して意識を拡張。 感覚的な視野が爆発的に広がり、視界には無数の光が様々な形で瞬く。 そして彼の足元には巨大な力の流れが存在し、まるで大河か何かだとアスピザルは感じていた。
最近の話だったが、彼はそれが何なのかぼんやりと理解し始めている。
当初、アスピザルはそれを遍在する魔力の様な物と解釈し、ヴェルテクスは万物を司る根源的な物ではないかと解釈していた。
意見が割れたと当時は思っていたが、今ならどちらもそこまで的外れな意見ではなかったと感じる。
気付いた切っ掛けは夜ノ森や他の者に混ざってチャクラの習得に励んでいた時だ。
教師役のハリシャに質問した事があった。
――チャクラとは何かと。
ハリシャも本質的には理解できていないようだが、扱いに関しては掴んでいたのでややぼんやりとした物だったがこう答えた。
全身を巡る気――魔力の流れだと。 それを生物の体に存在する溜まり易い位置を介する事で増幅し属性を与えて放つのだと。
この考えの骨子はかつてチャリオルトに存在した四方顔という組織に古くから伝えられてきたもので、元になった考えは「龍脈」と「龍穴」だ。
曰く、世界には龍脈と言った大きな力の流れが存在し、龍穴と言う穴から噴き出すのだと。
つまり世界とは自分達を育む大いなる存在――生物に近いのではないのだろうかとアスピザルは解釈した。
自分達は巨大な生き物の上で生きていたと考えると不思議な気分だが、とにかくそう考えたのだ。
さて、「龍脈」と「龍穴」は人体にも存在し、それぞれ「
つまりスケールの桁が違うだけで世界も人もそう違いはない。
そう、違いはないのだ。 仕組みさえ理解すれば応用する事はそこまで難しい話ではない。
魔法陣を敷設し、疑似的な「龍穴」を作成。 そして自身の「轆轤」とリンクさせる。
成功すれば瞬間的にだが、世界から直接魔力を汲み上げられるのだ。
――アスピザルの考えは正しく、そして過たずに本質を捉えていた。
それこそチャリオルトの剣士達が誰一人として到達できなかった極地へと至る為の道。
あらゆる戦闘技術の到達点にして英雄の領域へ上る為の通過点。
「極伝」と呼ばれる
本来ならそこに至る為に様々な物が必要ではあったが、アスピザルはその体質で過程を飛ばし、必要な力の流れを観測するに至ったのだ。
――だが、扱えるかどうかはまた別の話となる。
制御を誤ればどれだけの被害が出るのかも分からず、余りにも危険だったので試す事が出来ずにいた。
ただ、規模を落としたリハーサルは行ったが、全力でやるのはこれが初めてだ。
今日のこの瞬間の為に時間が許す限り必死に魔力の制御を磨いた。 確実に成功するかと言われれば疑問符は付くが自信はある。 それに近くには自分を信じてくれている夜ノ森が居るのだ。 しくじる訳にはいかない。
視線の先ではバササエルがケイティや瓢箪山の足止めを突破して迫って来ていた。
――大丈夫。 僕ならできる。
バササエルの影が爆発するように広がりアスピザルへと殺到する。
アスピザルに余裕がないようにバササエルも同様に焦っていた。
ここに来るまでにかなり消耗させられたので、何らかの形で魔力の回復を行わなければならない。
その為には効率がいい転生者を捕食するのが最適解だ。
バササエルはアスピザルと夜ノ森をどうしても仕留めなければならなかった。
アスピザルが何かを仕掛けているのは理解していたが、一刻も早く仕留めなければならないといった事情と自分が下等な存在に負ける訳がないといった驕りが正面から仕掛けると言う行動に走らせる。
そしてバササエルがアスピザルの間合いに入る。
同時にアスピザルは足元の魔法陣を強く踏みつけて起動。
『
それが発動した。
本来なら対象を凍らせる能力だったのだが、龍脈と接続する事により瞬間的に出力が天井知らずに跳ね上がった結果――アスピザルの視界にある物全ての動きが止まった。
広がる木々も、迫りくる影も、バササエル自身でさえも。
アスピザルの視界、その全てが白く白く凍り付き、時間さえも止まったのではないのかと思わせる程の静謐さが周囲に満ちる。
バササエルは断末魔の声すら上げられずに沈黙。 しばらくの間静止していたが、凍り付いた体から亀裂の入る音が微かに響いた事が切っ掛けで全身からの軋む様な音と共にその体がバラバラと自重に耐えかねたかのように砕け散って崩れ落ちた。
夜ノ森は警戒するようにアスピザルの前に出て構えるが、バササエルを仕留める事には成功したようでその残骸が砂のように風に攫われて消滅。
それを見届けた直後、アスピザルは膝を付いて蹲り、片手は痛みを堪えるように頭を押さえていた。
「アス君!? 大丈夫!?」
「うん、何とかだけど……これ、思った以上にきっついなぁ」
アスピザルは今まで大抵の魔法は軽く制御して来た。 その為、今回も難しいだろうがどうにかなるだろうと楽観も微かにだがあった。 しかし、今回は今までと訳が違った。
自分の能力を超えた力を操る事がここまで困難だとは思わなかったのだ。 まるで荒れ狂う災害の類にハンドルを付けて運転するようだったとアスピザルは脂汗を掻きながらそう思い返す。 全力で制御して何とか指向性を持たせる事に成功したが、もう一回やって同じ結果を出せる自信がなかった。
解放を使用し、大幅に制御能力が向上したにもかかわらずこの有様だ。
明らかに今の自分の身の丈に合っていない。
「ま、まぁ、ノルマは達成したから結果オーライって事にしておこうか……それにしても頭痛い。 梓、ごめん。 僕、そろそろ気絶するから悪いけど後よろしく」
アスピザルはそれだけ言うとそのまま意識を失った。
「……アス君。 お疲れ様」
夜ノ森はそう言ってアスピザルを抱えると、通信魔石でバササエルの撃破と自分達は撤退する旨を伝え、転移魔石でオラトリアムへと帰還した。
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