第837話 「収録」

 やや広い室内に弦を弾く音が響く。

 音源はギター、弾いているのは瓢箪山だ。 ここ最近、少しだけ空き時間が増えたので、こうして自室での練習に当てているのだが……。


 その理由は――


 『はい、皆さんこんにちは! 今日もオラトリアムラジオ、略してオララジの時間がやってまいりました。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします』

 

 彼の部屋に備え付けられたラジオから彼自身の声が響き渡る。


 『さて、皆さんもご存知かもしれませんが、今回は非常時と言う事で番組内容を変更してお届けいたしております。 現在、オラトリアムはグリゴリと呼称される敵勢力に襲撃され、交戦状態に突入しました。 幸いにも被害は最小限に抑える事には成功しましたが、今後も襲撃が予想されるとの事で非戦闘員の皆さんには避難訓練や戦闘時に対する行動に関する指導が行われます。 詳しくは朝礼などで通達されるので、聞き逃さないように気を付けてください』


 「うーん、こうして聞くといつもよりちょっと硬いなぁ」


 瓢箪山はラジオを聞いてそう呟く。

 いつの間にかギターを鳴らしていた指は止まっており、番組に耳を傾けている。


 『それともう一点。 俺も駆り出される事になりそうなので、今回からラジオ放送が何と収録になりました。 多分、俺自身もこの放送を自室で聞いているんじゃないでしょうか?』


 ――番組で彼自身が言っている通り、駆り出される事になる可能性があるからだ。


 ラジオパーソナリティーではあるが瓢箪山の立ち位置は戦闘員となっている。

 その為、時間こそできたが、心中は余り穏やかではない。

 正直、戦闘自体が彼は余り好きではなかったので、こういった状況は歓迎したくないのだ。


 今の生活に不満がない訳ではないが(主にプロデューサー兼ディレクターの女)、ラジオ放送は楽しいし、お便りが届き、応援メッセージを貰うと心が満たされた気持ちになり、モチベーションアップにも繋がる。

 面白いです、応援してます等の簡素な物でも瓢箪山からすれば自分の頑張った結果が認められた事なので、心の底からやってて良かったと思える瞬間でもあった。


 それを取り上げられるのは面白くないし、こんな状況を招いたグリゴリには怒りしかない。

 瓢箪山の怒りは深く、殺せと言われれば躊躇なく敵の非戦闘員を虐殺できるレベルにまで昇華されていた。

 

 瓢箪山 重一郎。

 元々、テュケ所属の転生者で場合によってはグノーシス教団へ異邦人として出向する候補として選出されていた。


 転生後、早い段階で保護されていたので、世情等には割と疎かったがオフルマズドで生活していく内に言葉などは自然と覚えて行った。

 当初は異形化した我が身を顧みて大きく頭を抱えた物だが、他にも居た同類のお陰でそこまで悲観せずに済んだ。 それがあったとは言え、健全な精神状態を保てていたのは彼自身の心の強さによる物だろう。


 彼を保護したアメリアと言う女に関しては特に思う所はなかった。

 その理由は大した接点がなかったからだろう。 会話も事情説明や事務的な物が多かったので、拾って貰った恩義は感じていたがそれ以上の感情は欠片もなかった。


 何かに利用したいといった思惑があると言う事は予想できていたので、ギブアンドテイクな関係をやれてればいいかなとオフルマズドでの生活も受け入れていたのだ。

 余り出歩けないので、割と退屈だったが支給されたギターは気に入ったので空いた時間は飽きもせずにずっと弄り続けている日々を過ごしていたが――


 そんな日々にも終わりが訪れた。

 オラトリアムによるオフルマズド殲滅戦だ。

 急な敵襲に国中が大混乱する中、あちこちから出現する正体不明の戦力群。

 

 テュケの転生者達も駆り出される事となり、これから打って出ようと言う時に本拠が襲撃を受けたのだ。

 その後の事は彼自身、余り思い出したくない事柄だった。

 凄まじい強さの異形の群に、次々と殺されて行く同僚達。 中でも強かった大日と言う蜥蜴の転生者が、ヴェルテクスに瞬殺された事で心が折れてしまったのだ。


 その時の彼の頭にはあんな風に死ぬ事だけは嫌だといった思いだけが詰まっていた。

 結果的にその選択によって命が助かったので、彼の取った行動はその場での最適解といえる。

 その後、オラトリアムのトップと思われる者達の圧迫面接――ではなく尋問を切り抜け、配置先が決まるまではお仲間の転生者と長閑に農作業を行ってきた。


 取れる野菜は美味く、単純作業で難しい事なんて何もなく、先輩の転生者は優しいのでずっとここで野菜の収穫ばっかりやってればいいかな何て考えていたが、残念ながら瓢箪山の腰を落ち着ける場所は畑ではなく放送ブースだったようだ。

 

 そこで初めて顔を合わせた女――グアダルーペと名乗った、後に彼の上司となるプロデューサー兼ディレクター様なのだが……。

 瓢箪山はその後の事を思い出そうとして身を震わせる。

 

 「いや、何もなかった。 本当に何もなかった。 プロデューサーは良い上司、ディレクターは良い上司」


 自分に言い聞かせるように瓢箪山は何度も呟くと精神安定を図る。


 ――よし、何もなかった。 間違いない。


 それが彼とグアダルーペとの関係を決定付けたのだが、そんな事は何もなかった。

 そう、何もなかったのだ。 気持ちを切り替えるべく、瓢箪山は思考をグリゴリに戻す。

 オラトリアムですら追い払うだけで、精一杯の相手だったのだ。 危険な戦いにはなるだろう。

 

 だが、瓢箪山はそこまで悲観していなかった。

 内部に居るからこそ彼は理解している。 オラトリアムと言う勢力の恐ろしさを。

 やられたままで終わる訳がない。 そもそも逆侵攻をかけようと画策している時点で、充分に勝ち目があると判断しているのだろう。


 自分がその中でどう言った役目を担う事になるのかは不明だが、グリゴリよりもオラトリアムの上に居る者達の方が恐ろしい上、今の生活も気に入っているので良くも悪くもやる気になっていたのだ。


 『はい、では本日の放送はこれで終了となります。 この状況が落ち着くまでは収録放送となるので、いつものコーナーはしばらくお休みとなります。 グリゴリによる再度の襲撃が予想されますので、警報などには注意を払うようにお願いします。 本日の放送はこれで終了となります。 お相手は瓢箪山 重一郎でした。 ではこれで!』


 ガチャガチャと片付ける音が響き、放送が終了。


 「……まぁ、なるようになるか」


 瓢箪山は聞き終わった後、そう呟くと気持ちを落ち着ける為に練習を再開した。

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