第829話 「勝算」

 「さて、これからは相手の動きを待つ形になるからこっちはいつでも動けるようにしつつ、準備って感じなのかな?」

 

 会議が終わり解散した後、その場に残ったアスピザルが俺に残るように言って来たのでこうして留まっていたのだが――周囲を見ると割と残っている奴が多いな。

 俺、アスピザル、夜ノ森、首途、ヴェルテクス、エゼルベルト、弘原海わだつみ、エンティカとそれなりの人数が固まっている。


 「そうなるな」


 俺は周りを無視してアスピザルにそう答えつつさっさと本題に入れと促す。

 アスピザルははいはいと頷くと前置きを飛ばして本題に入り始めた。


 「実際、勝算はあるの? 戦った感触から結構厳しい感じなんじゃない?」

 「少なくともオフルマズドの時よりは難易度は上だろうな」

 

 今回は敵の戦力構成とエゼルベルトから提供されたポジドミット大陸の地形情報しか事前に得られる物がないので、攻めるにしても不確定要素が多分に含まれる作戦となる。

 そもそもが相手の動きでこっちの動きが変わるので、最初から不確定な部分が多いがな。


 「はは、まったく、いつもながら気楽に言うね。 僕としてはオラトリアムの傘下に入った段階で、ローと一蓮托生のつもりだから裏切るような真似はしないけど、メイヴィスさんの言った作戦以外にも安心できる要素が欲しい所なんだ。 立場上、梓達皆の命を預かっている訳だしね?」

 

 なるほど。 アスピザルの言う事はもっともだ。

 命を賭けるに値する物が見たいと言う事だな。


 「まずは連中を仕留める算段が付いた」


 流石にこれだけじゃ納得はできないだろうから、俺はそのまま続ける。


 「手段はいくつかあるが、分かり易い物としては連中を辺獄へ引き込む手段に当たりが付いたと言った所か」

 「――失礼。 ここからは僕が」


 そう言ってやや遠慮がちに割り込んだのはエゼルベルトだ。

 

 「彼等は魔力的な障壁――というよりは権能に近い限定的な効果を持つ防御手段で魔剣からの干渉を防いでいます」

 「ま、実際、転移魔石で動かす事はできたからなぁ。 何かで防いでいて、そいつを剥がしたら引きずり込めるっちゅうのは道理やな」

 「はい、辺獄にさえ引き込めるならグリゴリであっても問題なく撃破が可能でしょう」

 「でも全部で九体でしょ? アイオーン教団に一部行くかもって話は分かるけど、絶対じゃない。 仮に全部来たらいくらローでも無理じゃない?」

 

 ……間違いなく無理だな。


 「いい所、三体までだな。 聖剣使いを相手にする場合は一体が限度になる」

 「……聖剣使いが出て来るって仮定して残りの八体ともう一人はどうするのさ?」

 「あの、ロー君がアイオーン教団から魔剣を取り上げて強化すればもう少し楽になるんじゃない?」


 難色を示すアスピザルと意見を言う夜ノ森だったが、俺はそうもいかんと肩を竦める。


 「梓の言う通り、魔剣があればかなりの強化が見込めるかもしれないけど、今取り上げるのはちょっと危ないかな?」


 意外な事に夜ノ森の言葉を否定したのはアスピザルだった。

 首を傾げる夜ノ森にアスピザルは苦笑で返す。


 「さっきの会議でメイヴィスさんが少し触れてたと思うけど、グリゴリの優先度って魔剣、聖剣、転生者の順なんだよ。 このタイミングでアイオーンから魔剣がなくなるとこっちの優先度が上がる可能性が出ちゃうからね。 下手すればアイオーンを無視して全部来るなんて事になりかねないんだよ」

 「現在、ローさんの魔剣は鞘により魔力の漏出を抑える事で所在を隠していますが、数が増える事で総量が増加すれば気付かれる可能性が上がりますので……」

 「……そう言う訳だ。 今のアイオーンから魔剣を取り上げるのはあまりいい手ではない」

 

 アスピザルの言葉をエゼルベルトが補足し、俺が結論を口にする。

 ただでさえどうなるのかが読めないので、アイオーン教団に魔剣を持たせておけばグリゴリの執着度合いにもよるだろうが比較的、向こうが狙われやすくなるだろう。 ファティマも考えはしたが、先々の事を考えると連中に持たせておいた方がいいと判断したようだ。

