第833話 「友人」

 「あぁ、クソが! 一体、どうすりゃいいんだ!」


 俺――エルマンは自分の執務室で叫ぶようにそう漏らして、頭を掻きむしりながらやや乱暴に椅子へと腰を下ろす。

 最悪の状況だった。 グリゴリを名乗る天使達。

 そして連中が使役している聖剣使い。 


 ……信じられない事にあの天使共はエルフを使役しているのだ。


 俺の中の知識では天使は召喚して使役する物といった認識だったが、どう言う訳か主従が逆転している。

 恐らくあの訳の分からん天使共はエルフ共が召喚したと見ているが、どういう事情であんな有様になっているのかがさっぱり分からん。


 「いや、そんな事はどうでもいい。 問題は対策だ」


 混乱しているのが自分でも分かる。

 今回は連中が引き下がったからそこまでの被害は出なかったが、次はそうはいかないだろう。

 必ず前回以上の戦力を引き連れて襲って来るのは間違いない。


 こちらの聖剣使いである聖女とクリステラを抑えられたら、アイオーンと王国の現有戦力では太刀打ちできない。

 クリステラの話では敵の聖剣使い――ブロスダンとアリョーナとか言うエルフ共の技量は大した事がないので、一対一に持ち込めば負ける事はないがそんな事は連中も分かり切っている。


 前回と同様にグリゴリの援護が入るのは間違いないだろう。 あの時は二体だったが、三体以上で来られるとかなり厳しい事になる。

 凌ぐだけならどうにでもなるが、撃破となると聖剣なしでは無理だ。


 グリゴリとエルフを切り離せば勝算はある。

 問題はその切り離す手段が存在しない事だろう。

 実際、現在のアイオーン教団の状況は非常に不味い事になっている。


 オラトリアムと先にぶつかって欲しいといった期待がない訳ではないが、可能性は低い。 

 何故なら聖剣使いをこちらに投入して、オラトリアムにはしなかった。

 その事実がグリゴリにとってどちらの優先順位が高いのが分かるからだ。


 ファティマから引き出した情報は多くない上にあの女の口振りから察するに援軍を頼んでも断られるのが目に見えている。

 今まで通り物資の融通ぐらいはしてくれるだろうが、それ以上は期待できそうもない。


 ……かと言って逆侵攻をかける手段もないので、できる事がないのだ。


 クリステラと聖女も不安そうにしている信徒を宥めるのに忙しいので、対策を練るのは基本的に俺の仕事となる。

 流石に一人で考えても時間を無駄にするだけだったので、切り替えも兼ねて知恵を借りるべく俺は立ち上がった。

 

 

 「――で? こちらに来たと?」

 「まぁ、そんな所だな」


 時刻は深夜、場所は変わって王都内の高級料亭。

 

 「ユルシュルが片付いたと思ったらコレだ。 まったく嫌になるぜ」


 俺が溜息を吐きながらそう言うと向かいに座っているルチャーノもやや渋い顔をしていた。

 酒を流し込むように呷った後、俺と同様に溜息を吐く。


 「そうだな。 こちらもかなり面倒な事になっている。 追い返したとはいえ、あの戦いを見ていた者は多い。 危なげなく撃退したというのならなんとでも言えたが、終始劣勢で結果的に引き上げられたと言う事で面倒な事を言い出す輩が湧きだしてきてな……」

 「……大方、聖剣と魔剣を放り出せって所か?」

 「そんな所だ」


 ルチャーノは特に否定せずに頷く。


 「あのグリゴリとかいう訳の分からん連中の目当てが聖剣と魔剣と言う事は分かった。 だが、手に入れただけで満足するかも分からん以上、素直に引き渡すのは危険だと突っぱねはしたが、早い所どうにかしないと変に暴発する輩が現れかねん」

 

