第832話 「原因」

 ――グリゴリの存在、それ自体だ。


 何故、彼等はこの時期に動き出したのか?

 エゼルベルトは逃げ回りながらも考えていた。 グリゴリからは感情というよりは目的を合理的に達成しようとする機械的な思考を感じる。


 ならグリゴリは何を求めているのか?

 こちらの世界に現れるだけ? 違うと否定する。

 それは手段でしかない。 ヒストリアを襲った事も、転生者達を生贄にした事も全てが目的に至る為の手段であり過程だ。


 ならばそれは何か? エゼルベルトはヒストリアのトップとして、今の状態になるまでの間はグノーシス教団とも太い繋がりがあった。

 その繋がりの中には当然ながら知識も含まれており、ヒストリアと言う組織自体も長い歴史の中で情報を集め続けている。


 グノーシス教団には「携挙」と言う言葉が存在しており、内容は世界の滅びと新生。

 簡単に説明するなら世界は滅びを迎えるが、信仰を忘れずに正しい知識――霊知を蓄える事によって新生された世界へと降り立つ事が出来ると言った物だ。


 正直、それ単体だけという話ならエゼルベルトも手放しに信じるような真似はしなかっただろう。

 しかし、グノーシス教団発足の経緯を断片的にではあるが知っている彼からすれば、余り笑えない内容だった。 何故ならそう考えると辻褄が合ってしまうからだ。


 不自然な勢力の拡大。 建国への根回し、技術関係の発展。

 その全てが世界が滅んでいるという前提を組み込む事によって説明が付いてしまうからだ。

 どういう事か? 単純な話だ。

 

 グノーシス教団は携挙によって発生した滅びを何らかの手段で乗り切り、新生して誰も居なくなった世界に根を張ったと考えられる。

 技術の発展? 勢力の拡大? そんな事は簡単にどうにでもなるだろう。

 そもそも滅びの前から持ち越している・・・・・・・と仮定すればどんな技術を持っていようが不思議はない。


 要は丸ごと持って来たから開発期間なんて物は存在しないのだ。 戦力も同様の手段で持ってきているというのなら周囲の併呑も簡単にできる。

 クロノカイロスの建国や他の国の建国を助けるどころか自分達の都合に合わせて誘導する事すら可能だろう。


 その考えに至ったエゼルベルトが最初に感じたのは凄まじいまでの嫌悪感だ。

 信じられない。 歴史を操るどころか、都合のいいように歪めて作っている。

 どうやってその滅び――終末を乗り切っているのか具体的な手段は不明だが、ある程度の予想は付いていた。


 聖剣だ。 グノーシス教団は聖剣に執着しており、執拗に本国へと持ち帰ろうとしている。

 それにより終末をやり過ごせると考えていたが、聖剣を何に使っているかまでは不明だった。

 もう一つ、関連するものがある。 魔剣だ。 聖剣と対になっているとされている剣。


 辺獄と携挙、そして「在りし日の英雄」の事を知っていれば彼等が何だったのか、魔剣が何故あのような特性を備えているのか。 その経緯の輪郭が見えて来る。

 辺獄の領域による氾濫によって世界は侵食され、開いた穴からは「無」を冠する者達が這い出す。


 どうすれば滅びを防ぐ事ができるのかはエゼルベルトにも分からない。

 ただ、立ち向かう為の可能性は存在する。 それこそが魔剣。

 グノーシス教団では憎悪に塗れた忌むべき存在と考えられているが、彼にはそうは思えなかった。

 

 辺獄に世界が侵食されてしまえば聖剣は力を失い、魔剣は力を得る。 

 エゼルベルトが聖剣ではなく魔剣を探した最大の理由はこれだった。

 グリゴリの打倒が成ったとしてもその後には世界の滅びが控えている。


 そしてそれはそう遠くない未来に訪れるだろう。 滅びが近い、だからこそグリゴリが動き出したとも考えられるからだ。 彼等も滅びに対して何らかの行動を起こすつもりであろう事は明白だった。

 グノーシスもそれに協力していると言う事は、グリゴリの行動は何かと都合が良いのだろう。


 歴史を歪めている時点で嫌悪の対象であったが、グリゴリと組んで仲間を殺した片棒を担いだ事を忘れて居ない。 エゼルベルトにとってグノーシスは敵以外の何物でもなかったのだ。

 辺獄とグリゴリの決着の後、危うい所で聖剣の担い手――弘原海を保護し、船を手に入れてポジドミット大陸を脱出。


 幸いにも海棲や水棲の転生者が多く生き残っていたので、船を曳航する事により速度を確保して一気に大海原へと旅立つ。 目指すは隣のリブリアム大陸だ。

 弘原海の話では魔力の漏出を抑えればグリゴリに気配を探知される事はないとの事だったので、海に出た後に追撃される事はなかった。


 それでも念には念を入れ、真っ直ぐに東に向かう事をせずに北へと迂回して北部からリブリアム大陸へと入るつもりだったのだが……。

  

 ――その先で彼は探し求めていた魔剣使いと邂逅する事となった。


 ローと名乗ったその男はオラトリアムという正体不明の組織を率い、魔剣だけでなく凄まじい規模の戦力も有している。 条件としてはこれ以上ない存在だった。

 エゼルベルトは確信する。 彼等の力を借りる事が出来るのなら、グリゴリの殲滅だけでなくこの世界を襲う終末にも立ち向かう事が出来ると。


 だからこそ彼はローの質問に一切嘘を吐かず正直に答え、手札の全てを曝け出した。

 全てはグリゴリを滅ぼし、世界を襲う滅びそれ自体と戦う為に。

 そして滅びを打倒する事が出来たなら、この世界に生きる者達によって歴史は正しく紡がれる事となるだろう。


 エゼルベルトは嫌悪する。

 我が物顔で世界を操り歴史を歪めるグノーシスを。

 他所から現れて世界に干渉し、仲間達の命を奪ったグリゴリを。 


 この世界はこの世界に住む者達の物であって、一部の者が私利私欲によって好きにしていい物ではない。

 信用を得られるかどうかは賭けだったが、現状では順調といえるだろう。

 実際、エゼルベルトの執った手段は正しかった。 下手に事情を隠したり、弘原海の事を伏せる等を行えば、早い段階でアスピザルやファティマに感付かれたからだ。


 そうなれば利用価値がなくなった瞬間、彼は消される事となるだろう。

 結果的にではあるが、エゼルベルトは図らずともオラトリアムに取り入る為の最善の行動を取っていたのだ。

 

 もう一点、エゼルベルトはローに対して強い興味を抱いていた。

 少なくとも彼にとってローという存在は奇跡に等しい。

 叶うなら踏み込んだ話を聞きたがったが、それは落ち着いてからだ。


 ――全てはグリゴリを片付けてから。


 エゼルベルトはロー達の背を見つめながら強く拳を握った。

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