第861話 「分割」

 ペネムの転移は転移魔石とは違い、あらかじめ設定した位置に対象を飛ばすといった形の物。

 転移地点と設定されて居る場所は二ヵ所。 ユトナナリボの中心と彼等の神殿だ。 

 最も激しく襲撃されているのがユトナナリボなので転移する場所は前者で、状況に応じてガドリエルの救援を行うと言った考えで全員固まっての移動となる。


 アザゼル、バラキエル、バササエル、ブロスダンが転移した先は黒い霧に覆われ、あちこちが炎上しているユトナナリボの街だった。

 

 『こ、これは……』


 街の変わり果てた姿にブロスダンは動揺する。

 その為、僅かだがそれに対する反応が遅れた。 風を切って何かが飛んでくる。

 だが、聖剣アドナイ・ツァバオトの担い手たるブロスダンはそんな事では仕留める事は不可能だ。

 

 ――仕留める事はだが。


 彼が聖剣で打ち払ったのは銃杖で撃ちだされた魔石。 破壊された魔石は内包された魔法を解放。

 周囲が強い光に包まれる。 一瞬だが、視界が光で遮られた。

 

 『この程度で!』

 

 ブロスダンは手で顔を庇って光を防ぎつつ、自らの仇を探す。

 彼はここに自分が打倒すべき敵を探しに来たのだ。 雑魚に構っては――

 

 ――瞬間、聖剣から最大級の警告が伝わる。


 何だと意識を集中しようとした所で彼の周囲の空間が歪み、その姿が掻き消えた。

 

 『引き込んだか』


 アザゼルが呟くようにそう口にすると後を追うように消失。 

 残されたのは二体の天使と彼等が率いている天使兵のみとなった。

 バラキエルとバササエルは霧の所為で索敵がし辛くなっているが、敵の気配を大雑把だが察知し、攻撃に移ろうとしたが――


 「おかえりー」


 不意に声が響き、行動するよりも早くバササエルの全身に鎖のような物が巻き付いてその巨体が一気に引っ張られる。

 

 バラキエルが援護に入ろうと光線をバササエルを拘束しているであろう人物に撃ち込むが、その全てが捻じ曲げられて空へと消える。

 

 『――汝か』


 バラキエルが振り返って視線を下げるとそこにはいつの間にかヴェルテクスが立っていた。


 「よぉ、この前は世話になったな。 借りを返しに来てやったぞ」


 そう言いながら魔導書を構え、その傍らには補給を済ませたサイコウォードとアクィエル。

 

 「あぁ、そういえばここにいたお前のお友達ならさっきくたばったぞ。 偉そうなのは口だけでカスみたいな奴だったな」


 ヴェルテクスはそう言って鼻で笑い、彼の背後に控えているサイコウォードからも若干の嘲る様な声が漏れる。

 バラキエルは不快気な視線をヴェルテクスに向け、無数の魔法陣を展開。


 『愚かな。 まだ力の差が分からぬと見える』

 「はっ! 勝算もなしにノコノコ出てくる訳ねぇだろうが。 殺してやるからさっさとかかって来い」


 バラキエルが光線を発射。 ヴェルテクスがそれを捻じ曲げると同時にサイコウォードとアクィエルが攻撃後の隙を突いて襲いかかり――激突。

 

 そこから少し離れた場所ではバササエルが引っ張られてバラキエルから引き離されていたが、影を操作して鎖を切断。 それを行った者へと視線を向けるとそこに居たのは笑顔のアスピザルと夜ノ森に、魔導書を構えたケイティとグアダルーペ。 そして帰りたくてたまらない瓢箪山だ。

 

 「あのー、影使い相手だと俺って割と役立たずだと思うんですけど……」


 音を操る彼は影使いであるバササエルの攻撃を防ぐ手段がないので相性はあまり良くなかった。


 「は? 何を言っているんですか? あなたには私の盾になって死にかける仕事があるでしょう?」

 「あー……盾っすね。 死にかける前提なのはスルーしますけど。 まぁ、はい、頑張らせて貰うので、あのー……そのですね。 放送も収録になったので、そろそろ研究所でやってる宴会に参加したいなーなんて思ってるんですがどうでしょうか?」

 

 顔色を窺うように頼み事をする瓢箪山にグアダルーペは冷たい視線を送るが――


 「――まぁ、良いでしょう。 今回の働き次第で許可しましょう」


 ――負けられない戦いなので、瓢箪山のモチベーションを落とさない意味でも珍しく素直に許可を出した。


 「マジっすか!? よし! やる気出て来たぁ!」


 許可が出た事で奮い立つ瓢箪山とそれを見てアスピザルと夜ノ森は苦笑。

 

 「なら瓢箪山さんが気持ちよく宴会に参加できるようにさっさとあいつを仕留めて皆で帰ろうか」

 『愚かな精霊使いよ。 数を揃えた程度でこの身に刃が届くとでも?』

 

 見下すようなバササエルの言葉にアスピザルは思わず吹き出す。


 「いや、凄い存在だか何だか知らないけど、上から目線で色々言っている割にはセリフのレパートリーが少ないね。 語彙力ないの?」


 小さく笑った後、アスピザルの顔から表情が消える。


 「まぁ、いいや。 そっちの正体もちょっと気になるけど、転生者を餌にしてるような連中はちょっと生かしておけないかな? じゃあ皆、予定通りにやって予定通りに勝とうか!」


 バササエルが影を操り、指向性を持った闇がアスピザル達に襲いかかる。

 各々が回避の為に散開。 こちらも同様に戦闘開始となった。


 ――聖剣使いとバラキエルとバササエルの分断には成功。

 

 グリゴリの脅威度は非常に高い。 聖剣使いに大型天使と個々の戦闘能力もそうだが、最も厄介な点は連携する事だろう。

 彼等を撃破する上で真っ先に行うべき事は分断して連携を断つ事にある。


 確かに天使達は非常に強力な存在ではあるが無敵ではない。 能力は特定の分野に特化しており、明確な得手不得手が存在している。

 そして彼等の戦い方に関しては前回の戦いで凡そは掴めているので、分断にさえ成功すれば撃破はそう難しい話ではない。


 問題はその分断が難しいという点だったが、アイオーン教団と彼等が保有する聖剣と魔剣が囮として機能したお陰で解決した。 彼等にとってエルフの価値がどれだけ高いのかは不明だが、未だに飼っている以上は手元に置いておきたいと考えている可能性が高い。


 その為、本拠を襲えば高い確率で戻って来ると考えられていた。

 ただ、オラトリアムにとっては半数以上に戻って来られるのが一番困る事態ではあったが、作戦を立案したファティマの予想ではその可能性は低い。


 理由は複数あるが中でも最大の物は全ての兵力を一度に戻せない事だ。

 転移を扱える個体はペネムのみ。そしてその転移には自分は転移できないと言った制限がある。

 これはほぼ確定と言っていい。 そうでもなければ撤退の際にわざわざ飛行して移動する必要がないからだ。


 つまり転移で戦力を下げる際には必ずペネムをその場に残す必要がある。

 これがアイオーン教団との開戦を待って仕掛けた理由だ。 戦いが始まればアイオーン教団への対処もあるので、戦力を分散する必要がある。


 仮に本拠の防衛を優先したとしても孤立したペネムはほぼ確実に二人の聖剣使いに撃破されるだろう。

 そうなれば作戦は中断し撤退、代わりにグリゴリは緊急時の移動手段を失う事となる。

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