 実際、その通りだった。 仮に引き渡して、連中が素直に引き下がる保証はない。

 それにそんな簡単に手放せる物だったら最初から手に入れるような真似はしていないんだよ。

 グノーシスの謳う携挙の詳細が不明な以上、聖剣は勿論、魔剣を手放すのは危険すぎる。


 聖剣を用いる事で防げるというのなら、手放してグリゴリをやり過ごしたとしても俺達に未来はない。

 魔剣も同様だ。 その存在にどう言った意味合いがあるのか不明な以上、安易に手放せない。

 扱ってこそいるが、俺達は聖剣と魔剣に対して無知すぎる。


 「そっちの方針としては引き渡しに反対って事で良いのか?」

 「あぁ、今のところはと但し書きはつくがな。 ただ、この状況が長引くと何とも言えん」


 ……そうだろうな。


 王都内や教団の信徒の中でも不安の声が上がっている。

 厄介な事にグリゴリの見た目が完全に天使そのものだった事も不安に拍車をかけているのだ。

 元来、天使はグノーシス教団で信仰されていた存在で、それが敵として現れていると言う事はアイオーン教団には何かあるのではないかといった疑念が湧きだしている。


 今のところは聖女が抑え込んではいるが、ルチャーノが抑えている連中同様、暴発する者が現れてもおかしくないだろう。

 下手に騒ぎを起こして信徒や王国民との間に溝が出来る事だけはなんとしても避けないと不味い。

 安定してきたとはいえ、グノーシス教団時代の負の遺産が存在している以上、アイオーン教団は土台部分に崩壊の種を抱える事となっているのだ。


 今まではどうにか宥めすかしてやって来たが、一度でもこうして亀裂が入ると酷く脆い。

 それが今回の一件で痛い程に理解できた。


 「……分かってはいたつもりだが、ここまで脆いとは流石に想定していなかった。 まったく、何がユルシュルが死んだ事で王国は一枚岩になりました、だ。 少しでも不利益を被りそうになると、途端に手の平を返し始めるとは……」


 ルチャーノが言っているのは近隣領の領主達の事だろう。

 大方、今回の件でも色々と不満を垂れ流している筆頭と言った所か。

 苛々と酒を注いでは呷るを繰り返すルチャーノに苦笑で返す。


 「……苦労しているな」

 「ならその苦労を減らす為にも、アイオーン教団には是非ともこの一件をどうにかして欲しいものだが?」

  

 考えを聞かせろと先を促すルチャーノに俺は小さく肩を落とす。

 今まで無駄に悩んでいた訳じゃないので、何も考えていないという事はない。


 「……取りあえずだが、聖剣と魔剣は王都から離すつもりだ」

 「まぁ、妥当な判断だな。それで? 何処へ逃がすつもりだ?」

 「ユルシュルの跡地辺りが手頃と考えている」

 

 少なくともあそこならユルシュル王が無駄に予算を突っ込んで整えた防備があるので、一戦交えるに当たっては何かと都合がいい。

 

 「なるほど、今は管理に最低限の人員を配置しているだけで、ほぼ無人だからな。 確かにあそこならいくら被害が出てもそこまで困らんな。 ……今回、呼び出したのはその根回しか?」

 「それもあるが、もし何かいい手があるなら是非とも知恵を授けて欲しい所だがな」


 俺がそう言うとルチャーノはふむと少し思案顔になり、ややあって口を開く。


 「…………あの連中の目当ては聖剣と魔剣というのははっきりしている」

 「そうだな」

 「だが、さっさと撤退した所が少し引っかかっている。 合理で動く手合いだからこそかもしれんが、もしかしたらあの天使、あまり遠征には向かない性質を備えているのかもしれんな」


 確かに。 言われてみればあの天使共の攻撃は大規模な物で威力も凄まじかったが、それにばかり目が行っており、その火力をどうやって賄っているのかは確かに疑問だ。

 ルチャーノの言う通り、長期戦には向かない?


 ……試してみる価値はあるか?


 狙いがはっきりしている以上、目当ての聖剣と魔剣を動かせば戦場はこちらで指定できる。

 ユルシュルの跡地で防衛に徹すれば行けるか? 相手の聖剣使いの片割れが魔力の供給機能を備えているからこそあの連中は戦えていたとも取れる。

 

 やはり鍵は分断か。 脳裏で考えを纏めつつ、微かにだが希望が湧いた事で少しだけ気持ちが楽になった。

 ルチャーノに相談して本当によかったぜ。 やはりこいつは頼りになる。


 「助かった。 参考にさせて貰うとする」

 

 ルチャーノは世話が焼けると苦笑して肩を竦める。


 「感謝しているなら、早い所あの訳の分からん連中をどうにかしてくれ」

 

 俺はあぁと頷く。 ちょうど話が一区切りついた所で、料理が運ばれて来たので面倒な話はこれでお開きとなる。

 相変わらず料理は美味く、お互いに愚痴を吐き合う楽しい時間を過ごす事が出来た。


 持つべき物は頼れる友人だな。

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