 正直、これ以上うるさくなられても敵わんので、余り欲しくないというのも本音だったりする。


 納得したのか夜ノ森は「そう……」といって小さく肩を落とした。

 心配性な奴だな。 別に追加の魔剣がなくてもどうにでもなる。

 聖剣使い相手なら――


 「聖剣使いは俺に任せてください。 撃破は約束できませんが、どちらか一人を抑えるぐらいはどうにかしてみせます」


 そう言ったのは弘原海だ。


 ――聖剣使いをぶつければいい。


 何故かエンティカと手を繋いでいる所が気になったが、面構えは随分と変わっていた。

 視線の力強さ――というより、目に力が漲っている。 はっきり言って別人にしか見えないレベルの迫力だった。


 「顯壽あきひささま……」

 「エンティカ、俺は君に救われた。 この命、君の為に使うと決めている。 そしてこの出会いをくれたローさん。 あなたにも感謝しています。 俺は恩人であるあなたとエンティカを育んだオラトリアムの為に死力を尽くすとこの剣に誓います」


 ……どうなっているんだ?


 弘原海の態度に思わず首を傾げる。 何が起こっているのかがさっぱり分からないからだ。

 やる気の一つも出してくれればと思っていたが、死力を尽くすとまで言い出したぞ。

 一体何なんだとエンティカを見ると不思議そうに首を傾げ、何故か納得するように頷くと弘原海に近寄って密着しようとするが――


 「うぉっとぉ!?」


 弘原海は変な声を上げて手を繋いだままエンティカの密着を回避。

 呼吸を荒くして待ってくれとエンティカを手で制する。


 「ま、待ってくれエンティカ。 君と触れ合えるのは嬉しいんだが、今の君は俺にとって刺激が強すぎる。 この距離で頼む! し、心臓が……胸が苦しい……」

 

 弘原海はこれが恋かと訳の分からない事を言って胸を押さえていた。

 エンティカはその姿を見て不思議そうに首を傾げる。

 

 「……これで聖剣は問題ないな。 仮に両方出て来ても俺と弘原海で対処する」


 アイオーンの方へ行って片方しか出てこないのならグリゴリの相手をさせればいい。

 両方向こうへ行ったのなら四、五体までなら何とかなるだろう。

 

 「どうだ? 勝てる気がしてこないか?」

 「はは、なーんか、彼を見てたら力が抜けちゃったよ」


 未だに苦し気に胸を押さえている弘原海を見てアスピザルは苦笑。

 

 「心配すんなや、儂もヴェル坊もおる! 野球と一緒で戦争は一人でやる物やない、やれる奴がやれる事をやってれば万事解決や!」


 首途がバシバシとアスピザルの肩を叩き、なぁ?と同意を求めるようにヴェルテクスに視線を向ける。


 「あのバラキエルとか言う奴は俺が殺る。 構わねぇな?」

 「現れたら好きにすればいい。 ただ、アイオーンの方へ行った場合は諦めろ」

 「……充分だ」


 治療のついでに約束だった改造を施したヴェルテクスだが、表面上の見た目はそこまで変わっていない。 精々、髪形がオールバックになったぐらいか。

 まぁ、体の中身は完全に別物にはなっているがな。 随分と細かく注文を付けてくれたので、手間がかかったが仕上がりはそれに見合ったものとなっている。


 「やったな坊主! 聖剣使いが居らんかったらもう半分も残らへんやんけ! ――で? 坊主も一匹仕留める腹積もりなんやろ?」

 「……はは、首途さんって普段は惚けている癖にこう言う時って怖いぐらいに鋭いね。 お察しの通り、流石にやられっぱなしは格好悪いから例のバササエルって言うのは居たら僕に回して欲しいかな?」


 俺は好きにしろと返し、アスピザルはいつもの笑みを浮かべてその場で伸びをする。


 「色々と心配事も片付いたし、頑張ってグリゴリを仕留めるとしようか」

 「お前の方はどうなんだ? そこまで言うからには勝算があるのか?」

 

 俺が聞き返すとアスピザルは再度苦笑。


 「うーん、どうだろう? 勝算はあるけど半々ぐらいかな? 最低限、時間を稼ぐか手傷は負わせるから駄目だったらよろしく!」

 「それで良いんじゃないか? 残りは他を仕留めた奴が相手をすればいい」


 無尽蔵に湧いてくる訳じゃない以上、潰せば居なくなるんだ。

 ただ、俺としてはそれで済ますつもりはないがな。

 首途の方へ視線を向けると、何かを察したのかギチギチと口腔を鳴らして笑みを浮かべた。


 「借りを返すのは勿論やけど、オフルマズド以来のでかい祭りやし楽しもうや」


 最後に首途がそう言ってこの場はお開きとなった。

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