第838話 「訓練」

 こんにちは。 梼原 有鹿です。

 大変な事になりました。 グリゴリという天使の群に襲われたと言う事で、オラトリアムは戦時体制に入り、定期的に避難訓練や襲撃時の業務対応などの通達や会議が行われています。


 わたしのような指示を出す側の人員にはある程度だけど、情報が下りて来るので事の深刻さは驚くほどに伝わった。

 聞けば今までの敵とは比べ物にならない程に強いので、現在は襲撃に備えて戦力の増強をしつつ防備を固める方針との事。 その為、非戦闘員も巻き込まれる可能性が発生するので、避難訓練は徹底するようにとかなり念押しされている上に、作業時間の一部を使って訓練しなさいとまで言われている。


 その為、わたしたち収穫班も業務終了後に避難訓練を行っているので、何かあれば比較的ではあるけどスムーズに避難できるんじゃないかとは思う。

 後は実際の襲撃の時に体が動いてくれればいいんだけど……。

 

 今日は久々の休日なので気分転換に散歩をしていたのだけど、この重い気分は晴れそうにない。

 休日と言っても避難訓練はやるので、夕方になったら出勤なんだけど時間がある事には変わりはないんだよね。 

 

 何の気なしに歩いていると訓練所が見えてきた。

 頻度が減っているとはいえ、お世話になっている所なので近寄ることに抵抗はない。

 誰が訓練しているんだろう? 何故かサブリナさんが居る時は人が少ないので、あの人がいるかいないかはすぐに分かったりする。


 訓練所を囲んでいる柵越しに覗いてみると――あ、ゼンドル君が居た。

 イフェアスさんと木剣を打ち合っており、見た感じだけどかなりいい勝負にも見える。

 ゼンドル君は普段の子供っぽい態度とは裏腹に鋭い連撃でイフェアスさんを追い詰めていく。


 速い上にかなり的確なのでイフェアスさんが受けに回らされて――あ、掻い潜った。

 どうやらイフェアスさんは隙を伺っていたようで、ゼンドル君の攻撃の間隔を見極めて攻めに転じたようだ。

 そうなると決着は直ぐだった。 数回も打ち合わない内にゼンドル君が倒れて、木剣が手から抜けて飛んで行く。


 イフェアスさんは木剣を腰に差すと倒れたゼンドル君へ手を差し出す。

 ゼンドル君はやや拗ねたような表情でその手を掴んで起き上がる。


 「つぎはまけないからね!」

 「あぁ、この調子ならそう遠くない内に剣では負けそうだ」


 二人は親し気にそう言い合うとお互いに礼をして、話しながら脇へと移動していった。

 最近来たって話だったけど上手く溶け込んでいるみたいで良かったと思いながら、他には誰かいないかなと視線を移動させると見慣れない人が居るのが視界に入る。


 ……あれ? 誰だろう?


 馬みたいな頭で額にキラキラしている大きな一本角。

 見た感じ、わたし達と同じ転生者の人かな?

 トラストさんと木剣を激しく打ち合わせていたが、足を引っかけられて転倒。


 馬の人は即座に起き上がろうとしたけどいつの間にか木剣が付きつけられており、力を抜いて降伏と言わんばかりに両手を上げて『もう一本お願いします!』日本語で声を上げると仕切り直して対峙。

 再度、トラストさんと訓練を始めていた。 その後ろでは珍しくハリシャさんが馬の人の訓練をじっと見つめている。


 珍しいと内心で首を傾げる。

 基本的にトラストさんとハリシャさんはこの訓練所の教官役で、それぞれ個別に指導を行う立場だ。

 効率よく生徒を見る為に二人は個別で指導に当たっているので、一人に集中するのは見た事がない。


 ……何か特別な立場の人なのかな?


 そんな事を考えながら同郷の人ならちょっと話をしてみたいと思ったので、休憩に入ったら声をかけてみようとしばらく訓練風景を眺め続けた。




 「あ、あのっ!」

 『ん? あれ? もしかして俺と同じ転生者の人?』


 声をかけると馬の人は直ぐに察したのか少し嬉し気に日本語でそう返してくれた。


 『あ、後ごめん。 俺、まだこっちの言葉に不慣れで……。 悪いんだけど、日本語を使って貰ってもいいかな?』

 『あ、はい。 こんにちは! わたしは収穫班の梼原 有鹿といいます!』

 『俺は弘原海わだつみ 顯壽あきひさです。こっちはエンティカ。 最近、こっちでお世話になる事になったんで、訓練を受けてます』


 馬の人――弘原海さんとその隣のメイド服を着た――わ、凄い可愛い。

 灰色の髪に人形のように整った顔立の美少女がそこに居た。

 

 「エンティカと申します。 宜しくお願い致します。 梼原様」


 エンティカちゃんはそう言うと小さく会釈。

 あまり感情を表に出すタイプじゃないのか、喋り方が固い感じがする。

 わたしがよろしくねと返すと再度の会釈で返された。


 『えっと、二人は?』

 『私は顯壽様のお世話係です』


 エンティカちゃんは日本語が分かるのかわたしの質問に即答する。

 弘原海さんは苦笑。


 『メインは通訳だけどな。 こっちの言葉に不慣れだからその辺をフォローしてくれてるんだ』

 『あ、そうなんですね』


 その後はお互いの転生してからの経緯を当たり障りのない範囲で教え合う。

 弘原海さんは元々、他所の大陸の人で例のグリゴリって勢力に身内を殺されてしまい、住んでいる地を追われた後にオラトリアムに拾われたらしい。


 今は対グリゴリの重要戦力として迎え入れられているらしいというのはエンティカちゃんの言だ。

 

 『このまま活躍を続ければゆくゆくは幹部待遇で迎えられ、大成する事となるでしょう』

 『いや、流石にそこまでは……』

 『顯壽様なら間違いなく出来るとエンティカは信じております』


 エンティカちゃんはそう言って弘原海さんの膝にそっと手を乗せる。

 弘原海さんは『は、はは』と上擦った笑いとも何とも言えない声を上げて、エンティカちゃんから若干の距離を取る。


 『ま、待ってくれ。 ちょっとこれ以上は刺激が……』

  

 弘原海さんは傍目からも分かる程に動揺し、鼻息が荒くなっている。

 うーん? 何だろうこの反応?

 わたしが首を傾げていると、トラストさんが戻って来いと声をかけていたのでエンティカちゃんが弘原海さんにそっと囁く。


 『じゃあ俺、そろそろ戻るんで良かったらまた話そう』


 弘原海さんはそう言うと小さく手を上げてトラストさんたちの方へと歩いて行った。

 その後、私はエンティカちゃんと話したのだけど、聞かれた事に答えてはくれるんだけど……。


 ……嫌われているって訳じゃないみたいだけど、話したくないタイプなのかな?


 少しすると日が傾いて来たので、そろそろ避難訓練の時間が近づいて来たので断りを入れてその場を離れた。


 ……弘原海さんか、機会があれば別の大陸の話が聞きたいな。


 そんな事を思いながらわたしは少し軽い足取りで畑へと向かった。

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