第830話 「影響」
――勝てる。
目の前に集まっている者達の会話を聞いたエゼルベルトは確信を深め、拳を強く握りしめる。
オラトリアム。 保護扱いとなっている以上、必要な情報以外は与えられていないが、底の知れなさと見えている部分だけでも非常に強力な勢力と武力を兼ね備えた組織と言うのが良く分かる。
最初は魔剣を何らかの形で確保している者達程度の認識だったが、選定された魔剣の担い手だったのは彼にとって人生で最大級の幸運だったと言える。
その為、取引相手として対等な立場を取る事を早々に投げ捨てて、全力で取り入る方針に切り替えた。
魔剣使い、転生者、異形の魔物の群、魔導外骨格と呼ばれる詳細不明の機動兵器群。
潤沢すぎる資金力に様々な種族の者達が共存し、積極的に受け入れて差別の類を一切行わない懐の深さ。
ここでなら自分達は復讐を遂げる事が出来、本来の目的である歴史の探求を行う事も出来る。 そう思える程にオラトリアムは彼にとって理想的な組織だったのだ。
ヒストリア。
テュケ、ホルトゥナに連なる組織で、ポジドミット大陸に根を張っていた。
元来、転生者の研究を主目的として行っている組織だったが、先代からその手の研究から足を洗い、現在は転生者の保護のみを行っているという、転生者から見ればクリーンな組織と言えるかもしれない。
それでも彼等の研究成果は転生者に対して効果を持続させつつ理性を消し飛ばす興奮剤など、分かり易い形で上へと送られていた。
エゼルベルト・バルトロメウス・コグノーメン。
今代のヒストリアの頂点にして、組織最後の首領となるだろう。
彼は幼き頃から好奇心が強く、賢い子供であった。 転生者に囲まれて育ったので、姿や生態の差は意思疎通さえできれば些細な事と考える傾向にあったが、その生態の違いには強い興味を持っていた。
姿、言語、世界、思想に思考。
世界は広く、多様性に満ち溢れている。 特に転生者の元居た世界は彼が今いるこの世界と常識どころか歴史そのものが違うのだ。 魔法がない代わりに科学技術が発達し、探求や研究という知性の光で未知を塗り潰していく。 長い歴史の中で連綿と積み上げてきた彼らの語る歴史はエゼルベルトにとっては興味以上に敬意すら抱ける物だったのだ。
自分もその歴史を積み上げる一助として世界に貢献したい。
長く語り継がれる時の流れの一部となり、間接的にでも自分を遺したいといつからか彼はそう強く感じていたのだ。
それこそが彼の原点。 エゼルベルトは人々の紡いできた歴史と世界を敬い、愛していた。
――だが、その希望に満ちた夢には早い段階で陰りが生じてしまう。
調べれば調べる程、この世界の歴史はおかしかった。
技術の発展速度と生物の進化――特に人間の勢力の伸ばし方に不自然な点が多々見受けられたのだ。
幼き彼はその違和感の正体を父に尋ねた。 しかし、父親は困った顔ではぐらかすだけで、答えてくれない。
当時の彼は随分と苛立った物だが、今になって考えて見るとはぐらかす事が父にできた最大限の事だったのだ。
彼の父はヒストリアのトップとして上から様々な事を教えられては居たが、同時に機密漏洩防止の処置を施されているので、たとえ息子であっても情報を漏らす事が出来なかった。
そんな父親に僅かな失望を感じつつもエゼルベルトはできる範囲での調査を続ける。
だが、調べれば調べる程に違和感は強くなって行く。
この世界の歴史はあまり時間を遡れない代わりに妙に密度が濃いのだ。
特に魔法関係の技術に関しての発展に関しては異常と言っていいレベルの早さで進んでおり、彼が限界まで遡った時点で現行の技術とそう変わらない程の水準に至っていた。
――まるで最初からあった物をそのまま持って来たような唐突さで魔法技術はこの世界に現れ、普及している。
そしてもう一点。
この世界の歴史にある最大の違和感。 それは何か?
グノーシス教団だ。 あの組織の歴史は古い。 何せ世界最大の宗教組織だ。
その古さが勢力の大きさを保証していると言えるのかもしれない。
時間をかけて大きくしていったと言われれば納得はできなくもなく、実際、教団を知る者の大半はグノーシス教団と言う組織の大きさの理由をそう考えて納得していた。
しかしエゼルベルトにはそう思えなかったのだ。
何故ならあの組織は様々な大国の建国に関わっており、大きな影響力を持っていた。
ヴァーサリイ大陸に存在する大国――北部のウルスラグナ、中央部のアラブロストル、南部のオフルマズド。
リブリアム大陸に存在する大国――南部のアタルアーダル。
そしてポジドミット大陸に存在する大国――南部のバフマナフ、中央部のアルドベヘシュト。
エゼルベルトが調べた限りでも、これだけの数の大国がグノーシス教団の支援を受けて建国に至っているのだ。 明らかにおかしい。
深掘すればするほどグノーシス教団の在り方は奇妙そのものだった。
まるで最初から一定以上の勢力を誇っていた――要は大きくなったのではなく、
その頃からだろうか? 彼がグノーシス教団に対して深い疑念を抱き始めたのは。
調べれば調べる程にグノーシスは胡散臭く、同様に組織としての完成度が高かった。
時間が経つにつれて、深い疑念は不快な嫌悪にすり替わって行く。
何故ならグノーシス教団がやっているのは
エゼルベルトは歴史とそれが語る連綿とした積み重ねを愛していた。
それを好き勝手に歪めている者達が居る。 そう考えただけで嫌悪感が募り、吐き気すら込み上げて来るからだ。
だからと言ってエゼルベルトにどうにかできる事も出来ず、怒りを押し殺して夢の欠片を探し続ける。
その頃の彼はポジドミット大陸の北部や隣の大陸――リブリアム大陸の獣人の領域に興味を抱いていた。 あそこはグノーシス教団の干渉を受けて居ない本物の歴史が息づいている。
そう考えていた彼は親友と言っていい、同じ夢を共有してくれた仲間達と旅に出るという約束をし、時期を見て実行するつもりだったのだ。
そんな彼の夢はある事件により頓挫する事となった。
加齢による父の引退が迫っていたからだ。
ヒストリアのトップとして余り目立った成果を上げられていなかった事もあり、上は早く代替わりして新しい方針を決めろと言いたかったらしい。
そして彼の父親はある決断をする事となった。
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