第867話 「新生」

 バラキエルの光線が次々とヴェルテクス達へと襲いかかるが、その悉くが捻じ曲げられてあらぬ方向へと消えて行く。 前回の戦闘と全く同じ展開かとも思われたが、決定的に違う点がいくつかあった。

 最も大きな点はヴェルテクスに消耗した様子が一切見られない事だ。


 彼は前回とは違い余裕すら感じさせる程に涼しい顔でバラキエルの攻撃を次々と捻じ曲げる。

 次にサイコウォードの動きと地形。 巨木が乱立し、身を隠す場所が多いこのユトナナリボでの戦闘はバラキエルにはあまり向いていなかった。

 

 バラキエルはシムシエルと同様、魔力を収束させた光線攻撃を主に扱うが、シムシエルと違い誘導性能がないので複雑な地形だと射線が通り辛いのだ。

 光線がサイコウォードへと撃ち込まれるがニコラスは驚異的とも言える反応で回避行動に移る。


 百足の様な下半身を巨木に巻き付け、螺旋を描くように登って躱す。

 バラキエルの光線は巨木を貫通したが折れる程の穴は開いていない。

 理由はアクィエルの霧だ。 それによりグリゴリの力は吸い取られて減衰し、味方は強化される。


 サイコウォードは下半身を木に巻き付けたまま上半身だけでバラキエルに肉薄。

 背後の武器腕からドリルを展開して仕掛けるが、障壁で防――がれる前にヴェルテクスが空間を捻じって障壁を破壊。 バラキエルは咄嗟に回避するがサイコウォードの攻撃は胴体を掠め、彫像の様なその体に大きな傷を刻む。


 『人形風情が!』


 バラキエルが激高したかのように光線を撃ち込むが、即座に空間の捻じれに絡め取られサイコウォードの絡みついている巨木を旋回して跳ね返った。

 障壁で防ぐがバラキエルの腕が絞った雑巾のように捻じ切れる。


 ヴェルテクスが腕を失ったバラキエルを鼻で笑う。 バラキエルは限りある魔力を消費して腕を修復し、その視線には怒りが漲る。

 分断し、孤立させた状況と戦力を揃えればグリゴリの天使とは言えこんな物かと、ヴェルテクスは冷静に分析する。 怒り狂っているように見えて彼の胸中は落ち着いていた。


 前回の戦闘で重傷を負った彼は治療のついでに兼ねてよりの約束であった改造手術を受ける。

 その結果、彼は見た目こそ変わらないが別の生き物へと新生する事となった。

 最初に行った事は人間の部分を排除する事。 そもそも彼は悪魔の一部を移植する事により、強力な特殊能力を扱えてはいたが、元々なかった物を継ぎ足したのだ。 完全に馴染む事はあり得ない。


 その為、能力を扱う際に魔力のロス等が発生し、威力、精度、燃費と全てにおいて効率が悪かったのだ。  

 最初に必要と判断したのは体質の改善――と言うよりもはや最適化と呼んだ方がいい程の物で、部位に必要な適性などはそれによりクリア。 部位自体も彼が扱い易いように作り直されている。


 今の彼は人間ではなく、本質的には天使や悪魔などの存在に近い肉体となっていた。

 お陰で空間歪曲も光線も使用した際の消耗は半分以下に抑えられ、生まれ変わった肉体は人間だった頃と比べ物にならない量の魔力保有量とローの一部――根を移植された事により魔力生産量と身体能力も人間の域を軽く越えているので、信じられない程に体が軽く、凄まじいまでの万能感を与えてくれた。


 ――代償として体自体の燃費が悪くなったので食事量が激増したが、そこまで深刻な問題ではない。


 骨格はタイタン鋼で構成されているので、ハンマーで殴られても亀裂すら入らず、必要がなくなった為、邪魔になった臓器は撤去されて代わりに補助脳を複数内蔵し、魔法の並列使用や並列思考も苦も無く行えるようになった。 ついでに痛覚も消し去り、自己再生機能まで備えているので継戦能力も大幅に増大。 魔法を扱うに当たって必要な物を全て詰め込んだと言っても過言ではない肉体と言えるだろう。 仮に足りなかったとしても後から付け足せばいいのだから完全と言っていい。


 ヴェルテクスに対して行った手術はローにとっても有意義な物だった。

 彼がローに対して依頼した手術内容は簡単に言えば魔法と権能の使用に特化した肉体。

 並行して少々の無茶にも耐えられるような頑強で継戦能力を高くすると言った物だったのだが、前提条件として魂には手を付けない――要は洗脳しないと言った約束が交わされていた。


 ローはその約束を守り、洗脳は行わなかったが、魂に関しては結果的に触る事となる。

 それには理由があった。 肉体に関しては問題なかったがそれを操る魂に問題があったのだ。

 前回の戦闘で天使を退ける為に身の丈に合わない強力な権能を使用した事によりヴェルテクスの魂は酷く傷ついていた。


 それをどうにかする為に彼はある事を行ったのだ。

 魂に根を取り込ませる事。 それにより権能によって傷ついたヴェルテクスの魂が修復されたのだ。

 これはローにとっても予想外の事態だった。 精々、絆創膏代わりにでもなればと試したのだが、まさか完全に回復するとは思わなかったのだ。


 その結果はローにとっても得る物があったので、良い取引と言えただろう。

 ヴェルテクスにもその点は説明されており、その後に検証も行ったのでローさえいればどれだけ権能を扱っても元通りに癒してくれるという非常に都合のいい事実も判明。 加えて、権能使用の際の消耗度合いの検証も出来たので、その恩恵は大きい。


 お陰でヴェルテクスは何の気兼ねもなく権能を扱える事になったので、気負いは欠片もない。

 ヴェルテクスは視線をバラキエルに向ける。

 攻撃の悉くを防ぎ、逸らし、時には撥ね返し、完全に無力化しており、サイコウォードとアクィエルが一方的に攻撃を繰り返す。


 ニコラスはバラキエルに仲間を殺されているのでしばらくは好きにさせるつもりだが、あまり時間をかけ過ぎるのも良くないと考えていたので適当に痛めつけさせた後、仕留めるつもりだった。

 グリゴリは転生者――首途を餌に仲間を呼ぶなどと寝言を言っていたので、オラトリアムで暴れた事を含めて落とし前は必ずつけさせると決めている。


 「……上手く行きすぎだな」


 思わずそう呟く。 一応、想定以上の戦闘力を発揮した時に備えてアスピザルに魔法陣の敷設ポイントを探させて保険を用意させはしたがこの様子だと出番はなさそうだ。

 ヴェルテクスはそう考えると腰の魔導書を抜き、ゆっくりとした動作で展開。


 「下がれ。 そろそろ仕留める」


 彼がそう言うとサイコウォードとアクィエルは攻撃を止め、バラキエルから距離を取る。


  「<第三パラレル・グリモワール混章:アルス・パウリナ強欲グリード』>『Ρεασον理性 ις ψομπασς,羅針で、 γρεεδ強欲 ις στορμ.嵐だ』」

 

 同時に権能を起動。 新生を果たした彼の力が現出する。

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